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【童話あらすじ今昔】クローゼットに軟禁された赤ずきん、浦島太郎と乙姫が濃厚S○○!

誰もが一度は耳にしているであろう、有名童話。実は時代とともに残酷・卑猥な表現がカットされているほか、ハッピーエンドへ改編されているのをご存知ですか?そんな童話の変遷をご紹介します。

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今も昔も多くの人に親しまれている童話。国内外の作品を問わず、さまざまなお話を読んで育った方も多いのではないでしょうか?

実は、童話は、「描写が残酷すぎる」、「時代に合っていない」という理由などから年々改編が繰り返されています。作品によっては、改編されすぎて、自分が知っているあらすじが原型を留めていないことも珍しいことではありません。さらに言えば、自分が読んでいたあらすじも、語り継がれていくうちに、変わっている可能性だってあるのです。

今回はそんな有名童話のあらすじの変遷について、紹介します。

 

まるで官能小説?『浦島太郎』から削除された場面とは。

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<一般的なあらすじ>
漁師の浦島太郎はある日、子供たちが浜辺で亀をいじめているところに遭遇する。太郎が亀を助けてやったところ、お礼として海の中にある竜宮城へと招かれることに。そこにいた乙姫により手厚くもてなされる太郎だったが、やがて帰る意思を伝えたところ、「決して開けてはならない」という注意とともに玉手箱を渡される。

再び浜辺に帰ってきたものの、地上では何百年もの時間が経っていて、太郎が知っている人は誰もいない。悲しみに暮れた太郎は玉手箱を開けてしまい、老人の姿に変わるのだった。

『浦島太郎』は古くから『日本書紀』や『万葉集』に記述が見られるほか、各地にゆかりの場所があるほど、日本ではなじみ深いお話のひとつ。あの太宰治も、『お伽草子』で題材にしています。

そんな『浦島太郎』ですが、初めは、亀に招かれた竜宮城で乙姫と楽しく過ごします。竜宮城で太郎は一体どんな時間を過ごしていたのでしょうか。

やがて、たいをかしらに、かつおだの、ふぐだの、えびだの、たこだの、大小いろいろのおさかなが、めずらしいごちそうを山とはこんできて、にぎやかなお酒盛がはじまりました。きれいな腰元たちは、歌をうたったり踊りをおどったりしました。浦島はただもう夢のなかで夢を見ているようでした。
 ごちそうがすむと、浦島はまた乙姫さまの案内で、御殿のなかをのこらず見せてもらいました。どのおへやも、めずらしい宝石でかざり立ててありますからそのうつくしさは、とても口やことばではいえないくらいでした。

楠山正雄『浦島太郎』より

亀を助けたお礼として、太郎はご馳走を食べさせてもらったり、珍しい御殿を見学させてもらいます。しかし、平安時代中期に記された『続浦島子伝』には、竜宮城で太郎と乙姫が性行為をしていた……という記述が見られます。

浦子、神女と共に玉房に入り、玉顔を向かい合わせ、此の素質を以って、共に鴛衾(えんきん)に入る。燕婉(えんえん)を述べ、綢繆(ちゅうびょう)を尽くし、“魚比目(ぎょひもく)の興”“鴛同心(えんどうしん)の遊”

『続浦島子伝』より

ここでいう浦子とは太郎、神女とは乙姫を指しています。裸のまま寝床に入り、手足を絡ませたふたり。最後の“魚比目(ぎょひもく)の興”“鴛同心(えんどうしん)の遊”は、性行為の体位を表しています。このような描写を読むと、快楽に溺れた太郎が時間を忘れてしまったのも納得できるのではないでしょうか。

もとは、こんな官能的な表現があった『浦島太郎』ですが、小学生たちがひらがなを勉強するための教材として戦前の教科書に掲載されることとなったため、当然ながらこの箇所はカットされました。代わりに「鯛や比目魚(ひらめ)が舞い踊った」という表現にされ、太郎は魚たちの見事な舞いを楽しんだということになったのです。

『浦島太郎』は子供たちに「動物には優しくしましょう」といった教訓を与えるためのお話としても重宝された物語。子供が読んでも問題がないように改編されました。

教科書に掲載されたことで、結末も大きく変えられています。もともとは「亀に姿を変えた乙姫とともに鶴になった太郎は夫婦で祀られるようになった」というハッピーエンドでしたが、いつしか「玉手箱を開けて老人となってしまった太郎が途方に暮れて終わる」物悲しい結末に。

これは、太郎が玉手箱を開けてしまったことをもとに「約束を破ると大変な目にあいますよ」ということを教えるために、児童文学者の巌谷小波いわやさざなみが玉手箱を開けて鶴になった展開をカットしたことが理由。読者に教訓を与えるために、太郎はバッドエンドを迎えざるを得なかったのです。

近年では、老人になって終わりという展開が不憫に思う人も多いのか、「鶴になって飛び去った」という結末を迎える絵本もあります。「救いのないまま終わる」後味の悪い結末から、大きな改変が加えられました。

 

姉への復讐からハッピーエンドへ。大きく変わったシンデレラのその後。

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ディズニーによりアニメーション映画、実写映画にもなっている『シンデレラ』は、今も昔も世界中で愛されている童話です。この童話には、フランスの詩人、シャルル・ペローによって17世紀に書かれた『サンドリヨン』(『シンデレラ』のフランス語読み)とその後グリム兄弟によって書かれた『シンデレラ』、ふたつの話が存在しているのは、ご存知でしょうか。

では、先に書かれたペローの『サンドリヨン』のあらすじを見てみましょう。

<一般的なあらすじ>(ペロー版)
シンデレラは父親の再婚をきっかけに、義理の姉ふたりと継母にこき使われる身となる。暖炉を寝床とするシンデレラは、いつしか「灰かぶり」と呼ばれるように。

ある日、王子の結婚相手を探すための舞踏会が開かれるが、継母と姉たちに置き去りにされたシンデレラは悲しみに暮れる。そんなシンデレラは妖精の手助けのおかげで美しいドレスとガラスの靴を手に入れ、念願の舞踏会へ。

夜の12時を過ぎる前に帰宅するよう言われたものの、踊りに夢中になってしまうシンデレラは慌てて城を後にするが、ガラスの靴を片方落としてしまう。しかしガラスの靴をたよりにやってきた王子と再会し、シンデレラは結婚する。

一方で、グリムの『シンデレラ』には、妖精が登場しません。その代わりに、二羽の鳩がシンデレラのピンチを救います。姉たちはシンデレラが舞踏会に行けないよう、わざと「悪いものと良いものを分けておきなさい」と袋いっぱいの豆を渡しますが、鳩は選別に協力するだけでなく、ドレスまで用意してくれます。

さらに鳩はガラスの靴の持ち主を探す場面で、姉たちが王子を騙して結婚しようとするのを阻止します。

「お聞き」、お母さんがこっそり言いました。「ここにナイフがあるから、もし靴がどうしてもきつかったら、足をすこし切り落とすんだよ。すこしは痛いだろうけど、そんなことかまうもんか。」

継母の助言を受け、ふたりの姉はそれぞれ踵と爪先を切り落とし、どうにかガラスの靴を履きます。しかし、ガラスの靴に血が溜まっていることを鳩が呼びかけるのでした。

「ククルッ、ククルッ、見てごらん。靴に血が溜まってる。靴が小さすぎるのさ、本当の花嫁はまだ家の中」

王子との結婚は叶わなかった姉たちは、シンデレラのおこぼれに預かって貴族と結婚しようと考え、平然と結婚式に参列。しかしシンデレラの両肩に止まった鳩たちに目を抉り取られたところで、物語は幕を閉じます。

この箇所について、後世に語り継がれるうちに「実は姉たちに足を切り落とすよう囁いたのも、姉たちの目を抉り取るよう鳩をけしかけたのもシンデレラだった……」という展開に改変されたものも見られます。いくら恨みを持っていたとはいえ、シンデレラの復讐劇はもはやホラー小説にも近いものを感じます。

対してペローの『サンドリヨン』に登場する姉たちは、足を切り落とすようなことはしないどころか、ガラスの靴がぴったり合う主人公のサンドリヨンに意地悪な振る舞いを詫びるのです。

それに対し、サンドリヨンはこう言います。「喜んで許しますとも、どうかいつまでもわたしを好きでいてください」と。さらにその日のうちに姉たちをお城に住まわせたうえ、大貴族の中から結婚相手を探してやるのです。

いじめられてた相手に対し、行き過ぎた善意にも思えますが、サンドリヨンがそんな行動に出たのはなんといっても「優しい心の持ち主」であったため。作者のペローは「美しさは女性にとってまれな財産、みな見とれて飽きることはない、しかし善意と呼ばれるものは値のつけようもなく、はるかに尊い。」という教訓を述べています。

当時、童話は最後に教訓で締めることで、子供たちに教えを与える目的のものでした。ペローは「あなたたちもサンドリヨンのように、優しい心を持ちなさい」と伝えようとしたのです。

姉たちにえげつないまでの復讐する『シンデレラ』と、姉たちを赦し、器の大きさを見せつけた『サンドリヨン』。「人に意地悪な仕打ちをすれば、めぐりめぐって自分がひどい目に遭う」という教訓を伝えているようにも思えますが、「残酷すぎる」という理由から『シンデレラ』の結末は少しずつ変えられています。作品によっては正真正銘の悪女であったシンデレラですが、心優しいサンドリヨンのほうが、子供が読むのにふさわしいのは明確ですね。

 

食べられる、逃げ出す、やっつける……結末の異なる赤ずきん。

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<一般的なあらすじ>(グリム版)
誰もがその可愛さに夢中になるであろう、村娘の赤ずきん。ある時、母親の言いつけでパンとワインを持っておばあさんのお見舞いへ行くことに。赤ずきんはその道中で出会った狼に「せっかくなら花を摘んでいけばどうだろう」と言われ、寄り道をしてしまう。

その間に先回りした狼はおばあさんを丸呑みにし、おばあさんの振りをして赤ずきんを待つ。普段とはおばあさんの様子が違うことに気づく赤ずきんは食べられてしまうのだった。

赤ずきんとおばあさんを丸呑みにした狼のいびきを聞きつけた漁師が狼の腹をはさみで割き、ふたりは助かる。代わりに赤ずきんは狼の腹に石を詰めて縫い合わせ、狼を退治する。

『赤ずきん』も『シンデレラ』と同じく、ペロー版とグリム版が存在します。ペローは『赤ずきん』をフランスの民話をもとに書きましたが、ペロー版のもとになった民話には残酷な描写が多く見られます。では、狼がおばあさんの家に先回りする場面から見てみましょう。

人狼はおばあさんの家に行き、おばあさんを殺して、その肉のかたまりを戸棚のなかに入れ、血は瓶に入れて棚の上におきました。女の子がやってきて、戸をたたきました。
「戸を押しておくれ」人狼が言いました。「濡れた麦藁が一本ひっかかってるんだよ」
「こんにちは、おばあさん。焼きたてのパンとミルクをもってきたわ」
「戸棚のなかに置いてくれ。中にあるお肉をお食べ。それから棚の上においてあるぶどう酒をお飲み」
女の子が肉を食べてしまうと、そばにいた子猫が言いました。
「うへえ! 自分のおばあさんの肉を食べて血を飲んでしまうなんて、なんてひどい娘っこだ」
「服を脱いで、わたしといっしょにベッドにお入り」
「エプロンはどこに置いたらいい?」
「火にくべておしまい。もういらないから」

この民話では狼が脱いだ服を火にくべた女の子を食べようとしますが、女の子はとっさの判断で、裸のまま逃げ出します。女の子は助かったものの、狼に殺されたおばあさんは孫に肉を食べられるという残酷な描写が印象的です。

ペローは民話をもとに物語を書くにあたり、狼に殺されたおばあさんの肉と血を赤ずきんが口にする残酷な描写を削除します。それと同時に、「誰にでも耳を貸すな。そのあげく狼に食べられたとしても、何の不思議もない」という教訓を述べます。愛想よく振る舞う男に騙され、服を脱いでベッドに入ると、強姦されてしまう……そんなことにならないよう、ペローは読者である少女たちに注意を呼びかけようとしたのです。

なお、狼に食べられた後、赤ずきんとおばあさんがお腹から生きたままで出てきて、助かる展開はグリム版特有のもの。さらに「こんなお話もあります」という形で別の展開も語られていますが、こちらは「赤ずきんが狼よりも先におばあさんの家に着くも、狼は屋根に登ってふたりを待ち構える。赤ずきんはおばあさんと協力し、狼をソーセージの匂いでおびき寄せ、水の入った桶で溺れさせる」という攻撃的なもの。『シンデレラ』と同じく、グリム版は相手を徹底的に痛めつける展開となっています。

また、近年の赤ずきんは大きな改変が行われ、「狼に食べられるのではなく、クローゼットに閉じ込められる」展開に。表現が年々マイルドになっていった結果、誰も傷つかない描写に近づいていることがうかがえます。

 

今もなお、改編され続ける童話の数々。

私たちがかつて読んでいた童話は、時代を経て大きく変わっています。いずれも子供向けのものにする以上、残酷な表現、性的な表現が含まれた作品をカットすることが求められます。

古くから存在する童話の変遷を見てみれば、その当時にふさわしい表現が読み取れます。ぜひ、幼い頃に知ったお話の変遷を追ってみてはいかがでしょうか。

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