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【特集】宮澤賢治

その作品の多くが、没後に有名になったという、宮澤賢治。その短くも濃密な生涯を特集します。豊富な写真とともに、自筆の『雨ニモマケズ』原稿も掲載。必見です。

晚年

「お前もなかなかえらい」と父がいった。「俺もとうとうお父さんにほめられたもな」と賢治は笑って、目をとじた。昭和八年九月二十一日午後一時三十分、永眠。この年、岩手はかつてない豊作だった。

昭和六(1931)年、賢治の病気はいったん快方に向かいました。
少し元気を取り戻した賢治は、前にもまして忙しく働くようになります。病気で寝たきりだった分を取り返さなければという気持ちが強く賢治に働いたのでしょう。
「人は死のうと思っても、なかなか死ねないものですね」
まわりの人の心配をよそに、そんな冗談をいっていました。
そして、賢治は今度は砕石工場の技師になります。もちろん、自分からなろうとしたのではなく、頼まれたのです。しかも、引き受けたのは、砕石工場に入って肥料を作り、それを農民たちに分け与えたいという願望からでした。
肥料の作り方を研究し、さらには販売まではじめ、見本を持って東北地方のみならず東京まで足を伸ばしたのです。
大きなトランクを持った病み上がりの青年に、再び病魔が襲いかかります。一度よくなったといっても、そんなに働けるほど回復はしていなかったのですから。
賢治は東京から花巻の父に電話をかけました。あの賢治がかけるのですから、よほど体がまいっていたにちがいありません。
「すぐ帰るんだ、帰って来い!」
父親は怒鳴るようにいうと、すぐに知り合いの人に電報を打ち、賢治を花巻へ帰らせるよう手配を頼みました。
翌日花巻に寝台車で着き、弟に出迎えられた賢治は、以来家を離れることができない体になってしまっていました。
やせた土地を持つたくさんの農民たちのためにせっかく肥料の研究をしたのに、何も役に立てなくてすまない――。
賢治は枕元に置いた手帳を取り上げ、その気持ちを詩に書きました。それが有名な「雨ニモマケズ」の詩だったのです。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏の暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ嗔ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウに入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ

何度も読んだことがあるこの「雨ニモマケズ」ですが、こうして賢治の一生を追ってみてはじめて直にこの詩の真髄に触れたような気がしませんか。

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昭和6年11月3日、花巻に戻った賢治は病床で手帳に「雨二モマケズ」を書いた。

賢治は農民のために何もできない自分を叱咤激励するかのように、病床で詩や童話を書き続けました。
「グスコーブドリの伝記」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」「セロ弾きのゴーシュ」手元にある粗末な紙に書いては消し、また書きくわえながら、この頃に完成しています。
しかし、この作品も当時、何の評判にもなりません。
病気で花巻に帰ってから二度目の夏が終わった九月、また賢治は発熱しました。
賢治の病気を知らない人が肥料のことをたずねてやってきて、一時間も話したためまた病状が悪化したのにちがいありません。
医者がすぐに呼ばれましたが、もう手遅れでした。
両手を胸の前で合わせ、法華経を唱える賢治の枕元で父政次郎は必死で涙をこらえながら、こういいました。
「賢治、お前もなかなかえらかった」
その時、賢治はにっこりと微笑んで、こう答えたのです。
「俺もとうとうお父さんにほめられたもな」
それから賢治は水を少し飲んで、ゆっくりと目を閉じました。
時に昭和八(1933)年九月二十一日午後一時三十分のことでした。享年三十七歲。
父親は賢治の遺言通り「国訳妙法蓮華経」を翌年六月に刊行し、賢治の霊を弔いました。人のために生き、人のために死んだわが子をいつまでも理解し、最後の最後まで深い愛を捧げた父宮澤政次郎あってこそ賢治の一生があったような気がしてなりません。
こうして、宮澤賢治の一生を早送りで、辿ってみると、賢治が何としても自立しようという意志がよくわかります。しかし同時に、世の中がそんなに甘くないという現実も見えてきました。
誰かが人のために生きようとすれば、またその人自身を支える愛も必要です。
あなたの子供がもし賢治のような子供だったら、あなたは心配ですか?

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▶この特集が収められているのは…?

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井上ひさしが中心となって編集し、劇団こまつ座の公演紹介も兼ねた雑誌『the座』。貴重かつ入手困難な第23号(1月20日配信)は、「雨ニモマケズ」の真髄がわかる、宮澤賢治の生涯を辿った特集・第二弾!『イーハトーボの劇列車』というタイトルで配信中です。

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