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【著者インタビュー】池井戸潤『ハヤブサ消防団』/活き活きとした田舎暮らしの描写と、謎が謎を呼ぶ展開が同居する〝田園ミステリ〟

のどかな田舎町で続く放火、目撃される謎の人影、町民の不審死……。人知れず町を飲み込もうとしていたある陰謀とは? 銀行も会社も登場せず、上司と部下の闘いも描かれない、これまでの池井戸作品とは趣を異にしたミステリ長編!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

のどかな集落で連続する住民を震撼させる放火事件 そこに隠された真実とは!? 人気作家待望のミステリ長編

ハヤブサ消防団

集英社
1925円
装丁/岩瀬 聡 装画/唐仁原教久

池井戸潤

●いけいど・じゅん 1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年に『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞を受賞。『ようこそ、わが家へ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』『民王』『陸王』『七つの会議』『株価暴落』『ノーサイド・ゲーム』など映像化作品多数。公開中の映画『アキラとあきら』に続き、10月にはWOWOW連続ドラマW『シャイロックの子供たち』が放送開始。

でっち上げだろうという話も本当の出来事 忘れないうちに故郷を書いておきたかった

 日本中の働く人々の胸を熱くさせ、明日への希望の火を灯す―。これまで『半沢直樹』や『下町ロケット』など、人気作を世に送り出してきた作家・池井戸潤氏。しかし、この度、発表された作品は、今までとは趣を異にしたものとなっている。
 銀行も会社も登場せず、上司と部下の闘いも、ライバル企業との鍔迫り合いも描かれない。それが最新刊『ハヤブサ消防団』だ。
 亡き父の故郷である山あいの小さな村に移住した作家〈三馬太郎〉が、地域の消防団の一員となって暮らし始めた中で出合う一大事を描いた物語は、まさに〝田園ミステリ〟というキャッチフレーズがぴったり。活き活きとした田舎暮らしの描写と、謎が謎を呼ぶサスペンスフルな展開が同居する物語は、とくに中年世代に不思議な感興を呼ぶ仕上がりに。そこには、2つの存在が大きな影響を及ぼしたというのだが……。

「田舎の小説を書く、というのがすべての始まりでした」新作の設定について、池井戸氏はそう語り出した。
『ハヤブサ消防団』の舞台は〈中部地方にあるU県S郡の、山々に囲まれた八百万ヤオロズ町〉。高原地帯の一隅にある〈ハヤブサ地区〉で、物語は静かに幕を開ける。
「風土的にも規模感からしても、ほぼ僕の故郷がモデルといっていいと思います。僕自身は大学進学で町を離れ、しばらくは幼馴染み数人との付き合いでしたが、15年程前から父に代わって地域の祭りに参加するようになりました。愛郷心というより、ボランティア精神という感じかな。そうしているうちに、町の人たちとも知り合って人間関係を築くことになったんです」
 新作の〝ネタ元〟のひとつとなったのが、その故郷の友人たちだった。作中で主人公が入る消防団での活動の様子のいくつかは、現役の団員である彼らの実体験に基づいているという。
「折につけ訓練が大変だとかいろいろな話を聞かされてきました。消防技術を競う大会の最中にズボンの尻の部分が破れて失敗したとか、詰所に幽霊が出たとか、これは消防団の活動ではないけれど、祭りで吹く笛の音をICレコーダーの音声でごまかしたのがバレたとか、おかしな話もいっぱいあった。作品の中に出てくる、これはさすがにでっち上げだろうという話ほど本当の出来事で(笑)。小説誌での連載中も、1話発表するごとに町の人たちからいろんなリアクションがあって楽しかったですね」
 のどかな田舎町の日常。しかし、その中で事件は起こり始める。打ち続く放火、それと前後して町の中で目撃される謎の人影、町民の不審死……。主人公の太郎は、ミステリ作家らしくわずかな異変を線でつなぎ始め、やがて、人知れず町を飲み込もうとしていたある陰謀に行き当たる。
「放火事件が立て続けに起こったとか、山の中の淵で死体が上がったとか、そういうこともこの半世紀ほどの間に故郷で実際に起きたことです。だから、完全な事実無根のフィクションではなく、ポツポツと落ちていた種を拾って育てていったら、八百万の町に巣食うものの姿が見えてきた……というか」

読者と同目線で掘り下げていく

〈一見穏やかな山村にも、複雑な人間関係や事情があり、それに翻弄される人たちがいる。人が集まるところに様々な軋轢が生まれるのは、畢竟ひつきよう、都会も田舎もさしたる違いはないということなのだろう〉と綴られるように、町に忍び寄る人々がいれば、その行動の奥底には真意がある。
 主人公の目で読み進めるうちに、ひとつの事象が意外なところで別の事象と重なり合い、次々とパズルのピースがはまっていくような後半の展開は実にスリリング。ミステリ作家の本領発揮というところだが、執筆はいつでも「出たとこ勝負」。先が読めてしまうと面白くないのは、読者も作家も同じだという。
「いつもプロットなしで書いているので、先のことはまったくわからないんですよ。小説にきくしかない。よくよく自分の書いているものを読んで、そこに何が埋まっているのかを読者と同じ目線で掘り下げていくわけです。エンタテインメントの書き方は人によって違っていて当然」
 小さな町に起こった事件の顛末は、寂れゆく地方の現実、さらには日本全体を覆う不穏さをも感じさせる。しかし、読後にどこか温かな手応えを感じるのは、作家本人が自らのルーツから受け取ったものを作品の中に余すところなく込めたがゆえだろう。
 この作品の取材元として池井戸氏がもうひとり名を挙げたのが、自身の父だ。太郎の父同様、すでに鬼籍に入ったその人は、後に作家となる息子に、折に触れて地元の伝承や土地にまつわる逸話を語って聞かせた。
「町の中で起こった不思議な出来事とか、土地の名前の由来とか……。歴史が好きで、自分でも詩を書くような人間だったので、そういうものを息子に伝えなければという意識があったのかもしれません。だから僕としては、忘れないうちに書いておかなくてはならなかった。記録に残すという意味でも、書けてよかった作品だと思っています」
 父と子を、過去と現在をつなぐ約束の地。太郎は、そこに腰を落ち着けた。翻って池井戸氏にも、田園作家としての将来が開ける可能性はあるのだろうか?
「無理でしょうね(笑)。実家に帰るとまったく書けなくなるんですよ。緊張感のなさから神経が緩んでしまうのか……。僕には東京の狭い仕事部屋が向いているということなんでしょう」

●構成/大谷道子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年10.7/14号より)

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