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吉本ばななも激賞! 全女性を熱狂させた立原文学の傑作!

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昭和文芸を代表する稀代の流行作家・立原正秋

特に女性読者に圧倒的な人気を博した伝説の作家です。

中にはファンレターを送るだけでは飽き足らず、突然、鎌倉梶原の自宅へ、時間構わず押しかける“直接行動型”の女性ファンもいて、立原家の門前には「約束なき方とは面会謝絶」と書かれた自筆の立て札が立てられたほどでした。

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立原家の玄関に立てかけられた自筆の札(県立神奈川近代文学館 蔵)

1970年代当時、大人気の流行作家だったので、当然、その作品の多くが、映画やTVドラマになったりしました。

そんな中に、立原正秋が鎌倉を舞台に、一卵性三つ子の三兄弟が辿る数奇な人生と多彩な恋愛劇と青春群像を描き、かつ彼が初めて書き下ろした長編作品でもある「恋人たち」(1965年初版発売)という作品があります。

この作品は7年後に続編として「はましぎ」に繋がっていきます。

立原正秋没後まもなく、「恋人たち」「はましぎ」両作品を原作としたTVドラマが、TBS系列の「木曜座」枠(22時台)で全12回(1980年10月9日~12月25日まで)放映されました。

TVドラマ「恋人たち」は当時、相当な気合いが入って制作された作品らしく、大変豪華なキャスティングになっています。

主人公の道太郎に当時、人気絶頂の根津甚八。恋人・信子役に、かの大竹しのぶ(この頃は清楚で可憐な女優さんでした)。その妹役で、やはり道太郎に惹かれる典子に田中裕子。そして、幼い頃に誘拐されて行方不明となった道太郎の弟・六太郎に故・桑名正博……と、相応に話題を呼んだテレビドラマでした。(残念ながら、DVD化はされていないようです)

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「恋人たち」TVドラマ(TBS系列)の番宣用ポスター(県立神奈川近代文学館 蔵)

そんな「恋人たち」「はましぎ」が、立原作品の中で最も好きだと公言しているのが、現代の売れっ子作家のひとり、吉本ばなな氏です。

吉本氏が青春時代に、その作品を読み込み、現在も敬愛している作家の一人が立原正秋その人なのです。

今回、小学館より配信開始となった「立原正秋電子全集」第1回(2015年12月11日配信開始)で、吉本氏は立原正秋へのオマージュとして「立原正秋と私」というエッセイを寄稿しています。

今回、特別に、吉本ばなな氏の「立原正秋と私」を、全文紹介いたします。

作家同士だから感じ得るもの、そして、作品への共感と影響を味わってみてください。

 

<立原正秋と私>

吉本ばなな

私が立原正秋さんの小説を好きだと言うと意外だと言われることが多いが、まれに「ああ、わかります」と言ってくださる方がいる。

そういうとき「作者は読者を選ぶべきではない」ということをふまえたうえでも、私と立原先生の小説にある共通点を感じ取ってくれる人がいることを心から嬉しいと思う。

立原先生の小説に流れる独特の透明で強いトーンには、私の人生観を確実にゆさぶる何かがあった。大学生のとき友人にすすめられて読んだときから、彼の作品の中に行き場のなかった自分自身を見るような思いがなぜかあった。

言葉にしてしまうと決して妥協を許さない美しきものへの信仰、聖と俗の混合、にごったものへの単純すぎるほどの軽べつの念、性と食に貫かれる日常への固い信念…というようなことへの共通の考え方と言えるが「もともと生きるということを空しく思うものが、それでもどうにかして生命を燃やそうとしてしまう」ことをどういう考え方や身の振り方でしのごうとしたか、の類似だろうと思う。

あまりにも現実離れしていて極端すぎて、他人から見たらできすぎたおしばいかなにかのように思われて笑われてしまう一歩手前の生き方なのだが、私はそういう彼のことを尊敬し、深く通じ合うものを感じずにはおれなかった。今もそうだ。フィクションになるぎりぎり手前のところのリアリティ。そこにしかほんとうのものが見つからない、そう思う正直さを私は大事に抱いている。

私もまた、ばかにされたり愛されたりしながら、ある意味で中庸のない道を生きているからだと思う。

 

私にとって立原正秋先生の世界は、初期、中期、後期の別におおよそ三種類のテーマの作品群で存在している。

どれもが青春時代の思い出とともに今も愛おしく私の心に保存されていて、常に新鮮によみがえってくるのだが、「恋人たち」とその続編の「はましぎ」が、立原作品のなかで最も好きなのだ。

初期の短編「渚通り」には六と道太郎の原型がすでに描かれている。この奇妙に幻想的な小説の味は強い印象を残していた。ここに出てくる人々のあり方を、もっと日常の世界として生き生きと描いたのが「恋人たち」だと思う。

この青春としか言いようのない時代の乾いた匂いは、苦しいくらい切実に迫ってくる。私は少し年上の設定にある彼らの青春の姿をくりかえしむさぼるように読んだ。とくに「はましぎ」に出てくる人たちは私にとってもう本の中の人たちではない、友人のようになっている。あまり何度も読んだので、血となり肉となっているからに違いない。

人生の重大事があるたびに、ふっとこの小説に出てくる登場人物やいくつかのシーンや会話をまるで友人に聞いた話のように、あるいは自分が見てきたことのように思い出すほどだ。

この人々はそれぞれが自分なりの自分をまっとうするためにうそをつかずに生きている。それぞれが異なる自分の美学にのっとった姿勢を持っていて、いかなる状況でも、それを曲げようとしない。他者からの影響もほとんど受けない。

また一方で、心の揺れに惑わされながらどんどんあらぬほうへ流されてゆく人々も同時進行で描かれているのが、対比としてますます前者の迫力をきわだたせる。

それから「冬の旅」。

この小説の面白みは無常としかいえない世界で健全な目を持ちながら、どんどん死に惹かれてゆく行助の生き方にある。彼は正しく自分というものをつかんでいるが、その魅力が災いして、周囲があらゆる意味で彼をほうっておかない。そのわずらわしさのなかで、彼は彼なりの倫理を貫こうとするが、しだいにその重みに負けてゆく。

この青年が死に向かうしかないだろうことがなんの矛盾もなく説得力を持っている。二度目に少年院に入ったとき、彼は自分の行程が微妙にゆがんだことを知る。これもリアルだ。

このなかには残酷なほどていねいに順を追って、才能と宿命という言葉の意味がすべて描かれている。

彼はもしも生き延びれば道太郎になってゆくしかないのだから。

「残りの雪」。これも後期の路線を確立したすばらしい作品だと思う。この小説の後半の、身をしぼるような恋愛の悲しみの描写は、自然の風景に彩られて身を切るほど美しい。この小説をもっと完璧に、より幻想的に完成に近づけたのが「春の鐘」「その年の冬」の世界だと思う。

夫婦でない男女が、ただくりかえし食事をし、小旅行をして美しい日本の景色に触れるだけの日常が丹念に描かれているのを読むのは、私にとってなぜかセラピーのような効果を持っていた。

ありふれた人間の営みを心のありかたによって芸術に高めていく、単なる不倫である恋愛をほんものの姿に変えていく魔法を、私は見ていたのだろう。

 

私は幸運にも立原正秋氏のご遺族に接する機会があった。小説を読み続けてきたものとして、ある意味でそれは衝撃的な体験だった(公の場で個人的な出会いの思い出を綴る非礼をお許し頂きたい)。

夫人はまぶしいくらいに美しく、全集にそえられたその文章のままに簡潔で気高い方だった。まるで立原小説から抜け出てきた精霊のように輝いていた。

ひとりの女性がこうして高僧のような気品をかもしだすまでには、どういう歴史があったのだろう。私の友人は光代夫人の文章を読んで「やはり偉大な才能には、それを支える偉大な才能があったということが、わかったという思いがあった」と言っていたが、まさにその通りだと思った。

長男の潮さんはすばらしい懐石料理のお店を持っていた。彼の料理の世界には、生命の美が生きている。味、という核心があって、それをとりまくすべてのもの、素材、器、料理のあり方がはじめて自由に呼吸できるようになる。それはごまかしのない、しかし大胆な世界だ。そういうことはいくら修業しても、才能がなくてはできることではない。そこには、個々の才能が人生の核心であることを感じさせる世界が息づいている。

そしてひとづてにご縁ができて、いちどだけ長女の幹さんからお手紙をいただいたことがあった。私は文字と文面を見たらその人がわかる、ということに自信を持っている。お会いしたことはないので何とも言いにくいが、幹さんは、いい意味でものすごく変わった人だった。ただものではない、ということがじんじんと伝わってくるような大きな、子どものように純真な文字だった。

そんな「奇跡の家族」を見て私は心から思った。立原氏は、ご自身の人生を小説でつむぐのと同じ力と意志の量でつむいだのだなあ、と。

それは並大抵のことではない。

現実がつらいからこそ、フィクションをつむぐというのはあたりまえのことだ。しかし、立原氏にとって、人生と小説は同じものだった。両者の間にずれはなかったのだ。

その迫力こそが、小説から強く匂いたつあの真実味の秘密だったのだ。

書いたものを辿っていくと、立原氏がある道を遺している事がわかる。氏はその生涯をくっきりとしたある道を辿って歩んでいった。それは、そこを歩き続けるか、自殺するかどちらかしかない厳しい道だ。

ひとりの人間の成熟にならって、テーマは成熟してゆく。その道にはある「コード」があって、それがない人にも楽しめるようには技術をこらしてあるが、もしも(私のように)そのコードに反応するテーマを持っているものが読んだら、ひとめでわかるようになっている。そしてその人の人生そのものに消えない光を投げかけつづける。

ある種の乾きと、その複雑ながら自恃心に満ちた日常を生き抜く人生観。濃い死の気配をたたえた、しかし濃密さをたたえた生命の香り。

立原正秋の世界は、私が帰っていく青春の場所、永遠にうつろわない故郷のような世界だ。

(吉本ばなな「立原正秋と私」  立原正秋電子全集第1回より)

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立原全集1

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