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【著者インタビュー】斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』/ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』の翻訳者による韓国文学のブックガイド

『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめ、注目の韓国文学作品を次々と翻訳する話題の著者にインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「本は読んだ人が感想をフィードバックしてくれて、ようやく完成に近づくんじゃないかな」

『韓国文学の中心にあるもの』

イースト・プレス 1650円

≪海外文学には、それが書かれた地域の人々の思いの蓄積が表れている。隣国でもあり、かつて日本が植民地にした土地でもある韓国の文学は、日本に生きる私たちを最も近くから励まし、また省みさせてくれる存在だ。それを受け止めるための読書案内として、本書を使っていただけたらと思う≫とまえがきに記す斎藤さん。2018年12月に日本で刊行された『82年生まれ、キム・ジヨン』が大ベストセラーとなった出来事を ≪「降臨」≫という。そこで書かれた女性の受難は多くの共感を呼んだ。『キム・ジヨン』に至るいまも輝き続ける韓国文学作品を≪重い歴史≫とともに遡っていく。

斎藤真理子

(さいとう・まりこ)1960年新潟県生まれ。翻訳者、ライター。主な訳書に『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ)、『フィフティ・ピープル』(チョン・セラン)、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ)、『年年歳歳』(ファン・ジョンウン)ほか多数。2015年『カステラ』で日本翻訳大賞、’20年『ヒョンナムオッパへ』で韓国文学翻訳大賞を受賞。翻訳以外の日本語の単著は本書が初めてになる。

韓国ドラマ→K-POP→ 小説の流れは「必然的」

 韓国文学のすばらしいブックガイドが出た。著者の斎藤真理子さんは、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)などを手がけた翻訳者だ。
 韓国文学への関心は、『キム・ジヨン』の前から高まりつつあり、いくつかの出版社から出た翻訳が本好きの間で話題になっていた。小説のブームが来る前にまず韓国ドラマや映画の人気に火がつき、次にK-POP。最後に小説がきたかたちだ。
「必然的な流れだと思います。文学は、自分からその世界を味わいにいかないといけないので、社会や文化への理解がないまま、いきなり、摂取しても難しいんですよね。『冬ソナ』ブームぐらいのときに『キム・ジヨン』みたいな作品がもし出ていたとしても、ここまで広がらなかったんじゃないでしょうか」
 ありふれた名前を持つ女性主人公の、心に変調をきたすほどの受難には、社会制度の違いを超えた普遍性があった。『キム・ジヨン』は日本でも23万部を超えるベストセラーになり、韓国文学の読者の裾野を一気に広げた。
 この作品をきっかけに韓国文学を読むようになった人はもちろん、これから読んでみたい人、すでに何冊か読んだ人にとっても、『韓国文学の中心にあるもの』は確かな道しるべとなるだろう。
「いま翻訳されているのは新しい作品が中心ですけど、私としては、古い作品もぜひ読んでほしいんですね。古いものを読むことで、最近の小説や韓国ドラマも、より一層、理解できるようになると思います。韓国文学の見取り図をつくるというより、地図の根底にあるものに焦点を当てた本になりました」
 プールの水深が次第に深くなっていくように、本は現在から過去へとさかのぼる。現代小説である『キム・ジヨン』を入口に、ハン・ガン『少年が来る』、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』、崔仁勲チエイヌン『広場』といった、時代を画する小説が読み解かれていく。それぞれの作品の背景にある、社会的な事件や、IMF危機、光州事件やいまも終わっていない朝鮮戦争といった歴史もあわせてひもとかれる。
 本の中で、《韓国現代史は『死を殺す』行為を積み重ねてきた》という、韓国の歴史家韓洪九ハンホングの言葉が引用されていて、つよく印象に残った。
「虐殺された死者の存在を政権が隠蔽しようとした時期が韓国の歴史で何度もあります。そうした極端な歴史修正主義がはびこるからこそ、偽りの歴史を書き換えなければという作家側の意識や努力も強くなって、多くの作品に反映されているんじゃないでしょうか」
 死者の声なき声が、小説からは、さまざまに響き出す。すでに古典となった作品はもちろん、現代小説においてもそれは変わらない。
 たとえば、多くの作家に衝撃を与えたといわれるセウォル号の沈没事故。キム・エランの短編「立冬」(『外は夏』所収)が、修学旅行中の大勢の高校生の命を奪ったこの事故を受けて書かれていることは、直接、事故への言及がなくても、韓国の読者には明らかだという。
「セウォル号の事故は韓国社会にさまざまな影を落としました。BTSのヒット曲『Spring Day』も、事故の死者たちに向けられたものです。あえてはっきり言わないようにしていますけど、メンバーの一人は亡くなった高校生たちと同学年で、韓国国民は全員知っているシークレットメッセージです。死者を忘れず、悼む気持ちが共有されていることと、それを作品化しようとする努力もすごく大きいです」
 死者を忘れずにいることは、歴史を過去にせず、現在に続くものとして意識させることにつながる。韓国の歴史を知ることは、日本の現代史理解にも奥行きを与えるはず、と斎藤さんは言う。

「私が韓国語の勉強を始めた’80年に光州事件があった」

 斎藤さん自身が韓国語を学び始めたのは1980年、考古学を専攻する大学生のときだった。
「なぜ韓国語を選んだのか、理由はいろいろあって、ひとことで答えるのは難しいです。詩人の茨木のり子さんは『隣の国のことばですもの』と答えることにしていたそうで、その気持ちはよくわかります。
 私が韓国語の勉強を始めた年に光州事件があって、同じ年ごろの学生が銃で撃たれるのをニュースで見てショックを受けたということがまずあります。社会問題に関心があって、女性史などの勉強会をやっていたんですけど、そのサークルの部室の隣が朝鮮語を勉強するサークルで、敷居が低かったというのも大きいですね。朝鮮語サークルの人に1週間でハングルを覚えられる格安の夏期講習をやるからと言われて、受けたら本当に読めるようになったんですよね。そのころテキストとして先生から紹介された作品が、この本にもいくつか入っています」
『こびとが打ち上げた小さなボール』も、学生時代に初めて読んだそうだ。検閲が厳しい時代に書かれた作品なので、空白も多く、謎が残る書き方がされているそう。そのぶん、考えれば考えるほど面白くなる小説だという。
 それぞれの作品についての斎藤さんの解説がほんとうに面白い。一文一文を丹念に読み込む翻訳者の読解の深さに、何度も感嘆させられた。
「この本では作品の背景にある歴史を書きましたけど、文学作品って、いくらそうした周辺情報を集めても『正解』があるわけではないんですね。自分が翻訳した作品でも、翻訳者が一番わかっているとは限らないと思うことがよくあります。最近はインターネットで読者の感想が読めるようになって、ハッとする感想が必ずいくつもあるんですね。本が出た時点で完成、ということはなくて、本が出たときは、たとえて言うと球の半分しかない状態で、読んだ人が感想をフィードバックしてくれて、残りの半分が形をあらわし、ようやく完成に近づくんじゃないかな、と感じています」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 イリナ・グリゴレ『優しい地獄』。あまりに面白くてTwitterでそう書いたら重版が決まったらしいです。韓国文学だと黄順元(ファン・スノン)『木々、坂に立つ』(白川豊訳)。朝鮮戦争を描いた小説で、もう少し早く出ていたら、絶対、今回の本でも触れたと思います。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ。J・M・クッツェーも読みますね。

Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
 ワシーリー・グロスマンの『万物は流転する』。グロスマンはウクライナに生まれたユダヤ系作家で、最近だとウクライナで戦争が始まったときにも読み返しました。藤本和子さんの『塩を食う女たち』も、自分の転機のときに読みます。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
 Netflixで配信された『私の解放日誌』。話題の『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』も面白かったです。批判はあると思うけど、走りながら一緒に考えようという姿勢ですね。『未成年裁判』という少年事件の裁判官を描くドラマでも、裁判長が最後に反省したり、こういう大人がいたらいい、自分の間違いを認めることに勇敢であってほしいという理想が描かれていると思います。

Q5 最近気になるニュースは?
 安倍元首相の「国葬」問題。国民の半数が反対です。なし崩し的に実施されるなら禍根を残すと思います。

Q6 趣味は何ですか?
 Netflix。『孤独のグルメ』の古いのを、ずっと見る生活です。編み物は、趣味じゃなくて、癖ですね。仕事が忙しくてしばらく封印していますが、いずれ目も悪くなるでしょうし、いま編まないでどうする、という気持ちはあります。

Q7 何か運動はしていますか?
 ピラティスをやってたんですけど、コロナで中断してそのままになっています。体を動かしながら呼吸も意識するのが好きですね。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/増永彩子

(女性セブン 2022年9.22号より)

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