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【寅さん映画誕生50周年】「男はつらいよ」の3つの魅力

「寅さん」の愛称で親しまれ続けている映画「男はつらいよ」シリーズの新作が、2019年12月に公開されました。「男はつらいよ」シリーズをこれから知りたいという方に向けて、作品の“3つの魅力”をご紹介します。

「寅さん」の愛称で親しまれるさすらいの旅人・車寅次郎を主人公とした映画シリーズ、「男はつらいよ」。1969年の第1作の公開から50年を迎えた2019年12月、旧作の名場面に新撮部分を加え、幻と思われていた第50作目の映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開され、話題を呼んでいます。

主人公・車寅次郎を演じた名優・渥美清亡き後も、20年以上にわたって愛され続けている「寅さん」シリーズ。今回は本シリーズを初めて見るという方、「寅さん」のことをあまり知らない方に向けて、「男はつらいよ」シリーズの3つの魅力を、映画にまつわる書籍のエピソードをご紹介しつつお伝えします。

【魅力1】「いつも同じ」ストーリーに見る、美しいマンネリズム

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通常の映画やテレビシリーズであれば、絶対に避けるべきとされている“マンネリ化”。しかし「男はつらいよ」の世界では、“マンネリ”の展開はむしろ観客に歓迎され、「待ってました!」とばかりに喜ばれてきました。

「男はつらいよ」ほぼ全作に共通するストーリーは、テキ屋を営み全国を旅して生きている主人公・車寅次郎がひょんなことから生まれ故郷の東京・葛飾柴又に戻ってきては、故郷や旅の道中で出会った女性への恋心を募らせ、結局は実らなかった恋を忘れるためまた旅に出る……というもの。

寅さんが恋をする相手は浅丘ルリ子演じる三流歌手のリリーや吉永小百合演じる小説家の娘・歌子、三田佳子演じる女医の真知子など、年齢も性格も職業もばらばらですが、その恋はほとんどが失恋の形で幕を閉じ、まれに相手の女性が彼に惹かれたときにも自ら身を引いてしまいます。

ストーリーの骨子だけでなく、映画の冒頭では決まって、寅さんの見ている現実離れした「夢」のシーンが描かれたり、育ての親である「おいちゃん」、「おばちゃん」こと叔父夫婦の営む草団子屋・とらやに寅さんが帰ってくるたびに喧嘩が起こり、もう出ていってくれと言われては「それを言っちゃあおしまいよ」という決め台詞を言ったり……など、作品はあらゆる様式美に満ちています。

この寅さんの“マンネリ”について、映画評論家の吉村英夫は、

「男はつらいよ」が人気シリーズとして定着するにいたるまでには、いわば「国民映画」としてもてはやされるか、「マンネリズム」でしぼんでしまうか、両者の相剋と綱引きがあった。「国民映画」が勝ちを制したが、この言葉さえもはじめは、半分は称賛であり残りは揶揄であった。いつか揶揄性はなくなって圧倒的な支持を意味するようになっていった。(中略)
「マンネリズム」にいたっては、マイナスの価値から逆転してプラスの価値を指し示す言葉になりかわった。『男はつらいよ』に限って「寅さんのマンネリズム万歳」などと例外的にプラスの感触で使われるという面白い現象をもたらしさえした。
──吉村英夫『完全版「男はつらいよ」の世界』より

と語っています。また、シリーズ全作品の原作・脚本を手がけた山田洋次本人も、

ストーリーについちゃあ、観客はまったく負担を感じないで観られるっていうことはありますね。
──井上ひさし『映画をたずねて 井上ひさし対談集』より

と語っており、「寅さん」の定型化したストーリーが、安心して楽しめるものとしていかに国民的に支持されてきたかを感じさせます。

【魅力2】下町の慕情と、日本各地の美しい景色が味わえる

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作品ごとに異なるロケーションの美しさと、東京の下町、葛飾柴又に暮らす人々の人情味あふれるやりとりを楽しむことができるのも、「男はつらいよ」の大きな魅力です。

映画の舞台は、北は北海道・知床から南は沖縄・加計呂麻島まで実にさまざま。全50作中、撮影が一切おこなわれなかったのは埼玉県・富山県・高知県の3県のみというのも、シリーズの舞台の幅広さを物語っています。寅さんは、お金がない上に速い乗り物が苦手というキャラクターのため、常に鈍行列車で旅をしており、映画の背景は自ずと日本各地のさりげなくも美しい景色となるのです。

そしてなにより、寅さんの故郷である葛飾柴又という場所と、そこに住む市井の人々の暮らしも「男はつらいよ」の重要な要素です。作品の初期にはしばしばとらやに下宿人が来る描写があったり、とらやを中心とした盛んな近所付き合いがおこなわれていたりと、昭和中期らしい下町の風景が描かれています。

山田洋次は、作中のとらやでの寅さんたちの暮らしについて、かつて井上ひさしとの対談でこんな風に語っていました。

お団子屋さんの「とらや」を撮りながら、こんなことを考えますね。つまり、こういう生活がまあまあほどよい理想の生活じゃないか、と。いろいろ不満はあるけれども、しかし、これ以上ご馳走食べることはないだろうとか、これ以上電化製品も要らないし、クーラーも要らない。暖房もほどほどこれぐらいでいい、とか。だいたい、これぐらいの人間関係で、この経済的なレベルで、これでほど良い暮しだという、生活の基準の置き方が、あの一家にあるような気がするんですよね。
──井上ひさし『映画をたずねて 井上ひさし対談集』より

【魅力3】「寅さん」に命を吹き込んだ、渥美清の名演

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「男はつらいよ」シリーズを語る上で欠かせないのは、やはり寅さんを演じた俳優・渥美清の名演です。

実は、「男はつらいよ」は、映画化される直前の1968年から1969年にかけて、フジテレビで全26話の連続テレビドラマとして放送されていた時期がありました。当時は、コメディ俳優として全国区になりつつあった渥美清を主演とするテレビドラマが毎年のように放送されており、その第3作目にあたるドラマが山田洋次監督による「男はつらいよ」だったのです。

このドラマがヒットを記録したとともに、最終話の「寅さんがハブに噛まれて死んでしまう」という結末が視聴者の苦情を呼んだことで、のちの映画化につながったとされています。

山田洋次は渥美清を主演とする連続テレビドラマをフジテレビに依頼された際、打ち合わせで渥美清がテキ屋の口上を披露したことがきっかけで、

「この人は本当に頭がいい人だな。こういう人が愚かな男を演じると面白い話ができるのでは」
──読売新聞オンラインより

と考え、古典落語に出てくる「熊五郎」(喧嘩っ早い江戸っ子で、長屋住まいの職人という設定がほとんど)のようなイメージで、車寅次郎というキャラクターを構築していったと言います。渥美清は戦時中に板橋の軍需工場で働きながら実際にテキ屋の手伝いをしていたことがあり、それが作品にもしばしば登場する

「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ち小便」

「四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い」

といった口上に活きていたのです。
「男はつらいよ」の作中では、寅さんは人情に厚くとびきり陽気、そして惚れっぽく憎めない魅力がある一方で、まともな読み書きもできない人物として描かれています。しかし、実際の渥美清は非常に勉強熱心な俳優で、特に観劇や映画鑑賞においては、必ず自分自身で料金を払った上で作品を鑑賞し批評していた、と新聞記者である寺沢秀明が述懐しています。

芸能記者の立場と渥美さんの“顔”をもってすれば、どんな劇場でも無料で、それも最高の席が用意され鑑賞できるのであったが、そうした行為を極端に嫌った。
「タダで見たんでは、お客さんの気持ちも、演技する人の気持ちもわからないよ。試写室の記者の人たちや芝居の記者クラブの人たちを見てごらん、つまらないと途中で平気で寝てしまう、失礼だよ」
──寺沢秀明『「寅さん」こと渥美清の死生観』より

さらに、晩年は「寅さん」以外のイメージが自分についてしまうことを潔癖なまでに避けようとしていた渥美清は、ごく親しい一部の友人を除き、仕事仲間にも知人にも自らの自宅や家族構成を明かさなかったと言います。

私は渥美清さんについては、ほとんど知るところがない。永い付き合いですが、奥さんにお目にかかったこともなければ、お家がどこにあるかも分からない。(中略)そのくせ、車寅次郎氏についてなら、たいていのことは承知している。(中略)つまりいつの間にか渥美清は消えていて、車寅次郎が生きている。これはすごい話ですね。つまり渥美さんは半生かけて実在する自分を消しに消し、かわりに山田洋次さんや朝間義隆さんの知恵をかりながら車寅次郎という戦後最大の架空の人物の中に潜り込むことにみごとに成功したのです。
──井上ひさし『映画をたずねて 井上ひさし対談集』より

渥美清は1996年に亡くなる直前、第48作目まで「男はつらいよ」シリーズに出演し続けました(49作目は、甥である満男による「回想」という形式)。「寅さん」というキャラクターはまさに、稀有な才能を持った名優による人生をかけた名演によって伝説的なものになった、と言えるでしょう。

おわりに

今回ご紹介した3つの魅力以外にも、毎作変わるマドンナの個性豊かな美しさ異母兄妹である寅さんとさくらの兄妹愛など、「男はつらいよ」シリーズの魅力は枚挙に暇がありません。

これまで「男はつらいよ」にあまり触れたことがないという方も、すでに作品の虜になりつつあるという方も、22年ぶりの「寅さん」、そしてとらやの面々や美しいマドンナたちに会いに、映画館を訪れてみてはいかがでしょうか。

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