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“だめんず”だけど、モテモテだった? 太宰治に女性の「トリセツ」を学ぶ 【文学恋愛講座#2】

日本文学史における稀代のモテ文豪であり、“だめんず”だった太宰治。彼の作品から女性のトリセツ(取り扱い説明書)を読み解きます。

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「恋愛とは何か。」

そんな質問をされたら、あなたはどのように答えますか?

日本文学史における稀代のモテ文豪・太宰治は、恋愛について語った作品、『チャンス』のなかでこう答えています。

恋愛とは何か。私は言う。それは非常に恥かしいものである。親子の間の愛情とか何とか、そんなものとはまるで違うものである。

そんな太宰自身は10代の頃に芸者遊びを繰り返して金銭的に破滅。結婚後も妻の着物を売って金を作っては薬物を買っていたほか、「死ぬ気で恋愛してみないか」と持ちかけて関係を持った愛人に金を工面してもらっていました。このように、“だめんず”である太宰は「ダメな部分」を隠すどころか、ありのままにしていたのです。

そして、“だめんず”でしかない太宰に惹かれる女性が絶えなかったのは、「私が支えてあげなくちゃ!」という女心をはじめ、太宰が、女性の扱い方を熟知していたからに他なりません。

今回はそんな太宰の作品を通して、女性のトリセツ(取扱説明書)を読み解いていくことがテーマ。これを読んで、今宵は意中の女性に会いに行ってみませんか?

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1.まず、女性を褒めて、心の距離を縮めましょう。

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太宰の作品の中には、女性が主人公で語られるものが見られます。森鴎外の次女で小説家の小堀杏奴こぼりあんぬ「女である自分も意識さえしていなかったような事を明るみに取り出されたような女語り」と語っているように、太宰は女性以上に女性になりきることができたのです。

しかも、太宰は女性が褒められて嬉しいポイントもしっかりと押さえていました。ここでは、そんな女性との会話では欠かせない、褒め方の例を紹介します。

■まずは容姿を褒めましょう。/『皮膚と心』

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主人公の“私”がある日吹き出物が自分の体に現れたことに悩む短編小説、『皮膚と心』。25歳を過ぎて「もう縁談は無いだろう」と思っていた“私”は、亡き父の恩人が持ち込んだ話から結婚をすることになります。

“私”は容姿に対して過剰にコンプレックスを抱いていましたが、夫である“あの人”は気にするどころか、褒めるのです。

あの人は、かねがね私の醜い容貌を、とても細心にかばってくれて、私の顔の数々の可笑おかしい欠点、――冗談にも、おっしゃるようなことは無く、ほんとうに露ほども、私の顔を笑わず、それこそ日本晴れのように澄んで、余念ない様子をなさって、
「いい顔だと思うよ。おれは、好きだ。」
そんなことさえ、ぷつんとおっしゃることがあって、私は、どぎまぎして困ってしまうこともあるのです。

あの人にも、また、私の自信のなさが、よくおわかりの様で、ときどき、やぶから棒に、私の顔、また、着物の柄など、とても不器用にほめることがあって、私には、あの人のいたわりがわかっているので、ちっとも嬉しいことはなく、胸が、一ぱいになって、せつなく、泣きたくなります。

不器用ではあるものの、愛する妻に対しては一生懸命褒めようと努力する夫。そもそも、何かを褒められて気を悪くする女性はいないはず。まずは基本とも言える「容姿」を自分なりに褒め、女性との距離を縮めましょう。

■女性の持ち物を褒めるのは、センスを褒めることです。「見ている」ことをアピールしましょう。/『女生徒』

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短編小説『女生徒』は、14歳の少女である主人公の“私”が、独白体で綴った作品。女性読者から送られてきた日記を題材に、太宰は繊細で傷つきやすい年頃の少女が抱く気持ちをありのままに描いています。

雨が降らないとは思うけれど、それでも、きのうお母さんから、もらったよき雨傘どうしても持って歩きたくて、そいつを携帯。このアンブレラは、お母さんが、昔、娘さん時代に使ったもの。面白い傘を見つけて、私は、少し得意。こんな傘を持って、パリイの下町を歩きたい。

これは、主人公の“私”が、学校へ行くまでの身支度をするひとコマ。“私”はやがて自分の持つ古風な傘が流行するだろう、そしてこの傘にはこんなファッションが似合うだろうと空想に浸ります。それだけに留まらず、「パリのレストランで物憂げに人の流れを見ていると、誰かがそっと私の肩を叩く」と、妄想。お気に入りの持ち物から、素敵な誰かに声をかけられる空想をしてしまう、そんな無垢な少女の気持ちを、太宰は表現しています。

綺麗な女らしい風呂敷。綺麗だから、結ぶのが惜しい。こうして坐って、膝の上にのせて、何度もそっと見てみる。撫でる。電車の中の皆の人にも見てもらいたいけれど、誰も見ない。この可愛い風呂敷を、ただ、ちょっと見つめてさえ下さったら、私は、その人のところへお嫁に行くことにきめてもいい。

そして通学途中、電車の座席に座った場面。今度は掃除の際に母親からもらった風呂敷をもとに、「風呂敷を見つめてくれるのなら、お嫁にだって行っていい」と、誰かが自分の持ち物に注目してくれることを願います。

傘と風呂敷、共通しているのは「自分の持ち物をきっかけに異性に注目してほしい」という切なる思い。持ち物を褒めるのは、女性のセンスを褒めること。太宰はそんな女心を弄ぶのです。

 

2.女性への接し方で悩んだ際には、以下の方法を試みましょう。/『人間失格』

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太宰の代表作、『人間失格』の主人公“大庭葉蔵”は、作中においてモテまくります。

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どこか寂しげで陰のあるカフェの女給、ツネ子と心中に及ぶものの自分だけが生き残り、雑誌記者のシヅ子の家に転がり込んでヒモのような生活を送ったかと思えば、タバコ屋の娘で純粋無垢なヨシ子と結婚する……同級生からの「お前は、きっと、女に惚れられるよ」の予言が的中した通り、葉蔵に惚れる女性は後を絶ちませんでした。

しかし、なぜ葉蔵はそれほどまでに女性に好意を持たれるのでしょうか。

女に就いてのさまざまの観察を、すでに自分は、幼年時代から得ていたのですが、同じ人類のようでありながら、男とはまた、全く異った生きもののような感じで、そうしてまた、この不可解で油断のならぬ生きものは、奇妙に自分をかまうのでした。「惚れられる」なんていう言葉も、また「好かれる」という言葉も、自分の場合にはちっとも、ふさわしくなく、「かまわれる」とでも言ったほうが、まだしも実状の説明に適しているかも知れません。

葉蔵は、幼少時より女性のほうが多い女系家族で育った背景から「女とばかり遊んで育ったといっても過言ではない」と語っており、また女性という存在を幼い頃からよく観察していました。つまり、知らず知らずのうちに、女性への接し方を身につけていたのです。

そんな葉蔵は、いったいどのように女性の心をつかんでいたのでしょうか。

■女性が急に泣き出したときには、甘いものを手渡しましょう。

ある日、自室で本を読んでいた葉蔵。そこへ近所に住むお姉さんが急にやってきたかと思えば、葉蔵の布団の上に突っ伏して泣き始めます。

「葉ちゃんが、あたしを助けてくれるのだわね。そうだわね。こんな家、一緒に出てしまったほうがいいのだわ。助けてね。助けて」

そんな彼女を見た葉蔵は、慌てふためくこともなく机の上にあった柿を剥き、ひと切れを手渡します。しゃくり上げながら柿を食べたお姉さんはやがて泣き止み、恥ずかしそうに部屋を出ていきます。

ただ、自分は、女があんなに急に泣き出したりした場合、何か甘いものを手渡してやると、それを食べて機嫌を直すという事だけは、幼い時から、自分の経験に依って知っていました。

泣きじゃくる女性に慰めの言葉をかけたり、理由を聞き出すような野暮なことはしない。ただ黙ってそっと甘いものを手渡し、機嫌が直るのを待つ。

そうして葉蔵は、何人もの女性を魅了していったのです。

■相手にうんざりした際には、あえて用事を頼みましょう。

用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分はちゃんと知っているのでした。

女性の接し方に長けていた葉蔵は、「男性から頼られると悪い気はしない」という女性心理を巧みに利用します。

ある時、葉蔵に惚れていた下宿先の娘は、わざわざ葉蔵の部屋にやってきては、「妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けない」と言い訳をして手紙を書いていました。それだけでなく、娘は葉蔵を待っている様子。一方で自分は学生運動の手伝いでへとへと。このとき、葉蔵は意外な行動に出ます。

早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。
「見せてよ」
と死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、そのうれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかりなのです。そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と思うんです。
「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないね。お金は、……」
「いいわよ、お金なんか」

葉蔵は娘に対しうんざりしながらも、「カルモチン(精神安定剤)を買って来てくれない?」と用事を言いつけるのです。

頼られることがまんざらでもない娘は快諾するどころか、代金まで出すことを承知しています。まさにヒモのテクニックです。

「女が急に泣き出したときには、甘いものを手渡す」、「あえて用事を頼む」というふたつの接し方は、いずれも女性の性格を知っていなければできないもの。それでいて他人を信じない葉蔵が漂わせていた「孤独の匂い」を女性たちは嗅ぎつけ、自然と彼に引き寄せられていたのです。

葉蔵がモテる理由は、彼が女性を知り尽くしていたから。女性を知ることができれば、好むと好まざるとに関わらず女性たちから言い寄られるかもしれません。

 

3.別れを告げる場合は、思いやりを忘れずに。/『グッド・バイ』

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恋愛にも、いずれは終わりが来るもの。では、女性に別れを告げる時にはどうすればいいのか。その究極のカタチが、太宰にとって未完の遺作である『グッド・バイ』にありました。

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戦後、闇商売で荒稼ぎしていた雑誌編集者の田島が「まっとうに生きていこう」と決意し、愛人たちに別れを告げようと画策する物語です。しかし、「愛人を10人ほど養っている」という噂が生まれていることからもわかるように、「自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い」ほどに手を広げすぎてしまった田島は途方に暮れるばかり。そんな田島に初老の文士はこう提案します。

うむ、名案。すごい美人を、どこからか見つけて来てね、そのひとに事情を話し、お前の女房という形になってもらって、それを連れて、お前のその女たち一人々々を歴訪する。効果てきめん。女たちは、皆だまって引下る。どうだ、やってみないか。

■別れる相手のことを思いやりましょう。

田島は愛人たちに別れを告げるため、かつて闇商売で取引をしたことのある“すごい美人”の永井キヌ子に力を貸してくれるよう頼み込みます。

「何もそんな、めんどうな事をしなくても、いやになったら、ふっとそれっきりあわなけれあいいじゃないの。」
「そんな乱暴な事は出来ない。相手の人たちだって、これから、結婚するかも知れないし、また、新しい愛人をつくるかも知れない。相手のひとたちの気持をちゃんときめさせるようにするのが、男の責任さ。」

一見馬鹿げたようにも見える方法にキヌ子は呆れますが、「男の責任」を果たそうとする田島はいたって真面目です。協力してもらえるようキヌ子をなんとか説得し、終わった恋の後始末を、きっちりとしていきます。

■相手に対して嘘をつくのはやめましょう。

田島が愛人を10人も養っていたことは、不誠実に聞こえるかもしれません。しかし、田島は彼女たちに対してそれまで嘘だけはついていませんでした。

前にも言ったように、田島は女に対して律儀りちぎな一面も持っていて、いまだ女に、自分が独身だなどとウソをついた事が無い。田舎に妻子を疎開させてあるという事は、はじめから皆に打明けてある。それが、いよいよ夫のもとに帰って来た。しかも、その奥さんたるや、若くて、高貴で、教養のゆたからしい絶世の美人。

田島は最初から自分の身の上をすべて明かしたうえで、相手と関係を持っていたのです。さらにきれいに関係を終わらせようとする点では、あながち不誠実とは言い切れないのではないでしょうか。

■未練がましい男になってはいけません。あくまでもクールに去りましょう。

美容室で働いていた愛人、青木さんに「女房の髪をひとつ、いじってやってください」と言い残し、席を外した田島。いよいよ別れの時、彼はこんな行動に出ます。

セットの終ったころ、田島は、そっとまた美容室にはいって来て、一すんくらいの厚さの紙幣のたばを、美容師の白い上衣うわぎのポケットに滑りこませ、ほとんど祈るような気持で、
「グッド・バイ。」
とささやき、その声が自分でも意外に思ったくらい、いたわるような、あやまるような、優しい、哀調に似たものを帯びていた。

田島は未練がましく今までの思い出を語るでもなく、涙も見せません。ただ、有無を言わせない形で紙幣を相手のポケットに滑り込ませ、ひとこと「グッド・バイ。」と告げるのです。

必ずしも恋愛は幸せなものばかりではありません。どこかで別れを告げざるを得ないとき、『グッド・バイ』の田島のようにお互いを恨むことのない別れ方をしたいものです。

結局、恋愛はチャンスではなく自分の意志/『チャンス』

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最後に、冒頭で紹介した『チャンス』をもう一度引用します。

人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。私は別段、れいの唯物論的弁証法にびるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。

太宰にとって恋愛はチャンスではなく、意志によるもの。ふとしたきっかけから恋愛が始まるわけではない、と太宰は言います。

チャンスを待っていたり、タイミングを図って恋愛は成立しません。恋愛を成就させるために必要なのは女性の“トリセツ”はもちろん、自らの強い意志なのかもしれません。

<これまでの「文学恋愛講座」>
三島由紀夫に「モテテク」を学ぶ。【文学恋愛講座#1】

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