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中上健次は殺人事件がお好き?中上文学に影響を与えたニュース報道

戦後生まれとして初の芥川賞を受賞したことでも知られる大作家・中上健次は実は大の殺人マニアでもありました。今回は、中上文学とニュースを騒がせた殺人事件との関係を探ります。

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『枯木灘』、『千年の愉楽』といった数々の名作で知られる作家・中上健次は、戦後生まれとして初の芥川賞を受賞し、1992年に亡くなるまで純文学のトップランナーとして活躍しました。この中上の代名詞といえば彼の出身地(和歌山県新宮市)である被差別部落をモデルとした「路地」です。「紀州サーガ」と呼ばれる中上の作品は、この「路地」を舞台に社会から排除され、血と土地の宿命を背負った人びとの悲劇を濃密な文体で描き出しています。

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社会から差別され排除された存在を徹底的に描こうとした文学者といえる中上健次。しかし、彼にとって社会から差別された人びとの生きる「路地」的なものは自らの故郷の被差別部落ににとどまりませんでした。中上が描き出す「路地」的なものには、「悪」として忌避され、週刊誌やワイドショーでスキャンダルとして消費される「殺人犯」という存在が重ねあわされていたのです。

そこで、今回は中上文学の「路地裏」というべき、中上健次と「殺人事件」にまつわるエピソードについてふれてみます。

 

中上健次と永山則夫

戦後生まれの作家として「純文学」の世界を支えてきた中上健次ですが、実は一貫して週刊誌やワイドショーを賑わせる話題に非常に強い関心を持っていました。なかでも特に関心を持ったのが「殺人事件」です。中上は初期から殺人事件に頻繁に言及し、時には作品の題材としても積極的に取り上げてきたのです。この殺人事件への関心が初めて現れるのが「永山則夫事件」です。

中上は、文芸誌にデビューする以前、『文藝首都』という同人雑誌を中心に作品を執筆していました。ここで書かれた作品群のなかで小説以上に強い印象を与えるのは永山則夫事件を論じた「犯罪者永山則夫からの報告」というエッセイではないでしょうか。

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永山則夫事件は、1968年から1969年にかけ、当時19歳の少年・永山則夫による連続警備員射殺事件です。悲惨な家庭に生まれ、上京した後は中上が入り浸ったジャズ喫茶でボーイをして中上と同じ空間を共有していた永山が起こしたこの凶行に、中上は強い衝撃を受け、この長文のエッセイを執筆しています。

この「犯罪者永山則夫からの報告」において、中上は永山則夫に強く自己同一化していくのです。

この永山則夫という犯罪者は無数の永山則夫のうちの一人なのだ。永山則夫の具体的な容貌のイメージを思い浮かべるさいに、むしろぼくの知っている若者を思えば良いようなものである。彼は肉体的になにひとつ欠陥があるわけではない。無数の永山則夫と、唯一者永山則夫の違いは、犯罪を行ったか、否かである。(中略)永山則夫はあなたであり、あなたの、本当はそうあってしかるべき姿なのである。

「犯罪者永山則夫からの報告」

「我々は無数の永山則夫なのだ」と語る中上は、殺人を犯した永山と殺人を犯さずに小説を書いている自分自身を比べて「ぼくは無数の永山則夫の一人でありながら、唯一者永山則夫(殺人犯)でなかったのか」という問いかけを自らに投げかけるのです。すなわち、中上にとって永山則夫という殺人犯は、ほんの小さな偶然によって道が分かたれてしまったもう一人の自分なのです(実際、中上は芥川賞の授賞式において、自分は永山則夫になるところだったんだ、と涙を流しながら編集者に語っていた、ということが伝えられています)。

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このように中上は、小説を書くことと殺人を犯すことが表裏一体であるという認識から出発しているのです。しかし、この永山への思いは若気の至りというものではありません。事件から22年後、死刑判決を受けながら、獄中で小説を書くようになった永山が日本文藝家協会に入会しようとし、作家たちから入会を拒絶されるという事件が起きます。そこで、中上は永山の側にたち、自ら日本文藝家協会を脱退します。これも、永山への中上の思いを示すエピソードといえるでしょう。

▶︎過去記事:【不倫・盗作・殺人】文豪たちの泥沼エピソードまとめ

 

殺人事件マニアとしての中上健次

この中上の殺人への強い関心は永山則夫事件だけにとどまりませんでした。中上はその後も週刊誌や三面記事に踊る殺人事件に関心を持ち、そして自身と殺人犯を重ねあわせ続けるのです。

例えば1985年に映画のシナリオとして書かれ、87年に小説化された『火まつり』という作品があります。これは、実は1980年に中上の郷里ともほど近い三重県熊野市で実際に起きた「一族七人殺人事件」を題材とした作品です。「一族七人殺人事件」は当時44歳の男が、突如自分の一族七人を猟銃と斧で惨殺し、最終的に男も動機もなにも語らずに自殺してしまうという事件です。

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この事件はあまりの凄惨さから、横溝正史のミステリ小説『八つ墓村』のようだと当時の週刊誌で話題となりました。今ではほとんど忘れ去られてしまった事件なのですが、中上はある作品の中で、この事件について「自分がいままで書いて来た小説の顕現化だと思った」(『熊野集』)とまで書いています。

とはいうものの、今風に言えば突発的な銃乱射事件に近いこの事件が、中上文学を体現していると果たして本当に言えるのでしょうか。むしろ、ここには殺人事件に異様に興奮し、過剰に殺人犯に自己同一化する中上健次の「殺人事件マニア」としての姿が見られるのではないでしょうか。

そのような中上の「殺人マニア」ぶりを示すエピソードとして興味深いのは、84年から85年頃のワイドショーを席巻した「ロス疑惑」の三浦和義に対する中上の反応です。 「ロス疑惑」はロサンゼルスで起きた三浦和義夫妻銃撃事件を発端とする事件です。この銃撃事件によって妻を亡くした三浦和義は悲劇の人としてメディアで同情を集めます。しかし、その後、銃撃事件はこの三浦が計画したもので、三浦による保険金目当の殺人であるという疑惑が巻き起こり、週刊誌やワイドショーで加熱報道が行われました。

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この「ロス疑惑」に関しても中上は非常に強い関心を抱きます。それどころか、中上は、疑惑の人物である三浦和義にコンタクトをとり、三浦の新しい妻と対談をするなどこの「ロス疑惑」という事件に強くコミットするのです。そして、「三浦和義の「物語」と「現実」」という「ロス疑惑」をテーマにした対談において、中上は三浦和義と自分自信とを同一化し、「ああいう人物は、作家として書きたい」と共感を示す発言を繰り返しています。「三浦さんの向こうに無数の三浦さんがいる」とも語っているように、ここには永山則夫事件と全く同じ「殺人犯」への自己同一化が存在しているのです。

中上健次は永山則夫のみならず無数の殺人犯に自己同一化を行います。この殺人事件への中上の異様な執着は、いわばヤバいものに憧れる「中二病」的な中上の側面を示しているのではないでしょうか。

 

夢の力としての小説――「蛇淫」

「殺人事件マニア」としての中上健次。それでは、この中上の殺人事件への執着は彼の作品にどのように反映されているのでしょうか。そのヒントとなるのは「夢の力」というエッセイです。というのもこのエッセイでは「殺人事件」を文学化する中上の方法論が示されているからです。

このエッセイにおいて中上は、殺人事件が掲載されている三面記事を一種の「怪異譚」が掲載されるメディアとしてとらえています。「“殺人事件”という事実を記す新聞記事は、実はもっとも虚構的な怪異譚である。そして、このような事実として語られる怪異譚こそが、自分の小説を書く上でのアイディアを与えている」と中上は語っているのです。

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ここで殺人事件の小説化の具体例として挙げられているのは1975年に書かれた「蛇淫」という短編小説です。この小説も「火まつり」と同様に1974年に起こった「市原市両親殺人事件」という殺人事件を題材に書かれています。この事件は千葉県市原市でタイヤ販売業を営む夫婦の長男が、女性関係と生活態度を両親から咎められたことを逆恨みし、長男が両親を殺害する、という事件です。

それでは、中上はこの「市原市両親殺人事件」を、いかなる意味で「怪異譚」だと捉えているのでしょうか。中上はこのエッセイにおいて具体的に語っていません。しかし、その意味は実は実際の新聞記事にあたってみると見えてきます。驚くべきことにこの事件の犯人は、父親を殺害したのは母親であり、自分は母親を殺しただけだ、と主張するのです。この事件には長男のみならず「母親」というもう一人の殺人犯がいた。それはあまりにも突拍子もない主張です。結局、犯人の主張は受け入れられず死刑判決を受けます。

しかし、この突拍子もない犯人の主張に、中上が「殺人事件」の怪異譚としての性質を受け取ったことは想像に難くありません。実際に「蛇淫」という小説では、「路地」を舞台に母と恋人という二人の女がいかに主人公を両親殺害に追い込んでいくかが描かれているのです。「蛇淫」というタイトルにもあるように、主人公は「蛇」としての女によって、殺人へと誘惑されて行きます。

中上は、「市原市両親殺人事件」の犯人の奇怪な主張を、「路地」の悪夢として見事に昇華しているのです。

 

むすびに

「純文学」といえば、高尚なテーマを扱うものという一般的なイメージもあることでしょう。しかし、そのテーマの源泉となっているのは、私たちの日常にありふれているニュース報道であったりもするのです。皆さんも、お気に入りの作家がどのようなニュースに関心を持っているのか、独自にリサーチをしてみてはいかがでしょうか?作品を読み返したときに、作家の新しい側面が発見できるかもしれませんよ!

 

【編集部からのお知らせ】

戦後生まれ初の芥川賞作家であり、昭和という時代を疾走し、46歳の若さで夭折した作家・中上健次。2016年は中上健次の生誕70年にあたり、記念事業として「中上健次電子全集」が、4月15日より配信開始されました。

中上健次電子全集 第1回 「紀州熊野サーガ1 竹原秋幸三部作」は、中上健次の代表作『岬』『枯木灘』『地の果て 至上の時』が初めて1巻に収録された贅沢な巻となっています。

中上健次の貴重なスナップ写真や、生原稿等の資料は勿論、「紀州熊野サーガ」作品群を読み進めるのに参考となる「作中登場人物家系図」といった特別付録に加え、長女・中上紀氏が寄稿した回想録「家族の道端」第1回も収録され、中上文学ファン垂涎の構成となっております。

http://ebook.shogakukan.co.jp/nakagami/index.html

中上

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