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やっぱり国語の授業は大切!国語教師たちの仮面座談会。

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突然ですが、皆さんは「国語の授業」に対してどのような印象を持っていますか?

「正直面白くなかったし、興味が持てなかった」「勉強する意味あるの?」「他の教科にもっと時間を割いて欲しかった」。そんな感想を持っている方も若い方の中には多いのではないでしょうか。

今回は、そんな若者達に物申す!と全国から集まった国語教師5人による仮面座談会の様子をお届けします。

プロフィールと、国語教師を志したきっかけ

Aさん:男性・教師歴13年。自らの興味と人からの勧めがあったため。
Bさん:女性・教師歴8年。国語が好きだったため。
Cさん:女性・教師歴4年。高校の時国語の先生のおかげで勉強する楽しさを知ったため。
Dさん:男性・教師歴2年。落ちぶれていた時に、小学校の先生に勉強を教えてもらったのがきっかけ。その先生に憧れたため。
Eさん:女性・教師歴1年(中学国語常勤)。国語が好きだから。親に公務員になれと言われたので(国語の免許が取れる文学部日本文学科だったため)。

 

国語教育は情緒を育てるのか

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−−今日はみなさん、お集まりいただきありがとうございます。国語教育で先生たちは子供たちに何を伝えたいのか、というテーマのもと、どうぞざっくばらんにお話しいただければと思います。

では、はじめに「国語教育と文学の関連」または「文学によって子どもの言語能力や情緒をどう醸成するか」というテーマについて、どのようにお考えでしょうか。

Cさん:やっぱり、文学を知るというのは、言葉の豊富さを知ることだと思います。子どもの心の成長とコミュニケーション能力の育成に、文学による教育は欠かせません。

Aさん:言語表現のさまざまな実験がなされた文学作品に触れることによって、学習者の言語理解・表現(巧みな表現をするレトリックという技法)の幅も可能性が広がります。

また、自分とは異なるさまざまな考えや感情を持つ「他者」の存在に触れることで、他者を理解するために必要な想像力を培うことができると思います。

Bさん:文学を通して子どもの語彙力は増え、書くこと・読むことの能力は高まると考えます。登場人物に共感したり批判したりし、人間社会との関わりを考えることも情緒を育成することに繋がります。

−−なるほど。確かに、2012年度のPISA(※)では日本の15歳の国語読解能力は世界で4番目に高い、という結果もあります。

(※) 3年ごとに実施される、国際的な学習到達度調査。15歳を対象に読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3分野を測定する

Dさん:私は、情緒を醸成するということに関しては反対です。文学において中身の読み取りは読み手に任せる場面が多いので、自由度が高く、教育が難しいのではないかと思います。また、教師歴28年の大先輩も「本来、文学作品の解釈は100%読者に委ねられています。しかし、教育と関連付けることによって、途端に道徳的な範疇から逃れられなくなる。」とおっしゃっていましたし、文学作品を使って教育するのには限界があるように思います。

国語教師をしていて喜びを感じたとき、萎えたとき

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−−次の質問に移ります。生徒の成長の上で、自分の授業が役に立っていると喜びに感じる瞬間、または全く役に立っていないと「萎える」瞬間はどのようなものでしょうか。

Eさん:嬉しい時は、日頃の読書の意欲向上が見られたとき。自分でまとめる、発言する(書く力、話す力)ことを臆することなく取り掛かれるようになったのが見られるときですね。

Aさん:そうですね。あと、授業中の学習者の反応(表情・発言など)が明らかになっている時や、作文や授業アンケートの自由記述の内容が積極的なものになっている時も嬉しいです。

Bさん:私も、生徒の学力向上と、現場で活躍を目にした時、生徒が達成感を感じているとわかった時は嬉しく思います。逆に、何をしても意欲が見られない時は本当に落ち込みますね

Dさん:わかります。国語が苦手なまま次年度に進むとかなり辛いです(笑)。想像力や表現力を子どもたちが使えるようになっているのは、俳句や短歌を作らせた時に実感しました

−−積極的な授業への参加は嬉しいですね。教師冥利に尽きると思います。

Cさん:私の場合は、文法など授業内容から発展させて作品自体に興味を持ってもらえた時が嬉しいです。例えば、古文の作品について生徒同士で話しているのは本当に嬉しかった。やっぱり、どうしても文法の学習ばかりに目が行きがちですので。

−−作品自体に興味を持ってもらえたら、良い意味で国語教育の枠を超えそうですね。

Eさん:国語の真髄は4つの能力(読む、書く、聞く、話す)を身につけるものなので、テストの点数だけでなく、日々の生活の中で、これらの向上が見受けられると嬉しいです。

萎えるのは、教師側にも責任があると思いますが、一生懸命教えても「日本語だからできてあたりまえ」と意欲を示してもらえない時です。他にも、数十年も掲載されている定番教材、中学なら例えば「走れメロス」「故郷」等の自作教材を、50代のベテラン教師がボロボロの状態になるまで使っていて、「いったい何年間使い続けているのだろう」と萎えました。同じ教材でも生徒は年々変わりますし、時代によっても変わります。教師たるもの日々研究と研鑽を重ねるべきだと思います。

(次ページに続く)

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