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ノーベル文学賞受賞! ミュージシャンであり詩人、ボブ・ディランの素顔とは。

ビートルズにマリファナを勧めたのはボブ・ディランだった? ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの破天荒エピソードを紹介するとともに、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』との関連などから、その文学性を探ります!

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(カバー写真:Photo By popturf.com

シンガーソングライターであるボブ・ディランが受賞を果たした2016年のノーベル文学賞。

ノーベル文学賞といえば毎回、「今年こそ村上春樹が受賞するのではないか」と賞の予想が盛り上がりますが、今年は「ミュージシャンによる文学賞受賞」というまさかのニュースに度肝を抜かれた人も沢山いるのでは? とりわけ注目を集めたのが、受賞決定後の顛末。アカデミーが受賞を発表するも2週間ほど沈黙を続けたディランについて、選考委員会からは「無礼で傲慢」というコメントも上がるなど、ちょっとした騒動になりました。

その後ディランは受賞を快諾するとのコメントを発表したものの、結局、「先約がある」との理由で授賞式を欠席する意向が明らかに。ただし、公式発表では、式に欠席する場合であっても受賞講演は行わなくてはいけないことがアナウンスされているため、12月10日の受賞式でどんなボブ・ディランがどんなコメントを残すか、今から楽しみですね。

この一連の報道を受け、「ボブ・ディランって、ハチャメチャな人なんじゃないか?」という印象を持たれた方も、ひょっとした沢山いるかもしれませんね。この記事では、ボブ・ディランの1960年代における破天荒な振る舞いとその詩世界について紹介するとともに、シンガーソングライターが文学賞を受賞という異例の決定に立ち返ることにより、改めて「今〈文学性〉とは何なのか」を考えてみたいと思います。

 

「三角関係」に「ドラッグ中毒」……音楽界の反逆児はヤンチャだった?

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(Photo By Satish Krishnamurthy

ノーベル賞受賞後の顛末により、一部では「わがままなミュージシャン」という印象を与えることとなったボブ・ディラン。しかし、ビートルズのジョン・レノンやローリング・ストーンズのミック・ジャガーなど、「セックス・ドラッグ・ロックンロール」を体現するようなミュージシャンとは異なり、ディランが「ロック界の不良」といったイメージで語られることはあまりありません。

実際に、1960年代に「風に吹かれて」のようなプロテスト・ソングを歌っていたディランは、インタビューでその歌詞について尋ねられた時、「恋やセックス以外にも大切なものがある」という名言を残しています。

しかし、ボブ・ディランといえど人の子、若者文化が花開いた60年代には羽目を外すこともあったのです。

 

名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」のモデルにもなった?ニューヨーク恋愛白書


私生活について明かすことの少ないディランですが、当時ファッションアイコンとしてポップカルチャーを席巻していたイーディ・セジウィックと、ポップアートの旗手として時代の寵児となっていたアンディー・ウォーホルとの間に生まれた奇妙な3角関係は、様々なファンの憶測を呼び、2007年の映画『ファクトリー・ガール』の題材ともなっています。この映画をめぐって「ディランがプロデューサーを訴えるのではないか」という騒動も起こりましたが、この3人の間には一体何があったのでしょうか。

同性愛者でありながら、イーディの美しさに魅了されたアンディー・ウォーホルは、彼のアトリエであり文化人サロンでもあった「ファクトリー」の女神として彼女をまつりあげ、彼女の出演映画を多数制作します。しかし、そんなイーディがファクトリー界隈のコミュニティを毛嫌いしていたディランとの親睦を深めたことに、ウォーホルとイーディの関係は徐々に悪化していきます。ディランはウォーホルとの交際がイーディを破滅させると感じ、ファクトリーから離れるよう彼女を説得しようとしたのです。

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なお、1965年の末にディランがサラという女性と密かに結婚していたこともあり、1965年から66年の間にディランとイーディの間に正式な恋愛関係があったかどうかは極めて不明確なだけでなく、イーディの恋の相手はディランのマネージャーであったボブ・ニューワスであったという説や、ウォーホルがニューワスに恋心を抱いていたという説まであり、彼の人間関係における詳細な真実は藪の中。

しかし、様々な憶測がある中で、ひとつ「確実」だと言っても良さそうなのは、ちょうど同時期にボブ・ディランが残した名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」に、イーディに対してボブ・ディランが抱いていた想いが込められているということ。上流階級から路上生活者になるまで落ちぶれていく女性を主人公に、「どんな気分だい?」と呼びかける同曲には、カルフォルニア屈指の名門一家の生まれだったイーディが、誰からも相手にされなくなり破滅していくさまが重ね合わされているのです。ドラッグの常用者であったイーディは、ディランともウォーホルとも袂を完全に分かってからというもの中毒症状を悪化させ、1971年にヘロインの過剰摂取で死亡してしまいます。

 

「ミスター・タンバリン・マン」は隠れたドラッグソング?

時代のヒロインであったイーディを無慈悲に襲った「ドラッグ」という罠。そもそも60年代は、若者を中心にドラッグ・カルチャーが盛り上がった時代でもありました。あのビートルズも、ドラッグとインド体験に影響されたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表し、サイケデリックロックと呼ばれるジャンルの火付け役となりました。ボブ・ディランがミュージシャンとしてサイケデリックブームに加わることはありませんでしたが、実は、ビートルズにマリファナを勧めたのはボブ・ディランだったということが知られています。

そんなディランとビートルズのジョン・レノンの会話が収められたレアな映像の中で、彼らはあまりにも支離滅裂な会話を繰り広げていますが、ジョン・レノンの回想によれば当時の彼らはヘロインに溺れていたとのこと。ろれつの回らない声で、「I wish I could speak English.(英語が話せたらよかったのに)」と言い放つディランの様子からは、彼の破天荒な一面がうかがえます。

他にもディランとドラッグとの隠れたつながりを示しているのが、彼のデビュー当初の代表曲である「ミスター・タンバリン・マン」という楽曲。実はこの曲には、「タンバリンの演奏者」についての曲ではなく、ポケットの中で小銭の音をチャラチャラと鳴らすドラッグの売人(=タンバリン・マン)について歌ったドラッグソングである、という説があります。ディラン自身、後のインタビューの中でニューヨーク時代には重度なドラッグ中毒に陥っていたことを告白していますが、下手をすればボブ・ディランもまた、イーディ・セジウィックと同じ轍を踏む恐れががあったのです。

 

(次ページ:ボブ・ディランと文学)

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