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谷崎潤一郎作品で知る、“女王様”学入門【文学恋愛講座#3】

“女王様”的ヒロインを理想の女性とし、マゾヒズムに満ちた名作を多く遺した文豪・谷崎潤一郎。今回は、谷崎作品のヒロインを例に、“女王様”的女性の特徴と、そんな女性を落とすにはどうすればいいかについて解説します。

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ここに、2人の女性がいるとしましょう。
Aさんは清楚で従順、男性を立てるのがうまく、いつでもさりげなく3歩下がってついてきてくれるタイプ。
一方、Bさんは自由奔放でちょっとわがまま。ミステリアスで、何を企んでいるかわからない妖艶さが魅力です。

……この2人の女性のうち、どちらとデートがしてみたいですか?
迷わずに「絶対にBさん!」と答えた方。あなたはもしかすると、“女王様”タイプの女性に振り回されてみたい、という願望をお持ちではないでしょうか。

そんな、“女王様”的ヒロインを理想の女性とし、マゾヒズムに満ちた多くの名作を遺した文豪・谷崎潤一郎。今回は、谷崎作品の中から男を惑わす2人のヒロインを例に、“女王様”的女性の特徴と、そんな女性を落とすにはどうすればいいかについて、解説します。

 
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【女王様①】表の顔と裏の顔を持つ女・春琴――『春琴抄』

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【あらすじ】
大阪の裕福な薬種問屋の娘、春琴は幼い頃、眼病により失明し、三味線を学ぶようになる。春琴の世話係であった丁稚の佐助も、春琴の弟子として同じく三味線を学ぶように。ワガママに育った春琴は佐助が泣き出すほどの厳しい稽古をつけるが、佐助は春琴を慕い、事実上の夫となる。
腕前が一流として広く知られるようになった頃、春琴は何者かに顔に熱湯を浴びせられ、大やけどを負ってしまう。春琴を思う佐助は自分の両目を針で突き、失明することで春琴の醜くなった顔を見ないようにする。

最初にご紹介する“女王様”は、『春琴抄』に登場する春琴。『春琴抄』は、顔にやけどを負った(事実上の)妻を思うあまり、自らの目を突くことでその顔を見なくて済むようにするという、衝撃的なストーリーです。
夫・佐助をここまでの行動に至らせた春琴という女性の魅力は、いったいどこにあるのでしょう?

<1.年齢不詳の美しさ>

作中で、晩年の春琴の外見はこんな風に描写されています。

輪郭の整った瓜実顔に、一つ一つ可愛い指で摘まみ上げたような小柄な今にも消えてなくなりそうな柔らかな目鼻がついている。

年恰好も三十七歳といえばそうも見えまた二十七八歳のようにも見えなくはない。

華奢な少女のような顔立ちでありながら、20代にも30代にも見える美しさをたたえている。魅力的な女性は、年齢不詳に見えるようです。

<2.裏表が激しい>

彼女はいわゆる内面の悪い方であった外に出ると思いの外愛想がよく客に招かれた時などは言語動作が至ってしとやかで色気があり家庭で佐助をいじめたり弟子を打ったり罵ったりする婦人とは受け取りかねる風情があった

客に対しては愛想よくしとやかに振る舞い、佐助に対しては打って変わって厳しく振る舞う。「それって単に性格が悪いのでは?」と思うかもしれませんが、最大のポイントは、佐助に“だけ”意地悪を言っているという点なのです。
現に佐助と春琴は、こんなやりとりをしています。

またある夏の日の午後に順番を待っている時うしろに畏まって控えていると「暑い」と独りごとを洩らした「暑うござりますなあ」とおあいそを云ってみたが何の返事もせずしばらくするとまた「暑い」という、心づいて有り合わせた団扇を取り背中の方からあおいでやるとそれで納得したようであったが少しでもあおぎ方が気が抜けるとすぐ「暑い」を繰り返した。

春琴の「暑い」はすなわち、「早く団扇で私をあおぎなさい」という意味。
佐助は、普段は人当たりのよい春琴が自分にだけ見せるワガママな一面を“甘え”と捉えたがゆえ、彼女への愛を深めてゆくのです。

【女王様②】 究極の魔性の女・ナオミ――『痴人の愛』

痴人の愛
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【あらすじ】
会社で「君子」と呼ばれるほど真面目な男であった譲治はある日、浅草のカフェでナオミという美しい容貌の少女に出会う。ナオミに一目惚れした譲治は彼女を引き取り、洋館でふたり暮らしを始める。
譲治はナオミに教育や作法を教えようとするが、ナオミはなかなか思い通りにはならない。他の男たちと密会を始めたナオミを一度は追い出したものの、譲治はナオミが忘れられず、呆れ果てつつ全面降伏してしまう。会社を辞めた譲治はナオミに家を買い、ナオミのすることに一切の反対をせず、奴隷のように生きてゆく。

もうひとりの“女王様”は、日本文学史に残るファム・ファタール(魔性の女)こと、『痴人の愛』ナオミです。
浮気を重ねた上、最終的には完全に譲治を征服するナオミはまさに、“悪女”の代名詞とも言える女性。ナオミがどのようにして譲治を手玉に取ったか、3つのキーワードから読み解いてみましょう。

<1.影のある雰囲気>

譲治が最初にカフェで給仕をするナオミに出会ったとき、譲治の目を奪ったのは、そのハーフのような顔立ちでした。しかしながら、ナオミは明るく朗らかなタイプではなく、どちらかというと無口で暗い印象の女性だったよう。

顔色なども少し青みを帯びていて、譬えばこう、無色透明な板ガラスを何枚も重ねたような、深く沈んだ色合をしていて、健康そうではありませんでした。

ところが、譲治はそんなナオミの影を感じさせる雰囲気にこそ魅力を感じ、自らの手で、どこへ出しても恥ずかしくないレディーに育てたい、と思うのです。いわば、ナオミは譲治にとって“原石”のような存在に見えたのでしょう。

<2.魅力を自覚している、計算高さ>

譲治のもとで何不自由ない暮らしを続ける中で、ナオミの“女王様”ぶりは開花してゆきます。あるとき、着物が欲しくなり、そのお金を賭けて譲治とトランプで勝負をしたナオミは、こんな振る舞いを見せるのです。

勝負の時は大概ゆるやかなガウンのようなものを、わざとぐずぐずにだらしなく纏っていました。そして形勢が悪くなると淫りがわしく居ずまいを崩して、襟をはだけたり、足を突き出したり、それでも駄目だと私の膝へもたれかかつて頬ッペたを撫でたり、口の端を摘まんでぶるぶると振ったり……

自分が劣勢に立たされると、服をはだけさせ、ボディタッチを増やすナオミ。なんとも卑怯な手ですが、譲治もこれをされると、勝負などどうでもよくなってしまい、結局ナオミに負けてやるのです。
ナオミは、手や脚の美しさだけでなく、香りでも譲治を惑わします。

彼女の息は湿り気を帯びて生暖かく、人間の肺から出たとは思へない、甘い花のやうな香がします。(中略)彼女は私を迷わせるために、そっと唇に香水を塗ってゐたのださうですが、さういふ仕掛けがしてあることを無論その頃は知りませんでした。

香水を唇に塗ることで、吐息から花のような香りをさせるナオミ。譲治はそれを、“彼女のやうな妖婦になると、内臓までも普通の女と違ってゐるのじゃないかしらん”と想像します。「内臓」さえも特別製であると思わせてしまうナオミの魅力は、いわばナオミ自身の策略によって作られたものなのです。

<3.欠点を“可愛い”と思わせる>

男友達との交流が増え、しだいに他の男との浮気を繰り返すナオミ。譲治が問いただすと「十五の歳から育てて貰った恩を忘れたことはない」としおらしい態度を見せますが、段々とその浮気性はエスカレートしていきます。
ところが、譲治はその“欠点”さえも、ナオミの魅力と捉えてしまうのです。

彼女の浮気と我が儘とは昔から分かっていたことで、その欠点を取ってしまえば彼女の値打ちもなくなってしまう。浮気な奴だ、我が儘な奴だと思えば思うほど、一層可愛さが増して来て、彼女の罠に陥ってしまう。

ここまでくるともはや、現実のナオミがどれほどの悪女であろうが、譲治には関係ありません。“綺麗”や“美しい”とは違い、“可愛い”という感情は、客観的に見ればマイナスの面にさえも反応します。最大の欠点を“可愛い”と思うようになってしまったら、もう絶対にその女性には勝てないのです。

女王様と付き合うには? ―― 3パターンの立場から考える

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では、春琴やナオミのような、女王様タイプの女性と付き合うにはどうすればよいのか? ここで、実践的な3パターンの振る舞い方をご紹介しましょう。

<①“幇間”になる>

谷崎の短編小説に、『幇間ほうかん』という作品があります。幇間とはいまの言葉で言うと、宴会芸の得意な太鼓持ち。つまりは、ピエロです。
『幇間』の主人公、桜井という男は芸者の梅吉に惚れていますが、梅吉はいつでもピエロを演じて宴席を盛り上げてくれる桜井に感謝こそすれど、決して彼を異性として見ようとはしません。

梅吉は、桜井に迫られるたび、彼に“催眠術”をかけるという遊びをします。桜井は「そら! もうかかっちまった」と梅吉に言われると、いつでもどこでも催眠術にかかったフリをして、大げさにぐたりと横になって見せ、宴席をどっと沸かせるのです。

……好きな人に対してこんな振る舞いしかできないのは、あまりに酷だと思われるでしょうか。しかし、女王様タイプの女性に破滅させられずに付き合うためには、このくらいのちょうどいい距離感でいることも賢い選択です。

<② “ご主人様”になる>

ご主人様と聞いて、「違う! そっちの立場は望んでない!」と思う方もいらっしゃることでしょう。しかし、先にご紹介した『痴人の愛』や、刺青を彫られることがきっかけで女性のサディズムが花開く『刺青』など、谷崎の作品の中では、もともとは女性を指導したり支配する側であった主人公が、最終的には立場が逆転して尻に敷かれているという展開が定番なのです。

そこで、たとえ気が乗らなくても、一旦、“ご主人様”になってみることをおすすめします。サディズム/マゾヒズムは、ひとりの人間の中にどちらか一方しか備わっていないものではなく、あくまで流動的な性質だからです。辛抱強く“ご主人様”を続けていたら、ある日突然、相手の女性に“女王様”が宿るかもしれません。

<③“奴隷”になる>

3つ目は、もはや解説するまでもないでしょう。はじめから、『春琴抄』の佐助や『痴人の愛』の譲治の最後のように、人生のすべてを相手の女性に捧げる覚悟を持つという方法です。
男性にどこまでもチヤホヤされることが大好きな女王様タイプの女性は、喜んでその姿勢を受け入れてくれることでしょう。ただし、相手がいかに浮気や常識はずれな行動をとろうとも、それを責めることは一切許されません

おわりにーー“破滅”までも楽しめるか

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“女王様”と付き合うには、自分が相手に騙されている自覚を持ちながら、それを積極的に楽しむ姿勢が必要です。行き着く先に待っているであろう破滅さえも楽しむ覚悟があるなら、今回ご紹介した谷崎作品を参考に、あなたの近くの女王様を口説いてみるとよいかもしれません。

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