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【特集】太宰治の世界

「生まれて、すみません」。38年という短い生涯で大きな足跡を遺した太宰治。太宰治の代表作『人間失格』をもじった評伝劇『人間合格』の再演にあたり、太宰の生涯を特集します。豊富な写真とともに自筆原稿も掲載。必見です。

まさに修治は、現実と真実の間で揺れ動きます。そんな時、行きつけの屋台で、彼はもうひとりの女性と知り合います。彼女の名前は山崎富栄。彼女の亡くなった兄が修治と同じ弘前高校だということで話は盛り上がります。
若い戦争未亡人の彼女は実にしっかり者でした。いままで修治のまわりにいないタイプの女性。自分の悩みを何でも相談できる相手だったのです。
太田静子は次第に出産が近くなり、ますます修治を頼りにします。それはそうでしょう。たったひとりで人生を渡っていかなければならない彼女にとっては、修治だけが命の綱でしたから。
どうしよう。現実の山に帰れば、かわいい長女と生まれたばかりの次女、そして、いつも堅実な妻が待っています。花畑だと思った静子の家も、いまや「憧れ」の河からほど遠く、現実になりそうになっています。
頼るは、富栄の部屋。彼にとって、ここが「真実」の河に一番近い場所でした。自分に正直に生きていきたい。彼はここで、太田静子の子供を認知する文章をしたためます。
やはり、現実と真実の間を行ったり来たりはできないものなんですね。作家太宰治は、このあたりから、被害妄想になっていきます。喀血もします。めちゃめちゃな生活が続きます。それができるのも、そばに山崎富栄という女性がいたからなのです。
彼はどこかで安心していたでしょう。
彼女は献身的でした。看護婦もやりました。秘書もやれば、愛人もやり、そして乳母の役目までしたのです。
太宰のためになら死ねる。そう覚悟を決めていた彼女を、修治はいったいどう思ったのでしょうか。
ビタミン剤のおびただしい注射をうちながら、修治は「憧れ」という名の真実に向かって、『人間失格』を書きあげ、朝日新聞連載の『グッド・バイ』を書き出しました。
現実のまま、自分の心をだまして生きるのか、それとも希望を持って正直に生きるのか……。
いつ死んでも悔いはないと思ってる富栄の前で、彼はどんな目をしてたのでしょうか。

ある日、突然、彼の胸の奥に花火が鳴りました。その花火は、何発も大きく心の闇に打ちあがります。
ふたりは、玉川上水に向かって歩きはじめます。そして、ふたりは入水します。まさに、「真実」という河のなかに、自らの体を沈めるように、作家太宰治、あの津島修治は消えていきました。
青森の大地主の家から腕を振り、足をあげて走り出した修治の、それが彼のめざしたゴールだったのかもしれません。
津島修治がこの世から消えた――。 昭和二十三年六月十三日。いまから四十四年前のことでございました。

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▶この特集が収められているのは…?
井上ひさしが中心となって編集し、劇団こまつ座の公演紹介も兼ねた雑誌『the座』。貴重かつ入手困難な第21号(12月16日配信)では、『人間合格』と銘打って、太宰治を特集しています。

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