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小説家はストリッパー? 女たちは何を守るか。【桜木紫乃『氷の轍』インタビュー】

直木賞受賞作家、桜木紫乃氏の新作ミステリーである『氷の轍』は、“最上級の人間ドラマ”を味わえる意欲作! 作者自らの女性観から、現代ミステリーに漂う「昭和っぽさ」まで、桜木氏にお話を伺いました。

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『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞した桜木紫乃氏の新作、『氷の轍』は、ロングセラー小説『凍原 北海道警釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂』に次ぐ、女性刑事の活躍を描いたミステリー作品。

北海道釧路市の千代ノ浦海岸で他殺死体となって発見された「滝川信夫」という独居老人の死と、彼のアパートに残されていた手紙の痕跡をめぐる謎を、主人公の「大門真由」とともに、寂れた北日本の風景を移動しながら、時間をかけて解きほぐしていきます。

さて、ABC創立65周年記念スペシャルドラマ(2016年11月5日、よる9時から放送)での映像化を前提に企画されたという『氷の轍』ですが、 小説の執筆にあたり、ドラマプロデューサーから桜木氏が参考作品として提案されたミステリーは、水上勉の『飢餓海峡』(1963)だったとか。

もちろん、『飢餓海峡』の時代と現代とでは作品を取り巻く時代背景が大きく異なるものの、“東京育ち、ギリギリ昭和生まれ”の読者には、どこか昭和的な“血とカルマ”の世界を感じさせる作品なのです。

そんな問いを胸に、桜木作品に流れる「女の系譜」、さらにはその「昭和っぽさ」について桜木氏に伺いました。

 

「雪女」に「ストリップ嬢」……桜木紫乃の描く女性たち

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——今回の『氷の轍』をはじめ、桜木さんの小説を読んでいると、北海道に生きる女性たちの“力強い系譜”を感じます。やはり、ご自身の出身である北海道にはこだわりをお持ちなのでしょうか。

 

桜木紫乃氏(以下、桜木): 私自身、特に場所にこだわりを持っているわけではないのですが、いかんせん北海道を出て暮らしたことがないもので、それが文章に出てしまうのが強みでも弱みでもあると思います。書き癖といいますか、私が書くと、どれも雪女が出てくるみたいな話になってしまって。 

 

——「雪女」というと、“強く・したたかな北の女性”、という風にも思えますが……。

 

桜木:どうでしょう……。私自身、北生まれ、北育ち、北に住んでいる女なので、自分が住んでいるのが「北」だという自覚はあまりないですね。「北」と決めたのは中央の人たちなので、北海道の人たちは、北にいることにあまりこだわっていないと思います。

「雪女」と言ったのは、私、だらしない男と腹をくくった女の話だったり、気がつけば男がヘタうって女に刺される話だったり、そういう題材ばかり選んでしまう傾向にあるんです。

 

——そう言った男女のお話は、昔からお好きだったのですか?

 

桜木:作家になるまで気がつかなかったですね。この書き癖について自分で思い当たったのも、つい数年前です。おそらくそれが、自分なりの書きやすいテーマなんだろうと思います。書きやすいことばかりなぞっていてもいかんなあ、と思うので、いろんな試みをしているのですが、気がつけばだらしない男が出てきて、ふっと気をぬいた瞬間に、女に刺されてしまう(笑)

 

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——この『氷の轍』でも、主人公の大門真由をはじめ、女性キャラクターたちの「芯の強さ」が非常に印象的でした。桜木さんが、女性を描く上で気をつけていることはありますか?

 

桜木:「気をつけていること」ではないかもしれませんが、同じ性の女性を描くことで、非常に残酷なことを言っていることはあるかもしれませんね。女の人たちって、基本的に残酷なので。それは自分を守るための残酷さで、彼女たちが生きていく上で忘れることも、覚えていることもすべて、“守ること”の結果なのではないかと思います。

 

——「守る」ということで言えば、『氷の轍』には八戸のストリップ劇場が登場しますね。創業者の女性がいて、その劇場を預かっている二代目の女性がいて、それぞれを取り巻く時代と人間のドラマがある。ここにもまた、「女の系譜」といっていいような要素を感じました。

 

桜木:ストリップは個人的にとても好きで、ストリップの踊り子さんたちがやっていることは、すべてフィクションだと思っているんですね。服を脱いだ先にも、見せるためにしっかり絞った体だったり、怪我をしないように訓練をしたりした肉体があって。そんな踊り子さんたちのパフォーマンスを見るたびに、物書きとしては、「ただただ銭湯で裸になるようではいかん。自分の書きたいように書いて、日記になってはいかん」と、身の引き締まる思いがします。

 

——なるほど、とても腑に落ちます。ストリップというと、今の時代で広く楽しまれている娯楽ではないですが、色々と発見がありそうですね。

 

桜木:これから娯楽にしたい」という思いはあるのですけれどね。「清水ひとみ(※1)の時代よもう一度!『11PM』(※2)でカルーセル麻紀さんがおっぱい出してた時代にもう一度ならんかな」って。今はそういう表現に対する寛容さがなくなってきている時代ですけど、ストリップは文化です

(※1)「清水ひとみ」:1980年代に渋谷道頓堀劇場のアイドルとして活躍したストリッパー。“オナニークイーン”の異名を持つ。

(※2)「11PM」(イレブン・ピーエム):1965年から1990年まで放送されていた深夜番組。「裸のヨガ」「秘湯の旅」などのお色気企画で人気を博した。

 

 

桜木作品は昭和っぽい? 時代の変化と「現代ミステリー」

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——「清水ひとみの時代」について話題が出たところで、『氷の轍』から感じられた〈昭和〉の要素についてお話を伺いたいと思います。例えば、登場する八戸のスナックの名前が「慕情」だったり……。

 

桜木:(笑) 他に名前が思いつかないのよ! 「昭和っぽい」って言われることは普段もたくさんあるのですが、自分に違和感のないこと書いていたら、若い読者さんたちには「昭和っぽい」って思われてしまうのかしら。でも、今頑張ってる人たちはみんな昭和生まれの人たちだからね!

 

——(笑)「昭和っぽさ」ということに関して言えば、「滝川信夫」という独居老人の死をめぐり、「手紙」や「古本」が重要なアイテムとして浮かび上がります。そんな滝川老人の情報接点にも、現代との断絶があるように感じました。そういった断絶を用いることによって、『飢餓海峡』のような〈昭和ミステリー〉の世界と〈現代〉をつなげるための仕掛けにしよう、というような狙いはありましたか?

 

桜木:いえ、私はなにも、リクエストされたのが 『飢餓海峡』だから昭和っぽく書いた、ということではなく、自分が生きている現代をなんの違和感もなく書いたつもりです。

実際に、私の近くのおじいさんやおばあさんはインターネットのことをなにも知りませんし、古いアパートに住んでいて、「あの人、最近見ないね」というのも普通にある話です。

 

——なるほど。確かに、「スマホが登場するから現代ミステリーだ」というわけではないですね。

 

桜木:そうだと思います。ただ、スナックのネーミングに昭和要素を指摘されたのは初めてだったわね。気をつけないといけないかしら(笑)

「手紙」に関して言えば、若い人からしたら、「この情報化社会でここまで手順を踏まなきゃいけないの?」というような思いもあることでしょうが、“返事が怖い”と感じる年代もあると思います。今みたいな、コールアンドレスポンスの速い時代にあって、それが怖くてできない年代の人たちもいて……ひょっとしたら、今の若い人たちの中にも、返信のスピードの速さについていけず、傷ついている人もいるのかもしれませんね。

滝川老人のように、返事の来ない手紙を送り続けていたとしても、何も答えを欲しているわけではなくて、「生きててよかった」と思いたいがための行為だったのではないかと思うんです。返信を期待しないからこそできることもある。

 

——「滝川老人の手紙」と同じように、読者が大門真由とともに訪ね歩く地方の風景の中にも、昭和の時代からゆっくりとした積み重なった時間の層があり、その風景を通じて〈人〉の生きた時間が浮き彫りにされていくのが、とても面白いと思いました。

 

桜木:街って、意識的に維持しようとしない限りその姿を保てないですよね。新しくしようと働きかけないと、守れない。だけど、そこに暮している人たちは、自分たちの住んでいる場所が変わっているなんてことに気づかず生きているんじゃないかな、とも思うんです。

例えば、釧路の駅前って、何もないんですよ。夜になれば、古い街灯が人のいない通りを煌々と照らしていて。住民の方々は、湿原を埋め立てた住宅地に暮らすようになっていて、街の中心機能として駅前という場所があったはずなのに、気がつけば人が生活しているのはそこから外れた周縁の土地なんです。

街も人も、自分たちが緩やかに動いているということに気づかずに流されているんじゃないかな?  「あの駅前は古い」と皆が言うけれど、知らぬ間に、自分たちの居場所が変わっていって、通り過ぎた場所もまた変化しているんです。

 

——流れる時間の中で、何かを維持することの難しさや、変化に気づいたり気づかなかったりする人間、というテーマは、先ほどの「守る女」というお話とも通じそうですね。

 

桜木:そうですね。私は、「人が何を守ったか」という取捨選択は、すべて無意識に行われていることなのだと思います。私も無意識に書いていることが多いのだけど、読み返した時に「こういう風に生きてきたら、こうなるのが当たり前なのだ」と思えるようなストーリーが書きたいですね。

そうやって、ある人物にとっての“当たり前”が書ければ、今度はストーリーのきっかけになるような「誤解」も生まれてくるんです。この小説では、人生の中で生まれた誤解によって物語が動いていくので、そこをお楽しみいただければ、と思います。

 

——まさに、人生にはドラマがあるからミステリーがある、ということですね。

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編集後記

東京、地方を問わず、流れ行く時間の中では、人も場所も動き、流されていきます。寂れてしまった街並みや、人生の盛りを過ぎたお年寄りたちもまた、〈昭和〉という過ぎた時代の面影の中にただただ停滞しているわけではなく、それぞれの取捨選択の結果、様々な屈託を抱えながら、〈今〉という時間の中に漂着しているのです。

そのような想いを胸に『氷の轍』を読めば、人物ひとりひとりの人生に降り積もった、互いにまったく異なる〈時間〉の錯綜の中で、「誤解」が生まれ、「悲劇」に発展する……という“良質なミステリー”、そして何よりも“最上級の人間ドラマ”の要素が感じられることでしょう。

小学館から絶賛発売中の『氷の轍』、スペシャルドラマ(2016年11月5日、よる9時から放送)とあわせてお楽しみに!

 

【お知らせ】P+D MAGAZINE公式YouTubeチャンネルでは、桜木紫乃氏の著者インタビュー動画を前編・中編・後編に分けて公開中! こちらもあわせてお楽しみください!

 

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