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【著者インタビュー】佐藤青南『犬を盗む』/人間の嘘を、犬達は全てお見通し! 愛犬家作家自身の実感から生まれた新作ミステリー

世田谷区で独居していた資産家の80歳女性惨殺され、金品が奪われる強殺事件が発生。現場には、女性が愛犬と寝食を共にした跡が残っていて……。始まりは犬、そして謎を解く鍵も全て犬の、一筋縄ではいかない長編小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

真実は犬だけが知っている――深まる謎と犬への愛にページをめくる手が止まらない愛犬家作家による長編ミステリー

犬を盗む

実業之日本社 
1870円
装丁/大岡喜直(next door design) 装画/伊藤彰剛

佐藤青南

●さとう・せいなん 1975年長崎県島原市生まれ。熊本大学法学部を除籍後、上京。ミュージシャンとして活動する傍ら新聞販売店や飲食店等で働き、2010年に『ある少女にまつわる殺人の告白』で第9回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞、翌年同作でデビュー。著書は栗山千明主演でドラマ化された「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズや「白バイガール」シリーズ等の他、『ジャッジメント』『市立ノアの方舟』『ストラングラー 死刑囚の告白』等。171㌢、73㌔、B型。

正義を振りかざす危うさや自分が正しいと思う方向に事実を歪めるヤバさを書きたい

 5年前、のちに愛犬となるアロンちゃん(5歳・雌、取材時も同席)と出会い、生まれて初めて犬を飼って以来、佐藤青南氏の生活は大きく変わったという。
「元々社交的でもない僕が、犬を連れているだけで全然知らない人と挨拶したり、見えてくる景色が全然違うことに気づいたんです。
 その半面、ドッグランで急に距離を詰めてくる常連さんとか、強制的にコミュニティに取り込まれる感覚がちょっと怖くもあって」
 そんな著者自身の実感から生まれた新作ミステリーが『犬を盗む』だ。まずは世田谷区内で資産家の独居女性〈木戸タカ子〉80歳が惨殺され、金品が奪われる強殺事件が発生。警視庁捜査一課の〈植村光太郎〉は玉堤署の〈下山〉とコンビを組み、現場へ向かうが、夫の死後、実の娘とも疎遠だった老女宅からは、愛犬と寝食を共にした跡や、死後1年以上と思しき骨が見つかり、ケージや餌類もそのままに残されていた。捜査を進めると、周囲の被害者評は「人嫌い」と「犬好き」の2つに大きく割れる。
 これは1人の人間の中に同居する幾つもの顔の物語でもあるのだ。

「犬を飼いたくてペット可の今の家に越したんですけど、同時に同棲し始めた彼女は大の犬嫌いだったんです。それで無理かと思いつつも、諦め悪くたまにペットショップを覗いていたらこのコがいて、むしろ彼女の方が『連れて帰りたい』みたいな(笑)。本当は保護犬を飼うつもりだったんですけどね。
 僕自身、元々は犬が怖く、動物も苦手だったからこそ、犬を単に可愛いだけの存在には書けなかったし、犬が苦手な人の視点も担保するよう心がけました」
 それこそ犬アレルギーの植村と犬好きな下山の凸凹コンビが、被害者宅で茶まで出されながらメッタ突きにした訪問者の足取りを追う捜査譚の他、本書には2つの視点が並走。現場近くのコンビニ店員〈鶴崎〉と、近所に住むミステリー作家〈小野寺真希〉の視点だ。
 3か月前から〈ユーアンドミー世田谷店〉で就活中の繋ぎと称して働く鶴崎は、実は某実話誌の依頼で潜入した借金まみれのルポライター。目的は週6で夜勤に入る先輩アルバイト〈松本〉に接近し、ある重大事件に関わった彼の過去と現在を誌面で暴くことにあった。
 また昨年、出版社勤務の夫〈紳太郎〉とペット可のマンションに越してきた真希は、3年前にとある新人賞を受賞してデビュー。執筆の傍ら、愛犬〈ショコラ〉と散歩するのが日課だ。近所にはドッグランもあり、古株の〈横田さん〉たちの我が物顔や〈排他的な空気〉は気になるものの、それも元担当編集者の夫に愚痴れば済むこと。以前ある人が〈犬の死骸をドッグランに持ってきた〉話をした時も、夫は気味悪がる一方で、〈他山の石だね〉〈ショコラが死んだら、おれも同じことをしないとは言い切れない〉と自戒し、流産以来、ますます周囲に対して壁を作る真希とは性格も対照的だ。
 実はこれら3つの視点には、いずれも犬が登場する。殺されたタカ子の愛犬〈ラブ〉、30代独身の松本がアパートの敷金を積み増ししてまで飼い始め、鶴崎も時々散歩を買って出る〈シロ〉、そして真希の愛犬ショコラ。これらの視点がどこでどう繋がり、真相にどう導くのか、鍵を握るのもまた犬達なのである。

残酷なことだという自覚はある

「そもそもの着想は、愛犬を亡くして別れ難さのあまり、死体をプランターに埋め、掘り返すのが怖くなって、置きっぱなしにしているという知人の話を聞いたことでした。本人はたわいない笑い話のつもりだったようですが、僕にとってはおかしさや怖さ、犬への愛着や別れの悲哀もはらんだ、複雑な気持ちにさせられるエピソードでした。
 僕自身、ペットは家族だと言い切れる人を疑問視してきたけれど、いざ飼ってみるとその通りだと思う。間違いなく家族なんです。でも、松本が〈生体販売は動物虐待だ〉と言うように、幼い仔犬を母親と引き離して商品化し、それを飼う側の自分も、本当に残酷なことをしているという自覚は常にある。だからこそ大事にしなきゃとも思うんですが、罪の意識はこのコを飼ってからの方がより深くなった気はします」
 面白いのは人間側の嘘を犬達は全てお見通しなこと。〈犬、じゃないですか〉と下山が被害者と犯人を結ぶ線に気づいて以来、植村は犬を介した人間関係に焦点を絞るが、一部の飼い主は素性を偽るなどして名前すら怪しいのに対し、犬同士は互いの匂いを2度と忘れることはなく、捜査ツールとして確実さと曖昧さが見事に同居するのだ。
「犬好きな人って犬が好きなあまり、人間を軽視する傾向があるんです。散歩中によく立ち話する関係なのに、何年も相手の名前すら知らないままとか、遠慮というより多分、興味がない。僕もよく散歩で会う人に犬抜きだと全然気づいてもらえなくて、そうか、犬で憶えられているんだって(笑)」
 その愛情が、真希の場合は〈犬を救う〉使命感としてSNS上で炸裂。〈人殺しが、犬を飼ってる〉と身勝手な推理を書き込み、炎上させたのも、あくまで犬の命を救うため、正義のためなのだ。また〈多頭飼育〉や保護犬人気に潜む陥穽、事件関係者のその後や真の更生など、本書には様々な問題が盛り込まれ、それらを佐藤氏は社会問題ではなく、身近な問題意識として描いているという。
「僕は経済的理由で大学を中退した後、こうなったら好きなように生きてやると、音楽をやりに東京に来たんですね。でも簡単には売れなくて、いろんな職場で働く中、あそこは前科者がいてどうのとか、社会の底辺でさらに下を探すようなマウント話も聞くわけです。
 現に息を吐くように嘘をつく人はいたし、罪を犯しても反省しない人間はいる。でも本気で社会復帰をめざす人もいて、特にSNSで情報がダダ洩れな今はどうやって生きていくんだろうと、ずっと気になっていて。
 元々僕はミステリー系の新人賞は賞金が高く、まだ市場がありそうだからミステリーを書き始めた人間だし、いわゆる謎解きよりは正義を振りかざす危うさとか、事実を歪めても自分が正しいと思う方向に持って行く人間のヤバさを書きたい。だからこういう小説になるのかもしれません」
 始まりは犬。そして謎を解く鍵も全て犬だが、その背景に蠢く人々の有様にはげんなりするような愚かさも光も両方ある。一筋縄でいかない犬ミステリーだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/朝岡吾郎

(週刊ポスト 2022年9.30号より)

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