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新刊『夜を聴く者』の魅力について作者自身に批評してもらった。【坂上秋成インタビュー・前編】

2016年に新刊『夜を聴くもの』を発表した坂上秋成氏。かつてはあの東浩紀のもとで批評家としての訓練を積んだ坂上氏の歩みを探ります。

『夜を聴く者』の挑戦。社会の〈曖昧なもの〉たち

—なるほど。では、今回発売された第2作『夜を聴く者』の話題に移ります。この小説は「鍼灸師」という具体的な職業にまつわる作品でもあるということで、非常にリアリスティックな、端正な文章で書かれているのが印象的でした。メルヘン的・ファンタジー的にも映る『アリス』の次がこの作品ということで、いち読者として私もとても驚きました。このように作風を変化させたのはどうしてでしょう。

坂上:『アリス』が柔らかい空気の小説だったので、次はある程度硬質で、現実社会と結びついた作品にしようということは考えていたんです。そのために三人称を使ったり、登場人物の身体性にこだわったという感じです。 

人と人との関係を示す言葉の数は、この世界に刺して多くはないようだった。既存の言葉をできる限り思い浮かべたが、ミハイはしっくりくるものを見つけ出せなかった。分かりやすいものが欲しいな、と彼は独りごちた。彼は、長い時間の中で曖昧になってしまったトウヤとの距離を正確に測り、誰が見ても分かりやすいものにしてくれるような言葉を求めていた。

『夜を聴く者』より

 

それから、『夜を聴く者』では〈曖昧なもの〉に人間がどう向き合っていくのかを記述したかったというのがあります。色々なモチーフを詰め込んだ作品ですが、「東洋医学」「同性愛」「ソーシャルゲーム」「ブラック企業」などを〈曖昧なもの〉として扱うことで、これまでにないタイプの小説が書けるのではないかと考えていました。

東洋医学には東洋医学の論理がしっかりと存在するんだけど、それは西洋医学とは大きく異なる意味での論理だし、曖昧に見えてしまう部分も少なくない。同性愛に関しても、それが性愛なのか友情なのかという感情の区分は明確にできるものではないと思うんです。そうした曖昧性を上手く言葉に落とし込みたかった。

—社会的な無理解が未だに残っているせいで、その存在を支えているものが希薄だという意味での不確かさですね。「ソシャゲ」や「ブラック企業」についてはどうでしょうか。大きく性質が異なるように思いますが……

坂上: 僕もソシャゲに相当課金して後悔した経験があるんですが、結局そこで得ているものが何なのかというのは難しいんですよね。それはただのキャラクターデータに過ぎないはずなんだけれど、射幸心や自己顕示欲、キャラへの愛情などが複雑に入り混じっている。ブラック企業に関しては、そこに飲み込まれ疲れてしまった人にとって、辛い場所であることを頭では理解できているのに、現実にどう対処すればいいのか分からなくなるという局面が多く存在します。そうした点で、この2つもまた曖昧さを持っていると考えています。

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坂上:ただ、そうした〈曖昧なもの〉に対して、明確な対処法を提示したかったというわけではないんです。最後の一文を読んでもらうと分かりますが、問題がピシッと解決したものではないですよね。主人公のミハイが満足しているようにも見えるし、強い孤独に怯えているようにも見える。おそらく、読者の見方によって結末が変わるような終わりになっているんじゃないかなと。『アリス』は明確なハッピーエンドのつもりで書いたから、『夜を聴く者』はオープンエンドにしてテーマに合わせたいという気持ちもありました。

—まったく異なる作風の2作ですが、どちらの作品とも「性」に関する描写が際立っているように感じました。「性」は坂上さんの作品の中で大きな意味を持つものなのでしょうか。

坂上:そうですね。僕は性に紐づく描写やモチーフを入れないと書けないんだと思います。

『夜を聴く者』ではミハイがトウヤを治療するシーンがありますが、あれは実質的にはセックスシーンみたいなものです。鍼灸というのは鍼を人間の身体に刺すわけだから、普通に考えれば「攻撃」なんですよね。ところが実際にはその行為によって人が「治療」されてしまうわけです。そうした「攻撃」と「治療」というイメージのズレを、ミハイとトウヤの性的な感情のズレに重ねて書いた部分もあります。

ただ、終盤の治療シーンについて補足すれば、当事者であるミハイとトウヤにとって、あの場面で性的な関係性はなくなっています。患者としてやってきたトウヤの加齢を感じさせる肉体と疲れた顔を見た時から、ミハイにとってトウヤは治療すべき「モノ」になっている。

ミハイがそのとき触れているのは、愛しい友の身体であると同時に単なる肉塊とも呼べるものだった」というシーンがあるけどそこが僕にとってもキモですね。彼らの関係性から性的なものが抜け落ちたまさにその瞬間こそが、読者にとってはもっともセクシャルに映るように書きたかったんです。

—今回色々と教えていただいたのですが、例えば作品についての同様の問いをTwitterなどで読者に投げかけられた時に、同じように答えられますか?

坂上:今日話した内容に関してもそうですけど、僕は書いた人でしかないという立場です。「どういうつもりで書きましたか?」という問いにはその時の気持ちを答えますが、「そこにどういう意味があるのか」と聞かれたら、いち読者、いち批評家として答えるというスタンスをとっています。

ー書いているときは”小説家”坂上秋成、書いた後は”批評家”坂上秋成というわけですね。では、前編の内容はここまでで、後編では「テクノロジーと危機の時代の文学」というテーマについて、批評家としてお話ししていただきます。

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【次回予告】
インタビュー後編では、21世紀にサブカル領域と純文学はどのような関係にあったのか、人工知能などのテクノロジー領域における進歩、加速する資本主義のなかで、文学はどのような役割を果たすべきかなど、坂上秋成氏の批評家としての側面を探ります。4月中旬以降の公開をお楽しみに!

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