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テクノロジーと社会不安の時代の文学【坂上秋成インタビュー・後編】

「近代文学の終わり」が叫ばれた21世紀にあって、〈文学〉は何をすべきなのか。作家・坂上秋成氏が「ゼロ年代批評」「ラノベブーム」「これからの文学の役割」について語ります!

文学はまだ終わってない。文学が担う、これからの役割

—そこで、「文学はまだ終わってない」という話になるのですね。ではここから、文学ないし広義の〈人文知〉がどのように延命・発展していくのか、というテーマに移らせていただきます。2016年においての、坂上さんが考える文学の可能性を教えてください。

坂上:最大の問題は、フィクションがどのように役に立つものなのかを、人々が実感しにくくなったことです。こと日本に関して言えば、東日本大震災を初めとする地震への不安、それに伴う原子力発電所の問題、憲法の改正問題、オリンピック開催への不信感、テロの脅威など、社会的な緊張が日を追うごとに高まっています。こうした状況では、虚構としてのフィクションよりも、社会問題や個々人の日常に対して即時的に有効性を発揮する新書のようなものの需要の方が高まるのは当然のことです。

—ではフィクションの有効性が見出せなくなっている中で、何を文学の世界に求めればいいのでしょう?

坂上:「文学の使命はこれである」というような射程の広い回答を出したいとは思っていません。その上で、現状で文学が担える役割として、二点考えていることがあります。

一つは、マイノリティーの問題を扱うことについて文学が非常に長けているということ。僕は『夜を聴く者』でも、デビュー作である『惜日のアリス』でもジェンダーやセクシャリティに関わるテーマを作品に取り入れています。それは自分が書きたいテーマだったからというのも勿論あるんですが、同時に、小説内のキャラクターを通して、性に対する読者の生理的感覚をずらしたいという気持ちが強かったからなんです。

近年、LGBTと言う言葉に象徴されるように、性的マイノリティーの問題は社会的に取り上げられるようになっていますが、それはただの情報として処理することはできないものです。仮に新書などで「ゲイやレズビアンとはこういうものだ」ということを知っても、そこに実感が伴わないなら、それは現実的な有効性を持たない「知識」に留まってしまう。

自分の身近にLGBTがいる時に実際どのように感じるのか、LGBTが自然なものとして扱われる社会とはどういうものなのかといった点を、生理的なレベルで理解してもらうことで見えてくる問題の本質というものがある。そしてこの生理のレベルに入り込むことこそが物語の機能であり、文学の重要な役割だと僕は考えています。

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—なるほど、マイノリティーに対して社会的影響力を与える手段としての文学ということですね。では文学が担うもう一つの役割とはなんでしょうか。

坂上:大仰に聞こえるかもしれませんが、一種の予言書としての文学というものが、これまで以上に重要になっていくと僕は考えています。

佐藤嘉幸/田口卓臣『脱原発の哲学』で詳しく取り上げられていますが、ドイツの思想家であるギュンター・アンダースは「アポカリプス不感症」という言葉を用いて、人間の想像力には限界があると説いています。核兵器で言えば、それが根絶されないのは、結局のところ核兵器が使用された後の終末的世界について人間が上手く想像できない、不感症のような状態にあるからだというのがアンダースの考えです。

これについて僕は完全に同意しています。知識を得ていることと、それを使って未来を上手く想像するということはまったく異なっている。どうしても、危険性や脅威に対する想像力には限界があって、そこはフィクションのような装置を使って生理的なレベルから補う必要があるんです。

だから、ネガティヴなものでもポジティヴなものでも、いずれ現実社会に訪れるであろう出来事を物語として昇華し、読者の生理的感覚に対してフィードバックさせられるなら、文学は大きな役割を担える。予言書としての文学といったのはそういう意味です。それを考えると、この先小説を書く上で、誰にとってもテクノロジーの発展は無視できない問題になると思います。

 

精神に幸福を。テクノロジーに対して人間ができること

—テクノロジーを文学に取り入れていくということは、それこそSF小説のように未来社会を描くことが、これからの文学の使命ということになるのでしょうか。

坂上:完全にSFに寄せなければならないということではなく、今書かれる意味のある小説を作ろうとすれば、自然とテクノロジーの要素は作品に入ってくるはずだということです。

最近の日本の作品で言えば、人工授精が当然のものとなった世界を描く村田沙耶香『消滅世界』や、人類がすでに何周も生を重ねているという壮大な設定を用いた上田岳弘『私の恋人』といった小説は、純文学の中にSF的な要素を取り込みながら、未来や現在の「人間」について模索しています。予言書のようでありながら、現在の人間の感覚をずらしていく効果を産んでいるんです。

この先の世界について考えることで個々人の意識や想像力を変化させようとするなら、文学はテクノロジーと共犯関係を結ぶことで存在感を保つことも必要になるでしょう。

 

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—テクノロジーの発達は確かに目覚ましいですね。2016年に入ってから、星新一賞の一次選考を人工知能が書いた小説が通過したというニュースも話題になりましたが、技術の発展に伴って、かつて人文学の基盤にあった〈人間〉という領域の再定義が余儀なくされているようにも感じます。

坂上:この先、ロボットやAIが人間を代替して仕事を奪っていくというのは間違いないと思います。ただ、「機械が奪う職業ランキング」のようなものでは販売員や事務員がその上位に来ますが、コミュニケーションが重視される職業に関しては、まだしばらく人間が中心に置かれるはずです。とりわけ、メンタルケアのような仕事をAIが代替するというような状況はそう簡単には訪れないでしょう。相手がAIだと意識した瞬間、多くのメンタルケアの効果は薄れてしまいますから。

それを踏まえると、これからは人間によって行われる仕事の中で、「内面や精神の領域において、どれだけの幸福を提供できるか」という評価軸が重要になっていくと思います。何をもって〈人間〉とするのか、〈人間〉のアイデンティティはどこにあるのかという問いが浮かび上がってくる中で、一定のモデルを提供するのも文学の仕事になるはずです。

 

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—そういった思いもあり、鍼を(はり)を打って疲れた人たちのケアを行う鍼灸師という職業を『夜を聴く者』で描かれたのですか?

坂上:はい。作中で「未来に向けて鍼を打っている」という描写があるのですが、そういった思いで書きました。

 ミハイのもとへは、以前通っていた患者がしばしば菓子折りを持って訪れる。彼らは今の生活がどれだけ充実しているかを、楽しそうに語る。その様を見ていると、ミハイは蒔いた種が長い時間の先で確かな身を結んだのだと実感することができる。彼は患者に向けて無数の鍼を打ちこみ、彼らの濁りや澱みを消していく。そのようにして世界の歪みを正していけるならば、治療者の生が孤独に押しつぶされてしまうようなことはないだろう。
 そのように、彼は考えている。
-『夜を聴く者』p113

—坂上さんが今後、人々の心だけでなく文学全体にまで「鍼」を打っていくのが楽しみです。 本日はどうもありがとうございました!

 

【坂上秋成プロフィール】

1984年生。小説家、文芸批評家、ミニコミ誌『BLACK PAST』、『ビジュアルノベルの星霜圏』責任編集。

代表作に『夜を聴く者』『惜日のアリス』(河出書房新社)、「みんなのコミック」連載中の『BIRTHDAY GIFT』など。

『朝日新聞』、『産経新聞』、『共同通信』、『ユリイカ』、『cakes』、『4Gamer』、『週刊 読書人』などに批評を 寄稿。

 

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