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ついに文学は“飲める”時代に?AIで文学を味わうプロジェクト「飲める文庫」とは。

文学作品の読後感をコーヒーの味わいで表現した商品、「飲める文庫」。膨大な数のレビュー文をもとに読後感を分析したNEC、分析したデータからオリジナルコーヒーをブレンドしたやなか珈琲店に、「飲める文庫」の企画が始まった経緯や販売後の反響をお聞きしました。

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「スリリングな展開に手に汗握った」、「主人公の純粋な思いに胸を打たれた」…、読書を終えた後、みなさんもこのような感想を抱いたことはあるはず。

そんな読後感をブレンドコーヒーの味わいで表現した商品、「飲める文庫」が日本電気株式会社(以下、NEC)とコーヒー豆を専門に販売する株式会社やなか珈琲(以下、やなか珈琲店)で開発されました。

これはNECのデータサイエンティストが文学作品の読後感であるレビュー文を苦味や甘味といったコーヒーの味覚指標に変換し、そのデータを最先端AI技術群「NEC the WISE」にて分析した結果をレーダーチャート化。それをもとにやなか珈琲店がブレンドコーヒーを考案、開発を行った商品です。
(※数量限定の特別企画商品であり、現在は販売を終了)

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題材となった文学作品は島崎藤村『若菜集』、太宰治『人間失格』、夏目漱石『吾輩は猫である』・『こころ』・『三四郎』、森鴎外『舞姫』の6作品。これらの作品の読後感をコーヒーの味で表現する。そんな企画はどのような経緯で始まったのか。また、今後の展望とはどのようなものなのか。NEC、やなか珈琲店のご担当者様にお聞きしました。

 

大量データの分析を得意とするAIと、増え続ける読書レビューは相性が良かった。

−まず、このユニークな企画がスタートした経緯をお聞かせください。

NEC:人とAIは「どちらがより優れているか」を競うことに注目されがちですが、我々は人とAIが協調し、新しいものを生み出すことができないかと検討していました。そこで、さまざまなアイデアをもとに、「新しい商品を出すのが良いのではないか」という結論に至り、始まったのが「飲める文庫」です。

−確かに、人とAIはゲームで競い合うことが多くありますね。しかし、そこから商品として文学作品の読後感をもとにしたブレンドコーヒーを選ばれたのはなぜでしょうか。

NEC:近年、書店とカフェのコラボレーションは多く見受けられ、小説とコーヒーとの相性の良さはイメージしやすい。また「甘酸っぱい」、「胸が苦しい」といった小説の読後感に対する感情表現は、コーヒーを飲んだ後の味覚表現と近いと思ったため、それをコーヒーで表すことに挑戦してみようと思いました。そんな身近なものをきっかけに、多くの人にAIの可能性や、AIそのものを知っていただきたかったのです。

また、「飲める文庫」は当初、文学作品の本文そのものをAIに学習させる案もありましたが、作品それぞれでボリュームが異なることと、ストーリーには起伏があるため特徴の少ない結果になるのではと考え、敢えてやめました。一方で、文学作品を読んだ方の感想は今も増え続けていますし、AIはデータがあればあるほど知識が増えていくので相性が良かったというメリットがありました。

−「飲める文庫」で販売している商品は『若菜集』、『人間失格』、『吾輩は猫である』、『こころ』、『三四郎』、『舞姫』の6作品ですが、対象がこれらの作品となった理由をお聞かせください。

NEC:数ある文学作品の中でも、名作文学を題材にしたのは、国語の教科書などで一度でも読んだことがある方が多いのではないかと考えたためです。また、当初は芥川龍之介の作品も候補としていたのですが、読後感をデータとして集計すると特徴を出すのが難しかったことがわかって。

というのも、「飲める文庫」はそれぞれのコーヒーを飲み比べて、違いを楽しんでいただきたいという点から苦味や甘酸っぱさが大きく異なるものを選ぶ必要があったんです。

−そんな差異化が芥川龍之介の作品では難しかったと。

NEC:レーダーチャートは、様々な人が書いたレビュー文を分析した結果であり、その共通点が多ければ多いほど、特徴が強く出ます。しかし芥川龍之介の作品は読者に感想を委ねる傾向があり、それぞれのレビュー文の内容が異なっていたために、データ化すると共通点が顕著に出なかったのです。

−確かに他の文豪よりも芥川龍之介は下人の行方がわからないまま終わる『羅生門』のように、結末の捉え方が読者によってそれぞれ分かれる作品が多くありますね。

 

「推しキャラが欲しい!」という嬉しいご意見。

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−この企画ではたくさん集めたレビューをもとに、データ化をされたとのことでしたが、どのように集めたのでしょうか。

NEC:まず、「この表現は苦味、この表現は甘味」といった基準を決め、アンケートで集めたレビュー文をコーヒーの味覚指標に変換した学習データを作成しました。集めた1万件以上のレビュー文を、データサイエンティストが振り分ける地道な作業でした。

−1万件以上のデータを苦味、甘味とそれぞれ振り分けるのは途方もないように感じます。

NEC:1ヶ月ほどかけて基準を決めた後、集まったレビューを読み、「これは苦味」といった形で振り分けるのは大変でした。

また、「こんな表現であれば苦い」といったものは感覚にも近いので、そんな感覚をAIが学習できるかも課題でしたが、「飲める文庫」を飲んだ方の感想をもとに検証したところ、大きく違ったように感じた人はあまりいないようです。

作品の印象を損なわないような結果になるのかどうかも不安でしたが、文章(感覚)を味に変換するというノウハウが蓄積されたので、今後、他の食べ物や飲み物で同じことを行う場合、分析する時間はいくらか短縮できるかもしれません。

−商品として販売もされていますが、ご購入された方からの反応はどのようなものなのでしょうか。

NEC:ご購入された方の好意的な反響のほか、コーヒーが好きな方、本が好きな方、双方から「飲んでみたい」といった声をいただいています。ご意見だけでなく、さまざまなご要望もいただいていますね。

−ご要望といいますと、どのようなものでしょうか。

NEC:「紅茶で」、「こんな作品で」、「こういうキャラクターで」といったものが多いですね。

−自分の好きなキャラクターや作品をイメージする味の商品は、ファンにとって夢のようですね!

やなか珈琲店:コーヒーをブレンドした店舗が秋葉原にあることから、「アイドルでやってほしい」、「ライトノベルでやってほしい」とのご要望もいただいています。

NEC:また、特に「文豪とアルケミスト」、「文豪ストレイドッグス」をはじめとする、文豪を題材にした作品のファンの方々から今後の展開についてご意見をいただいていますね。「推し(自分のお気に入り)のキャラのものが欲しいです」といった形で(笑)

好きなキャラクターにだけ触れて終わりにしてしまうのではなく、キャラクターのモチーフとなった文豪の作品を読むといった広がりが起こることに感動しました。

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−そうなると、今回の経験を踏まえてまたさらにいろいろな作品をイメージする商品を作られるのでしょうか。

NEC:販売後に「今度はこの作品があると嬉しい」といった声をお寄せいただいたので、今後、新しい作品とコラボしていきたいですね。また、読書離れが叫ばれているため、本を読むきっかけになれば嬉しいです。

−今後取り組んでみたい題材はありますか。

NEC:レビューが生まれるのは本のほかにも映画や、演劇、音楽はもちろん、家電や観光地もあります。また、コーヒーだけでなく食べ物の味ともコラボレーションしてみたいですね。

 

いざ試飲。「飲める文庫」のお味はいかに。

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飲み比べが行えるよう、読後感が異なるものを選出したとされる「飲める文庫」。P+D MAGAZINE編集部では今回、『吾輩は猫である』、『舞姫』の試飲を行いました。

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『吾輩は猫である』/夏目漱石
コーヒー豆:コスタリカ/ブラジル/グァテマラ
ロースト:シティロースト
主人とその書斎に集まる個性的な人々の人間模様を、「吾輩」という猫の視点で描いた漱石の代表作をコーヒーに。クリアで高品質なコーヒー産地コスタリカの豆にブラジルとグァテマラの豆を加え、風刺的でおかしみのある猫の語りを、ほろ苦さと甘味、香ばしくキレのある後味で再現しました。

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『舞姫』/森鴎外
コーヒー豆:ブラジル/グァテマラ/東ティモール
ロースト:フレンチロースト
留学先で知り合った踊り子との恋情と、みずからの将来との間で揺れ動く主人公のロマンスをコーヒーに。伝統的な味わいになるよう非水洗処理したブラジアル豆に、甘味の強い東ティモール産をプラス。美しい文体で描かれた若い恋が、チョコレートの様な甘味と滑らかでソフトなコクでよみがえります。

主人公の猫がおもしろおかしく人間を風刺するかのような、爽快さを喉越しで感じる味が楽しめる『吾輩は猫である』、ヒロイン、エリスと別れざるをえなかった悲劇を迎えたように、飲んだ後の苦味が強い『舞姫』と、それぞれ異なった印象を持ちました。

続いて、NECが算出したデータをもとに、コーヒーをブレンドしたやなか珈琲店さんにイメージを味として表現した際のことをお聞きしました。

 
−最初に「飲める文庫」のお話をお聞きした際の印象はどのようなものでしたか。

やなか珈琲店:コーヒーとAIという、全然異なるジャンルのお話だったので、非常に驚きました。しかし、NECさんからいただいたレーダーチャートをもとにブレントをするためには「美味しくなくてはいけない」のはもちろん、味のバランスを考えなければいけないと思いました。

−各作品の味に違いを出すために重視された点はありますか。

やなか珈琲店:コーヒー豆のローストや、配合の仕方を変えました。特にこだわったのは、それぞれを飲んで「前に飲んだのとまったく違う」と感じていただけるような、似たようなものがないようにすることです。

−NECさんにとって、やなか珈琲店さんの配合したものを飲んだときの第一印象はどのようなものでしたか。

NEC:「甘酸っぱさ、苦味はコーヒー1杯でこんなにも変わるのか」といった驚きがありました。もちろん、これはやなか珈琲店さんのご協力があったからこそ。AIの力だけでは美味しいコーヒーは作れなかったので、ご協力いただけて良かったです。

−文学作品の読後感からブレンドを行うのは、具体的にどういったことを行っていたのでしょうか。

やなか珈琲店:コーヒーはローストを変えることで酸味や甘味を加えたり、香りを付けられます。普段はブレンドしたものをもとに、「このような味」という説明をしているのですが、「飲める文庫」に関しては逆で、イメージをもとに2週間ほどでブレンドを行いました。

−かなり試行錯誤されたように思います。

やなか珈琲店:コーヒーはローストをすると香ばしさが出たり、甘味が出ます。苦味を出したかったらブラジルの豆、酸味を出したかったらアフリカの豆と、銘柄を少しずつ変えていく……といった形で微調整を行っていました。その結果、購入された方から「文学作品を初めて読んだときを思い出した」といった感想をいただいたこともあったので、良かったです。

−コーヒーの匂いでかつての記憶を思い出すといったことが、「飲める文庫」をご購入された方にもあったのですね。

やなか珈琲店:そんな嬉しいご意見も多くありました。また、お客様から「今度はこのような作品のものがほしい」と言われていますが、いずれは店舗に来られた方のためのブレンドをしてみても面白いかもしれませんね。

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