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【労働者たちの叫びを聞け!】プロレタリア文学ざっくり解説

社畜、パワハラ、ブラック企業……現代にまで続く労働問題を、初めて文学作品のなかで告発した「プロレタリア文学」の魅力や歴史的背景について丁寧に解説します!

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プロレタリア文学とは?

「プロレタリア文学」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 戦前の日本で流行した文学で、「プロ文」などと略されます。「プロレタリア」というのは労働者・無産者のことで、その反対が、資本家・有産者を指す「ブルジョア」です。今の日本でも、労働者はしばしば劣悪な環境で働かされていて、「ブラック企業」が社会問題にもなっていますね。プロレタリア文学は、そうした現在にも通じる労働者の怒りや叫び、その力を、文学作品というかたちで表現してきました。

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世界を変えるために

プロレタリア文学のひとつの特徴は、それが世界を変えるための思想と結びついた文学理論を唱えていた点にあります。だから、とても知的なイメージの文学でもありました。
当時も今も、世界は不平等です。一部の人が大金を持つ一方で、多くの人が貧しく苦しい生活を送っています。こんな世界はおかしいと思わないでしょうか?

もちろん、世の中に金持ちと貧乏人がいるのは当たり前じゃないか、という人もいるでしょう。しかし、今の社会に奴隷がいてもよいという人はいないはずです。今私たちが思っている「当たり前」も、世界のしくみが変われば違うものになるでしょう。戦前の日本では、当時の「当たり前」に対抗する思想として「マルクス主義」が注目されました。

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「プロレタリア」という難しそうなカタカナが使われたのは、マルクス主義の影響を受けたためでした。マルクス主義の理念は簡単にいうと、プロレタリア階級(プロレタリアート)とブルジョア階級(ブルジョアジー)の間に起こる「階級闘争」によって、革命を起こそうというものでした。プロレタリア文学の理論として有名なのは、文芸評論家の蔵原惟人が提唱した「プロレタリア・レアリズム」(※1) です。

最近では、「プレカリアート」(※2)という言葉が論壇の人々によって使われたり、格差問題が大変な議論になったりしています。それとちょっと似ていますね。「プロレタリア」は革命の夢や期待が託されていた言葉でした。そうです、プロレタリア文学は「理論武装した文学」として、知的関心を呼び起こし、大流行したのです。

(※1)蔵原惟人が「プロレタリア・レアリズムへの道」で主張したもので、「プロレタリアート前衛の「眼をもって」世界を見ること」「厳正なるレアリストの態度をもってそれを描くこと」が求められた。

(※2)「precario(不安定な)」と「proletariato(プロレタリアート)」を合わせて作られた語「precariato」の訳語で、不安定な状況下の非正規雇用者や失業者などを総称して用いられた。

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集団で運動する

世界を変えるためには、今も昔も、一人では戦えません。みんなで団結する必要があります。文学表現もまた、集団をつくって運動するなかで作られるものだと考えられました。一般に、プロレタリア文学運動の歴史は、1921年に小牧近江、金子洋文らが創刊した雑誌、『種蒔く人』からはじまると言われています。昭和に入ると、運動として大きな盛り上がりをみせました。雑誌『文芸戦線』に集まった葉山嘉樹、青野季吉らや、雑誌『戦旗』に集まった小林多喜二徳永直らの活躍がよく知られています。

『戦旗』はNAPF(ナップ)と呼ばれる芸術団体の機関誌でした(その後、機関誌『ナップ』が創刊)。NAPF(ナップ)は後にKOPF(コップ)に姿を変えます。その他、この時期の前後にわたって非常に複雑な運動の変化があるのですが、ここでは省略します。このような組織は、分裂や対立や編成替えを繰り返しつつ、権力に立ち向かうための大きな力となったのでした。

しかし、刻々と状況は悪化していきます。1932年にはKOPF(コップ)が激しく弾圧されます。小林多喜二が特高警察の手で虐殺されたのは、翌年のことでした。拷問をうけた多喜二の遺体は、目を思わずそむけたくなるような凄惨な有り様だったといいます。

その翌年には、文学団体のNALP(ナルプ)が解体します。戦前のプロレタリア文学運動は、最終的には壊滅してしまいました。

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描かれた労働者の姿

プロレタリア文学は労働者の姿を強烈な表現で描いているため、今読んでも衝撃的です。ここではいくつか、有名な作品をみてみたいと思います。

たとえば、葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」。労働者の松戸与三は、セメントの樽を手で移す作業をしていたとき、樽の中から木箱を見つけます。その中には、恋人を失ったとされる女工の手紙が入っていました。クラッシャーに嵌って絶命する恋人は次のように書かれています。

そして、石と恋人の体とは砕け合つて、赤い細い石になつて、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入つて行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になつて、細く細く、はげしい音に呪の声を叫びながら、砕かれました。さうして焼かれて、立派にセメントになりました。

松戸はこの得体の知れない手紙を偶然手にすることで、粉砕されて「立派にセメントに」なってゆく人体の、戦慄的なイメージに直面することとなるのです。

小林多喜二の「蟹工船」は、近年でもよく読まれているプロレタリア文学です。2008年にもブームが起こりました。小説の舞台は、蟹を捕まえ缶詰をつくる蟹工船「博光丸」です。そこで働く労働者たちは、ひどい環境のなかで働かされています。彼らには陰惨な暴力がふるわれます。死者も出ます。

監督は次のように叫びます。「どうしたんだ、タタき起すど!」「いやしくも仕事が国家的である以上、戦争と同じなんだ。死ぬ覚悟で働け! 馬鹿野郎!」。こうした理不尽な状況のなかで、彼らは団結して戦うことになるのです。「俺達には、俺達しか、味方が無えんだな。始めて分った。」という言葉が痛切に響く作品です。

最後に、徳永直「太陽のない街」を紹介しましょう。作者の徳永自身が関わった実際の労働争議をモデルとした、「大同印刷」のストライキが描かれています。スピードのある文章で次々とストーリーが展開されていく小説で、これまで多くの読者を魅了してきました。また、女性労働者が多く登場することも重要です。たとえば、その一人である春木高枝は、「百パーセントのアジテーター」だとされており、果敢に演説を行います。しかし、その言葉は「中止ッ」「検束」の声によって押し留められ、高枝は警察によって拘束されてしまうのでした。

 

思想×エンターテインメント!

いかがでしたでしょうか。プロレタリア文学には、続きの読みたくなる小説が多くあります。斬新な表現方法が駆使され、波乱に富んだ物語が展開されるからでしょう。高尚な思想や、政治運動との関わりばかりが注目されがちですが、小説としてのエンタメ性が高いこともプロレタリア文学の大きな魅力なのです。

皆さんも、自分の置かれている労働環境と闘うための言葉を見つけたかったら、プロレタリア文学に手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。そこに描かれた労働者の怒りは、今もって読まれることを待っているのです。

※小説の引用はそれぞれ、『葉山嘉樹全集第一巻』(筑摩書房、1975年)、『小林多喜二全集第二巻』(新日本出版社、1982年)、『日本プロレタリア文学集・24 徳永直集(一)』(新日本出版社、1987年)によりました。

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