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山田太一(やまだ たいち)

プロフィール

1934年6月6日~

 

脚本家、小説家。本名 石坂 太一(いしざか たいち)。

東京都浅草出身。大衆食堂を営む家に生まれる。小学校3年生の時に神奈川県湯河原に強制疎開のため転居。神奈川県立小田原高等学校を卒業後、早稲田大学教育学部国語国文学科へ進学。教師になり休みの合間に小説を書くことを夢見ていたが、就職難のため断念せざるをえなくなり、当時、助監督を募集していた松竹大船を受験。松竹入社後、木下惠介監督に師事、1960年代前半から映画をテレビドラマに脚色する仕事を始める。1965年に退社し、フリーの脚本家へ。木下監督からの助言により、『3人家族』を執筆し高視聴率を獲得した。1973年『それぞれの秋』で芸術奨励新人賞を受賞。1976年にはNHKの企画で、山田太一シリーズとして発表した『男たちの旅路』がヒットし1982年まで断続的に放送され、第3部の『シルバーシート』は第32回芸術祭ドラマ部門大賞を受賞。小説家としては1972年に処女作『藍より青く』を上梓。1976年には東京新聞で『岸辺のアルバム』を連載、テレビドラマ化され、高い評価をうける。その後、『飛ぶ夢をしばらく見ない』などの小説を次々と発表。1987年に上梓した『異人たちとの夏』では第1回山本周五郎賞を受賞した。1990年には脚本を務めた『少年時代』で第45回毎日映画コンクール[脚本賞]、第14回日本アカデミー賞[最優秀作品賞]を受賞。その後も、小説、脚本共に精力的に活動を続け、2015年には「長年にわたって日本のテレビドラマ作りを牽引」という功績が讃えられ朝日賞を受賞。2017年に脳出血により執筆が困難になっていることが報じられたが、執筆意欲は衰えておらず、熱心にリハビリテーションを行っている。

代表作一覧

  • 岸辺のアルバム1

    『岸辺のアルバム』(1980年)

  • 飛ぶ夢をしばらく見ない1

    『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1985年)

  • 異人たちとの夏1

    『異人たちとの夏』(1987年)

  • 空也上人がいた1

    『空也上人がいた』(2011年)

受賞歴

第24回芸術選奨新人賞放送部門 『それぞれの秋』(1974年)

第32回NHK放送文化賞(1980年)

第25回エランドール賞特別賞(1980年)

第33回芸術選奨文部科学大臣賞 『ながらえば』『男たちの旅路』(1983年)

第2回向田邦子賞 『日本の面影』(1983年)

第17回テレビ大賞優秀個人(1984年)

第33回菊池寛賞(1985年)

第1回山本周五郎賞 『異人たちとの夏』(1987年)

第8回日本文芸大賞 『異人たちとの夏』(1988年)

第8回都民文化栄誉章(1989年)

第45回毎日映画コンクール脚本賞 『少年時代』(1990年)

第14回日本アカデミー賞優秀脚本賞、最優秀脚本賞 『少年時代』(1990年)

第34回毎日芸術賞(1992年)

第13回ザ・テレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞 『ふぞろいの林檎たちIV』(1997年)

第11回菊島隆三賞 『本当と嘘とテキーラ』(2008年)

第16回橋田賞特別賞(2008年)

第50回ギャラクシー賞55周年記念賞(2013年)

第13回小林秀雄賞 『月日の残像』(2014年)

2014年度朝日賞(2015年)

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