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春画あるあるを江戸文化の専門家が徹底解説

2015年、日本で初めての春画展が開催されたことでも話題になった“春画”。江戸文化の専門家である車浮代先生に、そんな“春画”によく見られる特徴、「春画あるある」を教えてもらいました!

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3月のある日、P+D MAGAZINE編集部で、次なる企画に向けての話し合いが行われていました。

編集部T:うーん……やっぱりアカデミックでプラクティカルな、ちょっぴりエスプリのきいた記事を作りたいよね。ディレクターの意見も聞いてみようか。おーい! ヤマモトくん。

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編集部T:ヤマモトく……

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編集部T:ヤマモトくん?

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ヤマモト:あっ……。はい! 僕もそう思います!!

編集部T:いま、なんかエロいサイト見てたよね。

ヤマモト:見てません。

編集部T:なんでうちの編集部には、ちょっと目を離すとエロサイトを見たり、『チャタレイ夫人の恋人』を読んだりするやつがいる(※)んだよ。

(※官能小説家になろう!ぼくのかんがえたさいきょうのベッドシーンを添削してください

 

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ヤマモト:……だいたい、どうして仕事中にエロサイトを見ちゃいけないんですか?

編集部T:おっ、どうした?

ヤマモト:仕事中にエロサイトを見たら生産性が下がるから? むしろエロはすべての原動力だと思いませんか。アカデミックでプラクティカル? なんだ御託ばっかり並べやがって。人の心を動かすのは、いつだって本能だろうが!!!

編集部T:えっ、怖い怖い怖い。

ヤマモト:だいたい、エロはタブーって誰が決めたんだ。「エロ=悪」というのは固定概念に過ぎないんだよ!!! それ、江戸時代でも同じこと言えるのかよ!!!

編集部T:うーん、でもたしかに、春画文化が盛り上がっていた江戸時代は、価値観がいまとは異なっていたのかもしれないな。
どうしよう、確かめたくなってきてしまった……。

江戸時代もエロはタブーだったの? 専門家に聞いてみよう

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そこで、春画を始めとする浮世絵や江戸文化の専門家・車浮代さんを編集部にお呼びすることに。

浮代さん:初めまして。今日は、どうぞよろしくお願いいたします。

編集部T:(すごくきちんとした方が来てしまった……!)

 

車浮代さん
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時代小説家/江戸料理・文化研究家。浮世絵と江戸料理に特に造詣が深い。『超釈 北斎春画かたり』『春画入門』『蔦重の教え』など浮世絵関連の著書多数
2017年3月、名作春画から江戸のくずし字(変体かな)を学べる新刊『春画で学ぶ江戸かな入門』を発表。

……というわけで今回は、春画にまつわる気になるあれこれを、浮代先生に思いきりぶつけてみました!

春画はタブー、ではなかった?

車さん2

 

――そもそも浮代さんは、どうして江戸文化の研究を始めたんですか?

浮代さん:私が江戸文化にハマったきっかけは浮世絵なんですよ。印刷会社の企画職に就いていたときに、美術館で開催された大規模な浮世絵展に携わったことがあって。浮世絵の摺り師の方の職人芸を初めて目にしてその素晴らしさに惚れ込んでしまったんです。

 


――それから浮世絵の勉強を?

浮代さん:そうですね。浮世絵に興味が湧き、会社で「浮世絵版画と印刷の関係」というプレゼンをしたらウケて。それをきっかけに、徐々に浮世絵や江戸文化について真剣に学ぶようになりましたね。講演をさせていただく機会も増えて、いまでは江戸文化を専門にしています。

 

――浮代さんが江戸文化・浮世絵の中でも、特に「春画」に興味を持たれたのはどうしてですか?

浮代さん:それは、春画こそが浮世絵芸術の頂点だからです。いまは、エロティックなものを制作する立場の人々は、とかく下に見られがちで、白い目で見られるような空気がありますよね。春画というと「江戸時代のエロ本でしょ?」なんて言われてしまう。でも、いまはそうでも、江戸時代は真逆だったんです。

 

――春画が、浮世絵の頂点……。

浮代さん:江戸時代、8代将軍の徳川吉宗が「享保の改革」の一環として「好色本禁止令」を出したことで、浮世絵は幕府の許可なしに販売できないものになってしまったんですね。
絵のテーマや色数といった制限をクリアした浮世絵だけが売られるようになった中で、春画はこっそりと売られ続けた。店頭には置いていなくて、「お客様、奥へ」なんて言われてやっと見せてもらえるものだったわけです。

 

――18禁コーナーのように、のれんの向こう側で春画が売られていたと。


浮代さん:
そうですね。だからそもそも、禁令をクリアしようとしていない。なにしてもOKなら思いきりやろう、ということで、色を20色、30色と重ねてみたり、超絶技巧の彫りをほどこしたり、春画はとにかく豪華で大胆なんです。

それだけのことをやるからには、とびきりの絵師、彫師、摺師でなくては……ということで、春画は軒並み、一流の職人たちによって作られています。当時、一般的な浮世絵はいまの紙幣価値で言うと数百円程度、お小遣いで買えたんですが、春画は1枚1万円近くしたものもあります

 

――1枚1万円! 高級品だったんですね。

浮代さん:だからこそ、絵師、彫師、摺師たちにしてみれば、春画を依頼されるということはステータスだった。春画を依頼されてこそ一流の証、という風潮があったのだと思います。

日本の春画の始まりは、平安時代のハウツー本だった

初期の春画
(13世紀の春画)

――春画って、いつ頃できたのですか? なんとなく江戸時代のものというイメージがありますが。


浮代さん:
春画を単に男女の交合図ととらえるなら、奈良時代にはすでにそういった落書きが見つかっています。本格的なものとしては、平安時代に「偃息図えんそくず」と呼ばれる性愛の手引書が、中国から京都の朝廷に伝わり、真似し始めたのが最初ですね。
その後、いったん下火にはなるのですが、室町時代に再度、ブームに火がつきます。最初は公家や武家のお抱え絵師が描くものだったのが徐々に庶民にも広がり、町絵師たちも春画を描くようになっていきました。

そして江戸時代、版画の技術が一般的になり、大量生産が可能になったことで春画の人気はピークを迎えます。

 

――エッチな絵のブームが起こる、というのは、なかなか特殊な状況にも思えますが……。

浮代さん:江戸時代、特に庶民は、いまよりも性に対しておおらかだったんです。町民は武家のような倫理教育を受けていない人が多かったですし、江戸の町には素人の女性が少なくて、女性が男性を選び放題だった。女性からしたら、とりあえず先に味見してから恋人を決めるか、みたいなこともありました。さらに地方では、祭りの日は乱交、夜這いは当たり前、田んぼ仕事の途中でちょっと息抜きみたいなことも日常茶飯事だった。

春画がなければ、ピカソの絵は生まれなかった?

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(渓斎英泉の春画)

 

――では、どんな絵師が春画を描いていたんですか?

浮代さん:
先ほどお話したように、春画を手がけたのは皆、一流の絵師たちです。作品数が圧倒的に多いのは渓斎英泉けいさいえいせんです。彼は絵だけでなく詞書ことばがき(春画に添えられている文章)と書入れ(セリフ)も自分で書けたので、作るペースが早かったんでしょうね。ほかに傑作春画を生み出したことで名高いのは、喜多川歌麿、鳥居清長、葛飾北斎、歌川国貞(三代豊国)などです。

 


――浮世絵の画法は海外の画家にも影響を与えた……とよく言われますよね。春画も、海外に影響を与えたりしたんですか?

浮代さん:もちろんです。「考える人」で有名な彫刻家のオーギュスト・ロダンは、有名な春画コレクターでもありました。彼の弟子であるカミーユ・クローデルとの恋は“世紀の不倫”として世を騒がせましたが、あれはロダンが春画を見てムラっときたからではないか、と思っています。

 


――春画が、ロダンの性欲に火をつけてしまったと……。

浮代さん:というのは冗談としても(笑)、ピカソは間違いなく、春画に影響を受けています。

北斎の蛸

(葛飾北斎『海女と蛸』)

 


浮代さん:
春画といえば『海女と蛸』のモチーフが有名ですが、ピカソは葛飾北斎の『海女と蛸』を模写しています。

春画の多くは、顔と性器を同時に見せるために、かなり無理な、ありえない体勢をしているんです。ピカソは春画を見て、「顔がこっちを向いているから足はこっちを向いちゃいけない、ということはないんだ!」と思ったはずです。
ピカソのキュビズム(いろんな角度から見た物の形をひとつの画面内に収める画法)は、春画がなければ生まれていなかったという説もあるんです。実際に「ピカソと春画」をテーマに、スペインのピカソ美術館で展覧会が開かれたこともあります。

 

――すごい……! ピカソの固定概念を壊したのは、春画だったんですね。

(次ページ:浮代先生に、「春画あるある」を教えてもらおう!)

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