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なんのために化けてるの? ゆるすぎる「妖怪」大百科

日本古来の「妖怪」のなかには、恐ろしいもの、人を化かして惑わすものだけでなく、どこか“ゆるい”、特に害のないものも多く存在します。今回はそんな、ゆるく可愛らしい妖怪たちの姿をご紹介します。

日本古来から伝わる化け物で、夏の怪談にも欠かせない風物詩、「妖怪」。よく知られた妖怪には「ろくろ首」や「ぬらりひょん」といった恐ろしいもの、人を脅かすようなものも数多くいますが、なかにはマイナーかつちょっと“ゆるい”妖怪も存在します。

今回はそんななかでも、特に目立った害も及ぼさなければ怖い姿をしているわけでもない、「なんのためにここに?」と思わず聞きたくなってしまうような日本全国の“ゆるすぎる”妖怪たちを、書籍や民間伝承を参考にしつつご紹介します。

ひとつ目がチャームポイントの国民的妖怪──傘化け(かさばけ)

破れてしまい、使い物にならなくなった古い傘が化けた妖怪「傘化け」。別名「唐傘お化け」とも呼ばれるこの妖怪は、ひとつ目と長い舌を持つどことなく愛くるしい姿が人気で、現代でもさまざまなフィクションのなかに登場します。妖怪と聞いて、最初にこの傘化けの姿を思い浮かべる方も少なくないかもしれません。

傘化けにまつわる歴史を振り返ると、室町時代の絵巻物、『百鬼夜行之図』(狩野乗信作)にもその姿が見られるなど、非常に古くから日本に馴染みのある妖怪だったことが知られています。しかし、意外にも傘化けがどんな妖怪なのかを知ることができる伝承は少なく、そのうちのひとつである新潟県笹神村の村史には、「カラカサバケモン」という名前の傘の妖怪が、笹神村の三十刈さんじゅうがりと呼ばれる場所に現れたという記述のみが残されています。

特に悪さをするわけでもなく、ただ閉じた傘の姿で佇んでいるという「傘化け」。目的も出没条件もよく知られていない、謎の多い妖怪です。

なんでそんなに走ってるの? ──西瓜侍(すいかざむらい)

「西瓜侍」は、江戸時代中期の俳人・画家である与謝蕪村が描いた『蕪村妖怪絵巻』に登場する妖怪です。この妖怪の正式名称は「木津の西瓜の化け物」で、つるっとした瓜の顔をした「瓜侍」(正式名称は「山城の真桑瓜の化け物」)とともに絵巻に描かれています。腰に刀を差し、どこかに向かって走っている風に見えますが、なぜ走っているかは不明。急いでいるにしては表情と身のこなしがどこかユーモラスなのも気になります。

この『蕪村妖怪絵巻』は現在、現物が所在不明となっています。しかしもともとは蕪村が日本各地を旅していたときに見聞きした全国の妖怪伝承を元に描かれたとされており、蕪村が京都府にある見性寺けんしょうじに滞在していた1754年~1757年頃の作と推察されています。

蕪村は当時、近くの寺の和尚らや丹後の俳人たちと交わって俳諧の奥義を深めつつ、妖怪画を始めとする多くの絵を描き残していました。『蕪村妖怪絵巻』には計8体の妖怪が描かれていますが、西瓜侍、瓜侍の他にも「銀杏の化け物」や「化け猫」など漫画のキャラクターのような妖怪ばかりが選ばれており、厄災の象徴としての恐ろしい化け物とは一線を画しています。蕪村は当時「公達の狐化けたり宵の春」(訳:春の宵、狐が化けた艶やかな貴公子が闇のなかに立ち現れた)といった句を詠むなど、狐や狸に化かされたエピソードをもとにした物語や俳句なども残しています。

笑いながら川で小豆を洗うだけ──小豆洗い(あずきあらい)

小豆洗いは、「ショキショキ」という特徴的な音を立てながら、川べりで小豆を洗う妖怪です。古くから日本各地での目撃情報があり、長野県の川中島では「小豆ごしゃごしゃ」、岡山県では「小豆さらさら」、香川県では「小豆やろ」として知られるなど、地域によってその呼び名もさまざまです。

ハレの日には小豆を炊き込んだ「お赤飯」を食べる風習が現在も残っていますが、日本では古くから、小豆は神聖な食べ物と考えられてきました。そのため、小豆洗いも基本的には縁起のよい妖怪として知られており、娘を持つ女性がその姿を目にすると、娘がじきによい結婚相手に恵まれるといった伝承も残っています。

しかし、油断は禁物。小豆洗いにまつわる伝承のなかには、ショキショキという音に気をとられて音のするほうに近づいていくと、知らない間に川に誘導され落とされてしまうというものや、「小豆洗おか、人取って食おか」と歌いながら小豆を洗う小豆洗いもいる──といった話も残されています。どうやら、無理やりその正体を確かめようとすると化かされてしまうケースもある様子。もし川の近くでショキショキという音を聞いたら、近寄らず、こりゃ縁起がいいなあと思うだけにしたほうがよさそうです。

通行人の足にまとわりつく犬の妖怪──すねこすり

「すねこすり」は、岡山県小田郡に伝わる犬の形をした妖怪です。1935年に発行された、博物学者の佐藤清明による妖怪辞典『現行全国妖怪辞典』によれば、すねこすりは雨の晩にどこからともなく現れ、通行人の足のあいだをこすって通る妖怪とされています。こすられた人はというと、ただ歩きにくさを感じるだけで、それ以上の危害が加えられることは特にないようです。

岡山県では似た妖怪の目撃談が多く残されており、有漢町には夜道で人の股をくぐり抜けて通る「股くぐり」なる妖怪、井原市には歩行者の足を引っ張って転ばせる「すねっころがし」なる妖怪の伝承があります。人を転ばせるというと恐ろしい気もしますが、すねっころがしに関しては転倒させられた子どもが鼻を痛めたという話が残っている程度で、そこまで悪質な妖怪ではなさそうです。

「犬のような形」という言い伝えや目撃情報がすべて夜道であることから、「単に狸を妖怪と見間違えたのではないか」という説もあり、いずれにせよ、人を恐怖に陥れる要素は薄い化け物です。

風を切って走る元気な付喪神──扇子(せんす)

扇子の妖怪は、室町時代に成立したと考えられている『付喪神つくもがみ絵巻』などに登場する妖怪です。その姿は複数の絵巻に残されており、おとなしくすました顔で座っているものもいますが、風を切って元気よく走る、麒麟のような姿をした扇子もいたようです。

扇子の妖怪が描かれた絵巻のひとつである『付喪神絵巻』は、粗末にされた器や古道具たちが妖怪(付喪神)と化し、京の町中を練り歩く様子を記したもの。日本には、道具は100年以上使ってしまうと魂が宿り人を惑わすようになるという言い伝えがあり、それを防ぐために古道具は長くとも99年で捨てるという習慣がありました。ところが、捨てられた妖怪たちはそれに腹を立て、節分の日に「ぐぬぬ、あと1年で魂が宿ったのに」と一揆を起こすのだと言います。

しゃもじの付喪神や土瓶の付喪神、鍋の付喪神など、手足を生やしたり人間に似た姿になった妖怪たちが生き生きと町を歩き回るものの、最終的には人間に捕まえられてしまうというちょっと悲しいシーンが絵巻には残されています。しかし、彼らはその後仏教の教えを知るようになり、「私たちは造化の神によって生まれ変わったのに、神を祀らなければ心ない木石と同じではないか」という問題意識から、信心深い仏教徒になったと言われています。やや人間に都合のよすぎる話という気がしないでもありませんが、付喪神たちの逸話は、私たち人間にも道具を大切にしようという気持ちを思い出させてくれるものです。

おわりに

今回ご紹介した特に害のない「妖怪」たちは、海外に多く見られる恐ろしい幽霊やゾンビ像とは一線を画すものです。扇子などの古道具が化けた「付喪神」がその代表であるように、日本では古くから道具や食べ物にも神が宿るという「八百万の神」の考え方が浸透していました。それらが化け物たちをも身近な存在にし、時にはゆるく可愛らしい絵を伴う伝承として残されたのでしょう。

博物学者・妖怪評論家の荒俣宏は、日本の妖怪との関わり方について、こんな言葉で語っています。

わたしたちはむかしから、そういう「おつきあい」を妖怪たちとしてきました。科学万能の時代は、しばらく、妖怪たちとのおつきあいを忘れていただけかもしれません。
──『知れば知るほど面白い!クセがつよい妖怪事典』(小学館)より

科学では到底説明のつかない存在である「妖怪」。その正体や伝承の真偽はわからなくても、時には日本のどこかに現れてもおかしくないものとして、ゆるく受け止め、愛でることはできるはずです。

(※参考文献……『知れば知るほど面白い!クセがつよい妖怪事典』佐古文男作、荒俣宏監修・小学館)

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