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【2020年本屋大賞】小説家・凪良ゆうのおすすめ作品

世間から一方的に「加害者」と「被害者」の関係にされてしまった男女の交流を描いた『流浪の月』で、2020年本屋大賞を受賞した凪良ゆう。世間から置き去りにされてしまった人々の姿を繊細な筆致で描く作家です。今回は、『流浪の月』を含む凪良ゆうのおすすめ作品をご紹介します。

繊細かつやさしい筆致で、世間の考える“ふつう”の基準からこぼれ落ちてしまう人たちの心の動きを描き、多くの読者からの支持を得ている小説家・凪良ゆう。今年4月には、誘拐事件の「被害者」と「加害者」に仕立てあげられてしまったふたりの男女の関係を描いた長編小説『流浪の月』で、2020年本屋大賞を受賞したことも大きな話題になりました。

今回は、これから凪良ゆう作品に手を伸ばしてみたい方に向けて、『流浪の月』を含む凪良ゆうのおすすめ作品のあらすじと魅力をご紹介します。

『流浪の月』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4488028020/

2020年本屋大賞を受賞した『流浪の月』は、世間から一方的に「被害者」と「加害者」の関係にされてしまった少女と青年をめぐる物語です。

主人公は、幼い頃から“変な家の子”という理由で仲間はずれにされてきた少女・家内更紗。更紗は、子どもの前でも平然と過激な映画を見たり、昼間からお酒を飲んだり、気が向いたときにしか料理をしなかったり──と自由奔放な性格の母親とそんな彼女を愛する父親に育てられ、“やばい家族”と周りに陰口を叩かれても意に介さず、幸福な毎日を送っていました。

お父さんとお母さんがやばい人でも、わたしはふたりが大好きで、やばいことになんの不都合も感じなかった。

しかしそんな更紗の生活は、父親が急逝し、それをきっかけに母親が家を出ていってしまったことで一変します。更紗は、世間からずれたふるまいを許さない窮屈な伯母さん一家に預けられ、従兄である孝弘に夜な夜な性的な嫌がらせを受けたことで、ここではないどこかに行きたいという切実な思いを抱くようになりました。そんなとき、更紗が公園で出会ったのが、更紗と同級生の小学生たちに“ロリコン”と噂されている大学生の青年・佐伯ふみでした。

文が「帰りたくないの」と言う更紗を自分の家に招き入れたことで、更紗はごく自然に文の家で暮らし始めます。“ロリコン”と噂されている文に更紗は不思議と嫌悪感を覚えず、むしろ、彼と話しているうちに自由だった頃の自分を少しずつ取り戻しているような感覚になっていくのでした。

しかし、更紗の家出がニュースになり、夏の日にふたりが訪れた動物園で通報をされてしまったのをきっかけに、更紗と文の名前は「誘拐事件の被害者と加害者」として世間に記憶されてしまうこととなります。

更紗と文の関係は、一度は世間によって引き裂かれますが、ふたりはその10数年後、偶然にも再会を果たします。そのとき、更紗にも文にも恋人がいましたが、更紗は恋人からのDVがきっかけで彼から逃げたいと感じており、文にも、心の底から恋人のことを愛することができない事情がありました。

久しぶりに文に再会した更紗は、「わたしは、昔、どんな子だった?」と尋ねます。

「すごく自由だったよ」
今の自分からはかけ離れた感想だった。
「よく知らない他人の家で、きたその夜からぐうぐう寝て、次の日も帰らず、俺が用意した朝食を食べ散らかしてまたぐうぐう寝てたし、目玉焼きにケチャップかけるし、過激なバイオレンス映画を観るし、ちょっと引くほどのびのび暮らしてた」

更紗にとって文が唯一の安心できる場所であったのと同様に、文にとって更紗は“自由の象徴”そのものでした。更紗と文の関係は恋愛とも家族愛とも少し違ったものでしたが、お互いの存在がお互いにとってなくてはならないものだということは共通していました。ふたりはここから、新たな関係と生活をふたたび構築していこうとします。

『流浪の月』は、社会から一方的に“変わり者”、“はぐれ者”という烙印を押されてしまった人たちをやさしくすくい上げるとともに、この世に存在するあらゆる関係を否定せず、祝福するような物語です。恋愛ではないけれどそれ以上に確かで繊細な人間関係を真正面から描いた、いまの時代だからこそ広く読まれてほしい一作です。

『神さまのビオトープ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4062940671/

『神さまのビオトープ』は、凪良ゆうが2017年に発表した連作短編集です。凪良ゆうは2006年のデビュー以来長らくボーイズラブ作品を手がけてきましたが、初めて女性を主人公とする小説を発表し、本作をきっかけにより広い読者を得ました。

主人公は、事故で突然死した夫・鹿野くんの幽霊と暮らしている女性、うる。結婚2年目だった最愛の夫が急に他界してしまったことを受け入れられずにいた彼女は、葬儀を終えたばかりのその当日、自宅の縁側に当然のように座っている鹿野くんの姿を見てしまいます。

またぺたぺたと素足を鳴らして居間に戻ると、縁側に見慣れた背中があった。
「あ、うる波ちゃん」
鹿野くんが振り返り、わたしはその場に立ち尽くしてしまった。
「叔母さん、帰った?」
「……え? ああ、うん」
とりあえず返事をした。驚きすぎてごく普通の反応しかできない。
「悪い人じゃないけど、いろいろ雑なんだよね」

始めは動揺したうる波でしたが、鹿野くんの幽霊が自分だけに見えているということがわかると、「どうして」という疑問を飲み込み、このまま鹿野くんと暮らしていこうと思うようになります。

わたしは首を横に振った。死んじゃったのにどうしてここにいるの、という質問を力任せに飲み込んだ。幼稚園児の落書きみたいにデタラメで、緻密に組まれたステンドグラスみたいに美しく、グラスの縁いっぱい表面張力で保っている水面のようなこの光景は、たったひとつの不用意な質問で、ぱっと消えてしまいそうな脆さがあった。

鹿野くんが生きていた頃となんら変わりのないふたりの仲睦まじい生活は、親戚や近所に住む友人たちに時折、奇異の目で見られながらも穏やかに続いていきます。心の奥底では「こんなのおかしい、間違っている」とわかっているうる波ですが、それでも彼女は、自分ひとりで夢を見続けることを強い意志で選んでいるのです。

自分の夢は自分の手でしか守れない。世界中から否定されるかもしれないし、誰にも信じてもらえないかもしれない。だから覚悟が必要なのだ。わたしたちが見る夢の板子一枚下は地獄だけれど、だからこそ死ぬほど幸せなのだ。

うる波が見ている夢は、世間からは「正しくない」と糾弾されてしまう類のものかもしれません。しかし、そこに覚悟があればいつまでも現実の「正しさ」に帰る必要はないということ、そして、人を一途に思い続けることははかなくも美しいということを教えてくれる作品です。

『わたしの美しい庭』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4591164853/

『わたしの美しい庭』は、マンションの屋上にある“縁切り神社”に救いを求めてやってくる人々と、そこに住む人たちをめぐる物語です。2019年12月に発表された本作は、2020年5月現在、凪良ゆうの最新作です。

宮司の息子である統理が住むマンションの屋上には、狛犬に護られた朱塗りのほこらのある御建みたて神社、通称“縁切り神社”があります。統理は隠居した両親に代わり、神職としてその神社を管理しながら、養女である小学生の女の子・百音もねとふたり暮らしをしています。彼らが暮らす部屋には朝になると、同じマンションに住むゲイのバーテンダー・路有ろうがやってきて、3人で朝食をとります。

「ほい、朝飯できたぞ。食え食え」
路有が言い、わたしたちは食卓に着いた。いただきますと手を合わせる。
梅干しと紫蘇の葉とごまを混ぜたおにぎり、玉ねぎと輓肉のオムレツ、トマトサラダにはカリカリじゃこドレッシング。キャベツとベーコンのお味噌汁には、なぜかカットされたバタートーストが添えてある。一枚だけ残っていたそうで、変な組み合わせだと思ったけれど、お味噌汁に浸して食べると、じゅわっとバターの風味が口の中に広がってすごくおいしい。
「味噌とバターは合うんだ。具もベーコンにしたし」
ふふんと路有が笑う。うちの朝ご飯は路有が担当だ。

思わず笑みがこぼれてしまうほど美味しそうな食事の描写も、本作の大きな魅力のひとつ。統理と百音、そして路有には血縁関係はないものの、3人はまるでひとつの家族のようにゆるやかにつながり、穏やかな毎日を過ごしています。

統理が欠かさずに手入れをし、季節ごとに美しい花々が咲き乱れるマンションの屋上には、“縁切り神社”で悪縁を断ち切ろうとする人々が代わる代わる訪れます。

ちっちゃな鉄砲みたいなサルビアの花に話しかけていると、奥の小道から女の人が現れた。初めて見る人で、マンション住人じゃないし、いつもお参りにくる信者さんでもない。女の人はうつむきがちの猫背で歩いていく。向こうで統理も挨拶をしたけれど、女の人はやっぱり無視して、のそのそと人嫌いなクマのような歩き方で屋上から出ていった。

縁切り神社を訪れる人々は、40代で未婚であることを周囲から咎められている人やうつ病を患っている人、過去の恋愛を忘れることができないセクシャルマイノリティの人など、皆、世間の「ふつう」の基準から少しはみ出してしまったがゆえの生きづらさを抱えています。彼らは時に縁切り神社の力を借りつつも、世間の目に惑わされず、自分が生きる上で本当に必要な“関係”を自分の手で選び取ろうと奮闘するのです。

それらの人々を見守る統理たちは、“幸せに決まった形なんてない”と言い続けます。世間が押しつけてくる“幸せ”や“ふつう”の形に疑問を抱いたり、疲弊したりしてしまっている方には、ぜひ読んでほしいやさしい物語です。

おわりに

凪良ゆう作品に登場する人々は、境遇は違えど、皆「正しさ」から置き去りにされてしまった、社会と相容れない人たちです。それには社会的にマイノリティと呼ばれる人々はもちろん、昼間からお酒を飲んだり、幽霊と話し続けたり──といった、世間から白い目で見られることも受け入れた上で自由を謳歌している人々も含まれます。

凪良ゆうは、人々の多様な関係のあり方を描くと同時に、誰かにとっての「やさしさ」や「親切心」は社会の片隅でひっそりと生きることを選んだ人にとって時に刃にもなりうる、ということを真正面から描いている作家です。生きづらさ、社会との相容れなさに悩んだことがある方にとっては、凪良ゆう作品はきっとお守りのような存在になってくれるはずです。

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