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関西弁と小説の関係を探る。

テレビのお笑いなどで、独自の文化を作り上げてきた関西弁。日本文学作品の中でもユニークな立ち位置を占める関西弁を用いて、小説家たちはどのように作品を執筆してきたのでしょうか?

関西で生まれ育った村上春樹が、関西弁で小説を書かない理由とは。

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出典: http://www.amazon.co.jp/dp/4101001448

新作が次々に世界的な注目を集め、今や現代日本を代表する作家として知られている村上春樹。その都会的でコスモポリタンな作風から村上自身が生まれ育った背景があまり感じられないため、彼が京都生まれの兵庫育ちという生粋の関西人であるということについて意外に思う方も多いのではないでしょうか。しかし、川上未映子が関西弁に訳した『フラニーとズーイ』も、元々は村上が「関西弁で翻訳してみたい」と発言しています。

そんな村上の短編小説、『イエスタデイ』にはビートルズの楽曲『イエスタデイ』を関西弁に翻訳して歌う場面があります。優れた海外文学の翻訳者でもある村上春樹にとって、関西弁は英語と同じく日本文学の基調をなすトーンから外れた、ひとつの外国語であるのかもしれません。

以下に引用するのは、超短編小説集『夜のくもざる』に収録された作品『ことわざ』からの一節。「猿も木から落ちる」ということわざが上方落語さながらに語られています。

そいでやな、ちょっとわし思たんやけどな、「猿も木から落ちる」ゆうことわざがあってやな、そいでもってほんまもんの猿が木から落ちよってやな、そやがなほんまにこてーいうて木から落ちよってやな、その猿にやな、「おい、おまえ気ぃつけなあかんで、ほらことわざに『猿も気から落ちる』言うがな」いうてやな、説教でけへんやないか。

『ことわざ』より

一般的に関西人的なイメージが無い村上だからこそ、全編に渡って関西弁で書かれたこの短編は大きな注目を浴びることとなりました。 一方で、村上は小説を関西弁で書くことについてこのように語っています。

僕はどうも関西では小説が書きづらいような気がする。これは関西にいるとどうしても関西弁でものを考えてしまうからである。関西弁には関西弁独自の思考システムというものがあって、そのシステムの中にはまりこんでしまうと、東京で書く文章とはどうも文章の質やリズムや発想が変わってしまい、ひいては僕の書く小説のスタイルまでががらりと変わってしまうのである。僕が関西にずっと住んで小説を書いていたら、今とはかなり違ったかんじの小説を書いていたような気がする。

『関西弁について』より

いちから小説を関西弁で書くことと、英語を日本語に翻訳した作品を更に関西弁にすることは大きく異なります。谷崎は関東と関西の違いを「言葉使い」や「声」の観点から指摘していましたが、村上は更に踏み込んだ「思考」という点から述べています。

 

「俺なに東京弁しゃべっとんね。」……町田康『告白』

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出典: http://www.amazon.co.jp/dp/4122049695

関西弁で小説を書いていた織田作之助野坂昭如をルーツと語る町田康は、「大阪弁が出てくるものを書きたい」という思いから長編小説『告白』を執筆しました。「河内音頭」に歌い継がれる事件をモチーフにしたこの作品は主人公、熊太郎の生涯を癖の強い河内弁で語っています。

「頭ン中に思てることをな、口で言思てもな、その言う言葉がな自分でいっこも思いつけへんね」 「それ分かるわ。わしもそんなことようあんね」 ほらね。俺の意図がまったく伝わっていない。だから俺の思いと言葉と行動はいつもばらばらだ。思ったことが言葉にならぬから言葉でのやり取りの結果としての行動はそもそも企図したものではなく、思いからすればとんでもない脇道だし、或いは、言葉の代替物、口で言えぬ代わりに行動で示した場合、そもそもその言おうとしていること自体が二重三重に屈曲した内容なので、行動も他から見れば、鉄瓶の上に草履を置くとか、飯茶碗を両手に持って苦しげな踊りを踊るとかいった訳の分からぬこととなって、日本語を英語に翻訳したのをフランス語に翻訳したのをスワヒリ語に翻訳したのを京都弁に翻訳したみたいなことになって、ますます本来の思いからかけ離れていくのだ。

どうにもならないじゃないの。って俺なに東京弁しゃべっとんね。俺、だれ?なんかぞわぞわするなあ。

過度に思弁的で、言葉と思考を一致させられない熊太郎はこの性格が災いし、周りから孤立してしまいます。『告白』は800ページを超える長編小説ですが、そんな熊太郎の本当の思いが言葉となるクライマックスまで、河内弁の小気味良いテンポが、読者にページをめくらせるエンジンとなっている小説です。

 

おわりに

明治時代に起きた言文一致運動により、文学作品から排除された関西弁。その理由は、本来は話し言葉であるはずの関西弁を文学作品という形で書き言葉に落とし込もうとする際に生まれる歪みや摩擦が原因でした。

しかし、関西弁を文学作品に残した谷崎や織田は後世の文学史について大きな影響を与えており、現在では関西弁での文学作品は珍しいものではありません。執筆において関西弁を使う川上は町田から、その町田は野坂から影響を受けていると語っています。関西弁は1つの言葉が次の言葉を生み、その流れが続く語りの文化、声の文化が根付いている言語でもあります。そんな声の文化を文章で読む時に生まれるアンバランスさに、私たちはどこか魅力を感じるのではないでしょうか。

普段は関西弁に馴染みのないあなたも、関西弁がふんだんに使われている文学作品を読んで独特のテンポを味わってみてはいかがでしょうか。

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