本との偶然の出会いをWEB上でも

【第4回】モーリーのBOOK JOCKEY

何を読み、どんな経験をしてきたのかを語る

     

ぼくたちは何を読んできたか③

 

アメリカには戦前から左翼と進歩派の隠れた長い伝統があった。1905年生まれのケネス・レックスロスはその潮流の中で社会正義と文学を同一線上で追求し続けた一人だった。1940年ごろからエコロジーと平和主義を唱え、太平洋戦争中は良心的参戦拒否者として静かに反戦活動を行う。当時、収容を免れた日系人をも支援し、東洋哲学に傾倒。仏教・タオイズム・ヨガを実践した。同時に過激なアナーキスト組織である「IWW=世界産業労働組合」のメンバーとしても活動した。

戦争でドイツと日本に勝利したアメリカは空前の好景気に沸いた。民主主義がファシズムに勝利しただけではない。資本主義が「自由な世界」の人々の身も心も支配する時代の幕開けだった。大量生産される車、家電、衣類、雑貨、開発されまくる土地。

アメリカ社会のマジョリティーが物質文明に酔いしれる間、とても小さな声で異を唱える者たちがいた。左翼思想家、進歩主義者、同性愛者など。そこに社会の底辺に追いやられたり、異端視されたりした流れ者、売春婦や麻薬の密売人なども加わり、静かだが徐々に連携するアンダーグラウンドが形成されていく。

1950年代、サンフランシスコで活動していたレックスロスは若手の詩人、ゲイリー・スナイダーをギンズバーグに紹介する。これが後に「ビート文学」と呼ばれるムーブメントの始まりでもあった。仏教を真剣に学ぼうと思い立ったスナイダーは1955年に日本へ行くための準備をする。ところが当初は国務省に共産主義者だと疑われ、パスポートを発行してもらえなかった。後日、法廷の決定がくつがえり、京都市にある臨済宗の相国寺へ。そこで修行の日々を過ごす。

1957年ジャック・ケルアックの『On the Road』(邦題「路上」、後に「オン・ザ・ロード」)が出版され、ビート青年たちがビッグ・ブレイクをする。

仏教に帰依したスナイダーはアメリカに帰国し、独特の解釈で「禅」をアメリカナイズさせた。瞑想や修行をするだけではなく、積極的に権力に抵抗してでも世直しをすべきだという使命感に貫かれていた。いやむしろ、元々スナイダーが核に持っていた物質文明やキリスト教的な倫理への反発が禅の「清貧」の考え方と融合し、固有の「スナイダー禅」へと進化したのだった。

1961年には、西洋の知と東洋の知を融合させるためのマニフェスト『Buddhist Anarchism』(仏教アナキズム)を出版。

「大麻を吸い、ペヨーテを摂取し、一夫多妻や一妻多夫、あるいは同性愛を認めるべきだ。ユダヤ教もキリスト教も資本主義もマルクス主義も否定し、自由で国際的な真の無階級社会へ向けて革命を起こす時が来た」と唱える。

その後、スナイダーは度々日本とアメリカを往復し、ある時期は諏訪之瀬島(鹿児島県トカラ列島)でコミューンに滞在。日本のヒッピー・ムーブメントにも強い影響を与えた。言わば「スナイダー禅」が日本に逆輸入されたのだった。

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