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文学・アートの世界を変えたボードレールのすごさを知る3選

詩人、芸術評論家、翻訳家と多才な顔をもち「近代詩の父」と称される19世紀フランスの詩人ボードレール。数多の芸術家や作家たちに影響を与えつづけるボードレールのすごさを知ることのできる代表的作品を紹介します。

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ボードレールがこの世を去ってから既に200年が経とうとしていますが、その人気は衰え知らず。ボードレールの著作を読んだことのない人でも、名前を聞いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。というのも、あちこちの評論で「かつてボードレールはこう言った……」というような引用を見かけるし、最近では押見修造作の、ボードレールを愛する文学少年が主人公のコミック、『惡の華』アニメ化実写映画も公開されました。

アニメに評論に、あちこち引っ張りだこのボードレールって、いったい何がそんなにすごいのでしょうか? 今回はボードレールのすごさを知ることのできる3作品を紹介します。

 

「古き良き」ではない本当のパリの姿を描いた『巴里の憂鬱』

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ボードレール作品といえば、物憂げで倦怠感に満ちた雰囲気が特徴的です。その理由は、彼の複雑な生い立ちにあると言えるでしょう。

ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire)は1821年のパリに生まれました。芸術に関心を持つ父親がいましたが、彼がわずか6歳の時に亡くなってしまいます。若い母はすぐに軍人再婚。このことが幼い心を深く傷つけます

学生時代のボードレールは成績優秀で養父の望む通りの優等生でしたが、20歳で実父の遺産を受け継ぐと、パリの学生街カルチェ・ラタンで堕落した生活を送るようになります。やがて詩作にのめり込み、マネやドラクロワなどの美術批判を発表。ボードレールの主な作品は20代のころに書かれたものです。

ボードレールは従来の「美しいパリ」や「古き良きパリ」を賞賛するのではなく、近代化しつつあるパリに取り残された貧しい人、孤独な異邦人に関心を寄せました。そんな人々の生々しい血の温かさやうめき声を抉り出した『巴里の憂鬱』には、思わず酔ってしまうような美しさがあります。

「お前は誰が一番好きか?云ってみ給え、謎なる男よ、お前の父か、お前の母か、妹か、弟か?」
「私には父も母も、妹も弟もいない」
「友人たちか?」
「今君の口にしたその言葉は、私には今日の日まで意味の解らない代ものだよ」
「お前の祖国か?」
「どういう緯度の下にそれが位置しているかをさえ、私は知っていない」
「美人か?」
「そいつが不死の女神なら、愛しもしようが」
「金か?」
「私はそれが大嫌い、諸君が神さまを嫌うようにさ」
「えへっ!じゃ、お前は何が好きなんだ、唐変木の異人さん?」
「私は雲が好きなんだ、…あそこを、…ああして飛んでゆく雲、…あの素敵滅法界な雲が好きなんだよ!」

「異人さん」は、『巴里の憂鬱』の冒頭を飾る散文詩。異人とはジプシーのことです。パリという大勢の人が集まる大都会で、どうしようもない孤独を抱えていたボードレールは自身の姿を異人に重ねました。

大衆の泉に浸るということは、誰にも許されている能力ではない。群衆を楽しむことは、一つの芸術である。(中略)大衆と孤独と、この二つの言葉は、生気あり詩想豊かなる詩人にまで、共に相等しく互いに置き換えられるべき言葉である。(「群衆」)

『巴里の憂鬱』は、ただ憂鬱に浸るだけの作品ではありません。ボードレールはたしかに孤独ではあったけれど、孤立していたわけではなかったからです。友人も多かったし、先輩や仲間の作品にも親しみ、なかでもアメリカの詩人エドガー・アラン・ポーへは驚くべき熱意を示し、ポーのフランス語翻訳でも大きな功績を残しています。

 

生前刊行された唯一の詩集、名声を永遠のものにした『悪の華』

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近代詩はボードレールの『悪の華』によって決定的に始まりました。それまでは社会道徳規範に眼を向けていた詩の世界が、ただ詩的美しさを追求することのみを目的に思索されるようになったのです。ボードレールは一瞬ではかなく、頽廃的なものに美しさを見出し、詩を紡ぎました。

退廃への美と反逆への情熱をうたった『悪の華』は、フランス詩史上もっとも重要な詩集と呼ばれています。フランス・ロマン主義の小説家ユゴー(1802‐1885年)をはじめフローベル(1821‐1880年)など多くの知友から賞賛され、後世にも多大な影響を与えました。

『悪の華』に収められている「深きところより叫びぬ」は、教会で死者のための祈りとして用いられる旧約の「詩篇」第百二十九番からとられたものです。また、この詩はボードレールが同棲していた混血の情婦ジャンヌ・デュヴァルを詠んだものでもあります。

ぼくはあなたのあわれみを願う、ただひとり愛するあなた、
ぼくの心の落ちこんだ、この暗い深淵の底から。
これは鉛色の地平のひろがる陰鬱な世界、
夜のなかを恐怖と冒涜がただよう

ボードレールが画期的だったのは、嗅覚や触覚などさまざまな感覚が応えあう様を描いたことにあります。しかもボードレールは、そうした感覚を外から描くのではなく、詩の中心に据えてみせました。

遠くから響き来るこだまのように
暗然として深い調和のなかに
夜の闇 昼の光のように果てしなく
五感のすべてが反響する(『交感』)

『悪の華』の翻訳は、自らも詩人として名を馳せた堀口大學をはじめ、福永武彦安藤元雄など錚々たるメンバーが手がけているので、それぞれの訳を比較して、自分の好みのものを見つけるのも面白いですよ。

 

芸術のための芸術運動「モデルニテ」の概念を定義づけた『現代生活の画家』

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詩人として活躍し、翻訳者としても大きな功績を残したボードレールですが、彼の名を世間に知らしめたのは評論でした。「モデルニテ(現代性)」とは、ボードレールが使いはじめた用語で、『現代生活の画家』には彼の持論が美しく表明されています。

現代性とは、一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもので、これが芸術の半分をなし、他の半分が、永遠なもの、不易なものである

彼のめざすところは、流行(モード)が歴史的なものの裡に含み得る詩的なものを、流行の中から取り出すこと、一時的なものから永遠なものを抽出することなのだ

ボードレールは現代的なもののなかに古典的な美しさを見出し、永遠性を感じていました。
今日の世界の抒情詩は、彼の影響を受けない詩はないと評されているほどで、彼の現代性の賛美は優れた後続を生みだします。

ポール・ヴァレリーは1924年の講演で、マラルメもヴェルレーヌもランボーも『悪の華』を読んでいなかったら後年の彼らではありえなかっただろうと述べています。
日本では、上田敏がボードレールや象徴派の詩を訳して紹介。北原白秋萩原朔太郎など日本の近代を代表する詩人たちに影響を与えました。

おわりに

文学の世界を超えて、画家たちをも魅了したボードレール。ロダンは『悪の華』の初版本に直筆の挿絵を描きました。ルドンゴーギャンもボードレールに影響をうけた画家です。文学的な主題を好んだギュスターヴ・モローの愛読書は『悪の華』でした。モローの幻想的な絵画は、19世紀のアール・ヌーボーなど、世紀末文化にも引き継がれていきます。

メランコリーデカダンイロニーといった美しい芸術性が魅力のボードレール作品。今回ご紹介した作品を入り口にボードレールにしか表現できない精神性や感覚をぜひ、味わってみてください。

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