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日本の翻訳文化って、どこがすごいの?【教えて!モリソン先生 第2回】

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こんにちは。ライアン・モリソンです。

この「教えて!モリソン先生」という連載では、名古屋外国語大学で日本文学を教えている私が、日本や世界の文学、翻訳などについてお話ししていきます。

さて、私は文学研究者であると同時に翻訳家でもあり、石川淳・古川日出男・高橋源一郎などの日本人作家による作品を英訳しています。先日、研究室に来たある学生(名前を「美佐子ちゃん」としておきましょう)に翻訳とその重要性、役割についていくつか質問されました。

以下は二人の間に交わされた会話を出来るだけ忠実に再現したものです。

次回予告を兼ねた「宿題編」まで、どうぞごゆっくりお読みください。

 

【過去記事】アメリカ人研究者がおすすめする、日本の小説は?

モリソン先生の研究室にて

美佐子ちゃん:ねね、先生は文学を翻訳する人ですよね?いつも翻訳の話をしてくれますけど、そもそも「翻訳」って何ですか?その役割や重要性を説明してください。

 

モリソン:良い質問だね。翻訳とは一体何だろうか? そしてその役割、重要性とは? 今手元にある国語辞典によれば、翻訳は「ある言語で表された文章を他の言語に置き換えて表すこと。また、その文章」と定義されている。なるほど、これは確かに翻訳を狭義で捉えた説明としては正しいかもしれないね。

しかし、翻訳はそれだけではない。もっと広く考えれば、翻訳とは、ある言語が他の言語との衝突を通じて再構築されたり、拡張されたり、新たに作り変えられたりするという「革命的プロセス」でもある。このプロセスは世界諸国の言語においてある程度共通して見られるけれど、日本語は特にそのプロセスが生々しく刻まれた言語の一つであると思うのね。

 

美佐子ちゃん:革命??具体的にいうとどういうことですか?

 

モリソン:古くから日本語は「翻訳」という作業を通して繰り返し構築され直してきたのね。主には大陸、つまり中国からの言葉や、漢字、概念、思想、文化などを定期的に導入したりしてね。日本人がそういったものを輸入するたびに、日本語という言語自体が根源的に変わった、大胆に作り直された、と言っていいと思う。

 

美佐子ちゃん:例えば?

 

モリソン:例えば、5世紀には中国から漢字の書物を輸入し、それを日本で伝えるために漢字を導入し普及させた。それを機に、日本人は万葉仮名という綴り方を発明し発展させていった。そして9世紀に入ると、そこから平仮名・片仮名が生まれたのね。

中国語の影響は文字だけでなく、文章の形式にも見られる。中国語の翻訳として漢文が作られたわけだけど、その書き方がその後近代に続くまで「公的な日本語」として広く使われる形式になった。また、梵語(サンスクリット語)に起源のある仏教用語が入ってきたことなども、翻訳によって日本語が変化した現象のひとつとして挙げられるね。

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美佐子ちゃん:では、近代に入ってからも同じような現象は続いたのでしょうか?

 

モリソン:続いたどころか、定期的に行われてきた文化輸入による言語的変化は、明治に入って一層加速したんだよ。

 

美佐子ちゃん:そうなんですか。昔の話だと分かるような気がしますが、明治に入ってから日本語が翻訳の影響でどのように変わったのですか?

 

モリソン:今ちょうどそれを説明するところだった。分かりやすい具体例を言うと、和製漢語だね。和製漢語というのは、明治以降、日本において欧米の言語の訳として新しく作られた日本語のボキャブラリーのことだ。数えきれないほど沢山あるけど、いくつか例を挙げると、「社会」 (society)、「文化」 (culture)、「文明」 (civilization)、「民族」 (folk)、「時間」 (time)、「美術」 (art)、「空間」(space)、「科学」(science)、「分子」(molecule)などなどが和製漢語にあたる。

他にも、ありとあらゆる「xx主義」(-ism)もそうだし、殆どの「xx学」(-logy)もそうだ (より長いリストを見たければ私のブログを参考にしてね)。有名な話だけど、「恋愛」という言葉もまた、当時のロマン派の詩人、北村透谷により「love」の訳として初めて作られたものだったんだ。それまでは「恋」とか「色事」とかいろいろな言葉があったが、「恋愛」という言葉はなかったし、動詞としての「愛する」もなかったんだよ。

 

美佐子ちゃん:へぇ〜。「色事」と「恋愛」では大きな違いですね。

 

モリソン:さらにいえば、既存のボキャブラリーを新たに和製漢語として、元来の意味とは全く違うものとして生まれ変わらせたケースが多いのも興味深いポイントだね。例えばconsciousnessの訳語は「意識」とされたが、「意識」は元々は「分別の心」という意味だった。同じようにidea/conceptの訳語である「観念」は「仏を観察思念する」という宗教的な意味をもった言葉だったし、feeling/moodの訳語「気分」は「その人の本来の性質」が元来の意味だった。

つまり、近代の日本人は欧米の様々な文化、科学、学問分野を大量に導入することに取り組んでおり、その影響のもと、ドイツ語、英語、フランス語などの訳語としていろいろな新語を次々と作っていったのね。近代化に取り組む西周、森鴎外、福澤諭吉、夏目漱石、中江兆民などの明治時代の偉大なる学者や文学者たちは、元々日本語にない概念や名称などを新語として造語しなければならなかった。我々が日常的に使っている言葉の多くは、実はこのたぐいの単語なんだね。

 

美佐子ちゃん:なるほど。そんなにあるのですね。すごい、先生!すごい、すごい!先生って、やっぱりすごい!

 

モリソン:いやいや。すごくもなんでもないですよ。有名な話ですよ。

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(次ページに続く)

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