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【ディストピアとは?】「監視社会」や「行動の制限」などの“あるある”から徹底解説。

トランプ政権発足後、アメリカで急激に売り上げを伸ばしている小説、『1984年』。政府によって市民の自由が奪われた社会を描くディストピア小説の代表作が再び注目を集めている理由とは?ディストピアの基礎知識や「あるある」をもとに作品を紹介します。

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2016年のアメリカ合衆国大統領選挙の結果、多くの人の予想を裏切る形で勝利を収めたドナルド・トランプ氏。大統領に就任した後も何かと話題が尽きないトランプ政権のもと、急激にアメリカ国内で売り上げを伸ばしている小説があります。

その小説とは、ジョージ・オーウェルによる『1984年』。舞台は、思想や言語、結婚をはじめとする生活の物事に統制が行われている世界。このように、政府による徹底的な管理下におかれた市民が、人間としての尊厳や人間性までを否定される作品ジャンル“ディストピア小説”と呼ばれ、今、ドナルド政権のあり方となぞらえて注目を集めているのです。

今回はこのディストピア小説について、基礎知識や頻繁に見られる特徴と、その作品をご紹介します。

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ディストピア=反ユートピア?

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“ディストピア”は理想郷を意味する“ユートピア”の対義語です。もともと、この言葉が広く用いられるようになったきっかけは、イギリスの政治家、思想家であるトマス・モアが1516年に出版した啓蒙書『ユートピア』。これはギリシア語の「ou」(無い)と「topos」(場所)、接尾語の「ia」を合わせた言葉であり、「どこでもない場所」という意味です。

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出典:http://amzn.asia/gDEvpTE

この作品は、トマス・モアが「ユートピア」という架空の土地を訪れた人々から話を聞いたという形式をとっています。当時のイギリスでは、地主が農民から取り上げた畑や共有地を柵で囲い込み、羊を飼うための牧場にするという運動がありました。これは毛織物工業の繁栄を目指した結果の出来事ですが、耕地を奪われた農民は生活に困窮し、失業者・餓死者・犯罪者が増加することとなりました。

『ユートピア』でトマス・モアは理想の生活を送る国、ユートピアを描くことで、イギリスの制度や社会を痛烈に批判しました。では、その国はどんなところなのかを見てみましょう。

例えばユートピア人は昼夜を二十四時間に等分し、その中僅か六時間を労働にあてるにすぎない。すなわち、午前中三時間の労働、正午には直ちに昼食、食後は二時間の休息、その後で再び三時間の労働、次に夕食、ーーとこういう風になっている。(中略)
夕食の後の一時間は団欒の時にあてられている。場所は夏なら庭園、冬なら彼らがうち揃って食事をする食堂である。彼らはそこで音楽の練習をしたり、高尚で健全な話題に話の華を咲かせたりする。

ユートピアでは1日のうち労働時間はたった6時間。夕食後には団欒の時間を過ごすことができる環境です。貴族といった身分は存在せず、食料や物資に事欠かずに誰もが平和に暮らすことができる……まさに、当時のイギリスでは考えられないような理想郷です。

しかし時が経つにつれ、そんな理想郷が実現することは難しいことに人々は気がつきます。どんなに理想の社会を描いたところで、何の役にも立たない……ユートピア小説の意義を見失った作家たちは、こぞってユートピアとは真逆の世界を描くようになったのです。

一方で現代は度重なる科学技術の発展により、かつて小説で描かれたディストピアの世界は確実に近づいています。あらゆる場所に設置されたカメラは市民の行動を追い、何かあればSNSで全世界に顔を晒されることも珍しくありません。まさに私たちの生きる世界はディストピアの前触れなのかもしれません。

 

未来も希望も持てない社会。ディストピアの世界観あるある3選。

続いては、ディストピア小説によく見られる設定やストーリー展開を紹介します。

1.絶対的な存在が描かれがち。

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冒頭でもご紹介した『1984年』には、国の最高指導者とされる人物、“ビッグ・ブラザー”が登場します。

この作品では1950年代に第三次世界大戦が勃発した後、オセアニア・ユーラシア・イースタニアという3つの超大国によって分割統治されています。主人公のウィンストン・スミスは歴史の記録や新聞を改竄かいざんする役所で働いていましたが、監視の目をかいくぐって日記をつけ始めます。都合の悪い過去の記録はすべて改竄されていたオセアニアにおいて、「物事の記録」は重罪です。

オセアニアには、いたるところに監視カメラの機能を持った装置、“テレスクリーン”が設置されています。政府は国民の一挙一動を常に監視しており、それは同様にあちこちに貼られたビッグ・ブラザーのポスターで監視されていることを国民へ認識させています。「ビッグ・ブラザーがあなたを見守っている」という説明とともに黒い髪に黒い口ひげをたくわえた男の顔が描かれたポスターは、この男の目は見る者の動きに従って視線も動くような印象を与えるものとなっています。

ディストピア小説では、国民に疑問を抱かせること、反抗させることを防ぐために絶対的な存在を必要とします。『1984年』でウィンストンが普段行っていた仕事は、ビッグ・ブラザーが常に正しいことを国民に認識させるためのもの。ビッグ・ブラザーが「2+2は5」といえば、ただちにたとえ間違っていたとしても、ウィンストンは「2+2は5」と改竄しなければいけないのです。その事実に疑問を持ったウィンストンが「自由とは2たす2が4であると言える自由である。その自由が認められるならば、他の自由はすべて後からついてくる」と日記に記しているように、ビッグ・ブラザーの言動は国民の自由を奪っているのです。

権力者を信じ切った国民は、迷うことなく権力者に従います。考える自由さえも奪われた世界を描くためには、そんな絶対的な存在が不可欠だといえるでしょう。

 

2.ユートピア実現のため、ディストピアが存在しがち。

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星新一のショートショート『生活維持省』(『ボッコちゃん』に収録)では、すべての国民に十分な土地が確保され、どの家も平穏な生活を送っています。一見するとユートピアのようですが、その裏にはコンピューターで年齢・性別・職業に関係なく選抜された者を殺処分する政府の方針がありました。

この作品の主人公と同僚は、選抜者の殺処分を遂行する“生活維持省”に勤務しています。彼らは選抜者の元に向かう道中で生存競争や公害、戦争とは無関係の平和な日常を目にしますが、主人公は「必要悪はもはや悪じゃない」と割り切っています。

ふたりが最初の業務を果たした後、次に選ばれた相手は……それは「生きる権利と死ぬ権利はだれにでも平等にあたえられなければなりません」と話していた主人公にとって、皮肉ともいえる結果でした。

そして『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香もまた、人口統制をもとにしたディストピア小説『殺人出産』を執筆しています。

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避妊技術の進歩によってセックスが愛情表現と快楽のためにだけ存在する未来の日本。妊娠は人工授精で行われるようになったことで恋愛や結婚による出産がほぼ無くなった結果、人口の減少が止められないものとなっています。

そんな状況を変えるべく、未来の日本では「10人の子どもを出産すれば、合法的に1人の殺害を認められる」といった“殺人出産制度”を導入します。これは人口を増やすための方針とはいえ、殺人を認めるというショッキングな制度です。

しかし主人公の育子は「子どもを産んで人口増加に貢献しているのは偉い」と教科書通りの知識を持っているだけでなく、「そんな人のために誰かが犠牲になるのは自然」とさえ思います。そこにあるのは『生活維持省』と同様に、「理想を叶えるためには犠牲もつきもの」と考えるのが当たり前である主人公の姿でした。

犠牲をもとに得た理想は、果たして赦されるものなのか……ディストピア小説はそんな疑問を私たちに投げかけています。

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3.徹底的な統制により、市民から考える力を奪いがち。

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伊藤計劃『ハーモニー』には、「大災禍ザ・メイルストロム」と呼ばれる世界的な混乱を経て、大規模な高度医療経済社会が築き上げられた社会が登場します。そこでは市民の健康を監視するシステム“WatchMe”により、病や肥満、不摂生で命を落とすことはなくなります。

さらには暴力的な表現の含まれる作品の閲覧に条件を設けたことで、肉体的にも、精神的にも人々は守られるようになりました。医療によって慈愛に満ちあふれた社会=ユートピアが実現されたのです。

世界はそんな社会に暮らす人々を公共物と見なし、「世界にとって欠くべからざるリソースであること」を常に意識させます。しかし主人公の霧慧きりえトァンのクラスメイト、御冷みひえミァハはそんな社会を嫌悪していました。

女子高生の彼女たちは、大人になったらWatchMeの管理下に置かれる立場になります。そうなれば自分の身体でさえも、公共の物と同じになることを彼女たちは知っていました。だからこそ、彼女たちは少女であるうちに自殺を試みます。

「わたしたちはおとなにならない、って一緒に宣言するの。(中略)ぜんぶわたし自身のものなんだって、世界に向けて静かにどなりつけてやるのよ」

『ハーモニー』で描かれる世界では、飲酒や喫煙が禁止され、カフェインも規制されるのは時間の問題。健康で誰も傷つくことのない世界を目指した結果、あらゆるものの規制が相次いでいる状況です。

そんな世界は確かにマイナスのものを駆逐することはたやすいでしょう。しかし、弊害として、市民から知識を奪い取ってしまったといっても過言ではありません。なぜなら、トァンは過去に関する知識を持っていないのです。

大昔には「いじめ」なんてものがあったらしい。
それがどういう状態を指すのかはよくわからなかったし、まだ十五になったばかりの時点では習ってもいなかったけど、その意味はある特定の子供を何らかの手段で集団的に攻撃することらしく、とにかくそれはごく自然に社会から消えてしまった。

ミァハはわたしを見るなりずかずかとこちらに接近してきて、ジャングルジムを指差した。
「あれ、なんでぐにゃぐにゃ曲がるか知ってる……子供の動きにシンクロして」
前置きなしにいきなり質問されて呆然とする。言葉が出なかった。ミァハはそんなわたしの表情に気がついて、さっさと先を続けた。
「子供が死なないように。昔は、ジャングルジムで子供が死んだの。知ってる……」
私は首を振った。黙って。馬鹿みたいに。事故死はおろか、ジャングルジムで怪我をした子供の話だって聞いたことがない。

ミァハは過去の知識を得ようと、過去の遺物である「紙の本」を読んでいますが、トァンは日々あたえられる知識で満足していました。「あれはだめ、これもだめ」と有害なものを市民から奪った政府は、市民から知識やそれを得ようとするモチベーションすらも奪ってしまったのです。

これは赤城大空あかぎひろたかのライトノベル『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』レイ・ブラッドベリ『華氏451度』でも同様の特徴が見られます。

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『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』では「汚らわしいもの、性的なものを排除し、世の中を健全なものにしよう」とするための法律、“公序良俗健全育成法”が施行されています。

この法律により首輪型・腕輪型となった小型の情報端末の装着を常時義務付けられた市民は、会話や行動すべて監視される身に。卑猥な会話はもちろん、卑猥な絵を描こうものなら即座に罰せられるシステムが実現しています。執拗なまでに性的なものを排除した結果、代償として施行後に生まれた市民たちは性に関する知識を理解できない事態にまで発展しています。

そして『華氏451度』の舞台は、本の所持が禁止されている世界。情報はテレビやラジオによるものだけであり、本の所持が確認されれば即座に「ファイアマン」と呼ばれる機関によって焼却されることになっていました。

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ファイアマンである主人公のガイ・モンターグは「灰になるまで焼け。そのまた灰を焼け」という公式スローガンのもと、燃やすことを楽しむような模範的な隊員でした。しかし、ある日隣に引っ越してきた少女、クラリスとの会話から自分の立場に疑問を持つようになります。

テレビやラジオでは常に娯楽番組が流れ、生活も特に不便ではない一方で、なぜ本の所有が禁止されているのか。表向きには「本によってもたらされる有害な情報から、社会の秩序が損なわれることを防ぐため」という理由によるものでしたが、実は「人々から思考力と記憶力を奪おうとしていた」からに過ぎません。市民が本を読んで思考すれば、政府に反抗する者が現れる。ならば、逆に即時性があって反論する間も与えないテレビやラジオだけを見せておこうとしたのです。

日本ではかつて「子どもに見せたくない番組」について保護者に行った調査を報道したり、有害な図書を回収したりと、なかばディストピア小説にも近いことを行っていました。一方的な規制に「表現の自由」を訴えるクリエイターたちも少なくありませんが、もしもこのまま規制が続けば、こういった作品に見られるように考えることも次第に少なくなっていってしまうのかもしれません。

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いつかやってくるかもしれない、ディストピアの時代。

戦争が始まるかもしれない不安定な外交、いつか終わりが来るかもしれない資源……アメリカで『1984年』が再び読まれるようになったのは、トランプ政権に希望が持てない人たちが急増しているからなのかもしれません。それは「明るくポジティブなものよりも、閉塞的で悲惨なディストピア小説の方が共感できる」という気持ちの表れによるのでしょう。

果たして今後、世界はどうなっていくのか。世界情勢とともにディストピア小説の動向を追ってみると、新たな発見があるのではないでしょうか。

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