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紙と電子の可能性・突き詰めた乱歩本 -東雅夫の幻妖ブックデジタル

アンソロジストで文芸評論家の東雅夫が、「紙と電子」の可能性を探ります。貴重な江戸川乱歩本に隠された紙の本の存在価値とは?

     

紙と電子と──突き詰めた乱歩本

久しぶりの新連載ということもあり、周囲の人間に連載第1回の感想を、おずおずとリサーチしてみた。

すると──

「いやあ、藍峯舎のアレね、僕もうっかり買い逃しちゃって~」

「藍峯舎の『幻想と怪奇』、買いましたよ! この二重貼函、サイコーじゃないですか」

「藍峯舎って、どんな人たちがやってるんですか? お知り合い?」

「こんな凝った本ばかり出してて……生活できるのかしらん!?」

皆さん、そこですか!

実を申せば、私も同社のことはネット上でしか知らず、以前からその正体には関心を寄せていたのである。

……というわけで新年早々、行ってきました藍峯舎。

所在地は、岩本町と小伝馬町と新日本橋の地下鉄駅が形成する三角形のちょうど中央あたり、オフィスビルが建ち並ぶ界隈である。墨田区の拙宅からは、歩こうと思えば不可能ではないくらいの距離だ。

取材場所の相談をしたところ、「それでは会社の応接スペースで」とのお返事。お、応接スペース? もしかして大企業? などと勝手な妄想を膨らませながら到着したのは……レンタルオフィスのビルだった。

「ヒガシさん!?」

玄関先で待ち構えていらした初老の男性に声をかけられて、内心「おや」と思う。

どこかで以前、お目にかかったことがあるような……。

いっけん喫茶店のような応接ルームに着座して名刺交換する際、「たしか前に一度……」と言いかけると、「よく憶えていてくださいましたね!」と、藍峯舎主・深江英賢さんは満面の笑みを浮かべた。

深江さんは元・新潮社の編集者。在職中は『週刊新潮』や『フォーカス』など、もっぱら雑誌畑で活躍されていたという。60歳で定年退職後、かねて偏愛する幻想文学や美術に関わる本をつくりたいと、2012年6月にプライベートプレス「藍峯舎」を、独りで旗揚げしたのであった。

「今の出版界への異議申し立てというと大仰ですが、チープなお手軽本が氾濫してるじゃないですか。その一方で、日本には戦前から限定豪華本、美しい本の歴史がありますよね。戦後もつい最近まで、たとえば生田耕作さんのサバト館(註 サバトは本来は漢字表記)とか、京都の湯川書房とか、美しい限定本を専門に出す伝統があったわけですけれど、プライベートプレスの弱点は、主人が亡くなったら一代限りで終わってしまいがちなこと。

そういう美しい本の伝統が喪われてしまうのは、非常に寂しいことだと思ったんです。そこで、この電子書籍時代の入口というタイミングで、あえて紙の本でなければできないことに特化したほうが、むしろ今の時代にやる意義があるんじゃないかというのが、藍峯舎設立の出発点ですね」

幻想と怪奇1

2012年12月に創立第1弾として刊行された『赤き死の仮面』から、最新刊の『幻想と怪奇』まで、3年間に5冊の豪華本を完全限定出版の形で送り出してきた藍峯舎だが、このうち4冊までが江戸川乱歩がらみの企画本である。

「乱歩の作品は最初、月並みですけど、光文社版〈少年探偵全集〉を熱狂的に読みまして、それ以来、離れられない。で、やはり異端とか幻想のほうへ行っちゃいますよね、乱歩から入って傾倒すると(笑)。

その一方で、作家としての大きさに比して、乱歩本には物足りなさを常々感じていました。全集にしても、最近の講談社版や光文社版は、文庫版でしたからね。それで乱歩の本を、今までにない形の美しい豪華本で出していきたいと思ったわけです。誰もやらないから、自分でやってみようというのが、もうひとつの出発点ですね」

幻想と怪奇2

藍峯舎は、取次流通を通すことなく、読者との直接取引──直販制をとっている。プライベートプレスとはいえ、これはなかなかに思い切った決断といえよう。

「今までの本の流通──リアル書店があり、取次があってという、そのラインには乗らないでいこうとは当初から思っていました。その背景にあるのは、電脳時代というかパソコンが行き渡り、インターネットを通じて出版社と読者が直接つながる環境が出来たというのが大きい。その意味では、これも電脳時代の産物であって、電子書籍ではないんだけど、異形の電子書籍かも知れないなと思います。この環境がなければ、こういう商売のやり方は絶対にできないわけで」

異形の電子書籍! インターネットは、マイナー出版社にとってこそ、無限の可能性を秘めた魔法のツール……が、以前から持論の私としては、大いに首肯できる発想である。

「そうそう、ネット環境がなければ、こういう趣味的なものを突き詰めていくような出版活動はできないですよ。大量生産・大量消費から、いちばん遠いところなわけだから。どこの片隅にマニア=購読者がいるか分からない。それが、ネットだと繋がる。読者と直結できるというか」

なるほど藍峯舎の刊本には、それぞれにマニア心をくすぐるような特色、仕掛けがある。たとえば最新刊の『幻想と怪奇』は──「乱歩が選び抜いた自作の短編ひとつに一枚ずつ版画を入れるという、版画荘のオリジナル版では果たせなかった乱歩の夢を実現しています。原本には9篇の短編が収録されていますが、今回はそこから6篇を選び、それぞれに銅版画家坂東壯一の新作が添えられます」(藍峯舎公式サイトより)……という具合。こんなふうに煽られたのでは、思わず購入ボタンをクリックしたくなるというものだ。事実、25部限定12万円の特装本は、予約開始から10分ほどで完売となり話題を呼んだ。オブジェとしての本の魅力、抗いがたし!

幻想と怪奇3

「そう、そこなんです。オブジェとしての本──選び抜いた用紙に最高の印刷技術で再現される装画であり、革やクロスの手触りであり、印刷の版組の美しさですよね。電子ではできないところを、徹底的に突き詰めるしかないだろうと。そこを追求するしか、最終的に紙の本の存在価値というか生き残る道はないんじゃないかな、と思っています」

これは電子出版に携わる人々にとっても、大いに傾聴に値する方向性だと、私は思う。「紙の本」にしかできない理想を突き詰めていけば、おのずから「電子の本」にしかできない理想が見えてくるはずだから、である。

さて、江戸川乱歩といえば、このほど小学館から『江戸川乱歩 電子全集』が発刊された。(http://ebook.shogakukan.co.jp/edogawa/index.html

第1巻は「明智小五郎 登場編」と銘打たれており、「D坂の殺人事件」「心理試験」といった初期短篇と並んで、「一寸法師」「蜘蛛男」「猟奇の果」など、それぞれ「紙の本」なら1冊で刊行されてもおかしくない長篇群が、こともなげに1巻に収められている。

まさに「電子の本」の本領発揮であるわけだが、それ以上に私が瞠目したのは、巻末に収められた付録の多彩さだった。

舞台化された乱歩作品に出演している市川染五郎へのインタビューあり、乱歩ゆかりのスイーツ(!)や名産品の案内あり(これはこれで、ある意味ぶっ飛んだ企画ですな!)、オリジナルの詳細年譜あり、なにより極めつきは「D坂の殺人事件」の自筆草稿全64枚が、なんと写真版で完全収録されていること。

これぞまさしく「電子」にしかできない方法での、マニアな読者へのアピールではないか!

紙と電子、それぞれの作り手が、それぞれの武器を駆使して、秘策を繰り出す……そんな時代が、いよいよ到来しようとしているのかも知れない。

東雅夫(ひがし・まさお)

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1958年、神奈川県横須賀市生まれ。アンソロジスト、文芸評論家、怪談専門誌「幽」編集顧問。ふるさと怪談トークライブ代表。早稲田大学文学部日本文学科卒。

1982年に研究批評誌「幻想文学」を創刊、2003年の終刊まで21年間にわたり編集長を務めた。近年は各種アンソロジーの企画編纂や、幻想文学・ホラーを中心とする批評、怪談研究などの分野で著述・講演活動を展開中。

2011年、著書『遠野物語と怪談の時代』(角川学芸出版)で、第64回日本推理作家協会賞を受賞した。

評論家として「ホラー・ジャパネスク」や「800字小説」「怪談文芸」などを提唱。NHKテレビ番組「妖しき文豪怪談」「日本怪談百物語」シリーズ等の企画監修や、「幽」怪談文学賞、「幽」怪談実話コンテスト、ビーケーワン怪談大賞、みちのく怪談コンテストなど各種文学賞の選考委員も務める。

著書に『文学の極意は怪談である』(筑摩書房)『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』(学研新書)『百物語の怪談史』(角川ソフィア文庫)ほか、編纂書に『文豪怪談傑作選』(ちくま文庫)『伝奇ノ匣』(学研M文庫)『てのひら怪談』(ポプラ文庫)の各シリーズほかがある。

著者公式サイト「幻妖ブックブログ」
http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/

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