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【著者インタビュー】野沢直子『半月の夜』/老若や性別をも超え、誰かの背中を確実に押す物語

6畳1間のアパートと職場、あとは惣菜の残り物がない時に立ち寄る弁当屋だけが、55歳になった主人公の全世界だった。しかしある運命の出会いが、彼女に転機をもたらして……。「いくつになっても、これから幸せになろうとしていい」そんなメッセージが込められた、人生再出発の物語!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

いくつになっていてもまだ未来がある――破天荒タレントが描く感動の人生再出発物語!!

半月の夜

KADOKAWA
1430円
装丁/大久保伸子 装画/西川真以子

野沢直子

●のざわ・なおこ 1963年東京・人形町生まれ。高校在学中から素人参加番組に出演。その後、叔父・野沢那智氏の仲介で吉本興業に所属し、83年にデビュー。ダウンタウンは同期。『夢で逢えたら』『笑っていいとも!』『クイズ世界はSHOW byショーバイ!!』等で活躍するが、91年に活動を休止し単身渡米。米国人ギタリストと結婚し、一男二女に恵まれる。現在サンフランシスコ在住。毎夏「出稼ぎ」と称して2か月ほど日本に滞在。著書は他に『笑うお葬式』等。158㌢、B型。

 「老い」はマイナスでしかないからこそ正視してプラスにする方法を考えたい

 つくづく多才な人だ。
 10年発表の初小説『アップリケ』から12年。今月、エッセイ集『老いてきたけど、まあ~いっか。』と今作『半月の夜』を相次いで上梓した野沢直子氏は、来年3月、還暦を迎える。
「特に50代半ばからですね。見た目も中身も劣化が酷く、『えっ、こんなはずじゃなかったのに~!』っていうジタバタした感覚があったのは。そんな時にちょうど会社(吉本興業)で芸人に本を出させよう的なプロジェクトがあって、私も企画書を出したら、2冊も出すことになっちゃって」
〈私よ、走れ。〉という帯の文句が目を引く本作の主人公は、毎日同じヨレヨレのスウェット上下に身を包み、ただ〈寝るための六畳〉を守るためだけにスーパーのレジ打ちに励む〈私〉と、商店街で亡き父親が始めた弁当屋を細々と営む〈俺〉。共に50代半ばの彼らはこれまでの人生に後悔しかなく、かといって何を変えるでもない中、ある運命の再会が転機をもたらすのである。

「老いるのが楽しみなんて絶対ウソ。老いはマイナス要素以外の何物でもなく、だから凹むし、傷付くし、それでも誰もが避けようのない事実だと思います」
 と、来年でデビューから40年を数える野沢氏は言う。
「ここ2、3年で急にです。ネットで動画なんかを見てもなぜそれがウケるのかわかんないし、子供達の話にも全然ついていけなくて。これでも昔は結構イケてる方で流行にも敏感だったはずなのに、なぜって。
 コロナ下の状況もあって、いじけたような心境にもなり、これはまずいぞ、ちゃんと向き合わなくちゃって思ったんです」
 特に老いは誰にでも降りかかる一大問題だからこそ、凹んではいられなかった。「例えば昔は鋭かった人が急にブレだしたりした時の不安や戸惑いは世界共通でしょうし、庶民もセレブもみんながもがいている。
 55歳ともなれば、子供が手を離れたりもして、自分の人生、これでよかったのかとか、世間に対して何か出来たんだろうかとか、振り返りたくなるんですよ。その振り返った人生が仮にグダグダだったとしても、明日は容赦なくやってくるし、人生100年時代だと先はまだ長い。その残り40年以上をどう生きればいいかという時に、別にこれから幸せになろうとしてもいい、いつからでも遅くないって、できるだけ多くの人に思ってほしかったんです。
 そこで浮かんだのが、月夜の商店街で誰かが新しい人生に向かって走っていくシーン。その疾走に至る外堀は、追々埋めていこうと書き始めました」
 冒頭で〈ここ数年で私は、転がるように醜くなった〉と告白する私は、太りすぎで瞼までたるんだ自分や、全てが色を失い、〈灰色〉に見える視界をあえて自嘲し、〈現実の色を見ているより、今の方がラクだ〉とすら思う。
 勤め先のスーパーで店長よりエライ〈坂口さん〉や腰巾着の〈金井さん〉から〈みるからに孤独なデブのおばちゃん〉として苛めの標的にされても何とも思わず、6畳1間のアパートと職場、あとは惣菜の残り物がない時に立ち寄る弁当屋だけが、彼女の全世界だ。
「店長を下に見る意地悪なおばさんとか、若い社員と駆け落ちとか、普通に検索しただけでも結構その手のあるあるは多いみたいで。もちろん店長を追い出そうとする坂口さんの陰謀や、値引き狙いな〈四時じじい〉の存在は想像の産物ですが、たぶん私自身がどこか意地悪なんだと思います(笑)」
 一方、14歳の時、父親が「東京に行って弁当屋をやる」と突然宣言し、生まれ育った〈海の見える街〉を離れることになった俺、〈中川誠〉は、〈父さんのせいで、俺の生活はめちゃくちゃだ〉と全てを父のせいにしてきた。
 そして父のようにはなるまいと就職し、恋人もいたが、常に頭にあるのは中学の同級生〈カオルちゃん〉のこと。当時ソーダのCMで人気だった〈ニッキー〉似の彼女を思う時だけが、真実の自分に思えたのだ。
 そんな矢先、彼は父が誘ってきた温泉旅行を妙な意地から断り、その旅中に両親が事故で死亡してしまう。出発前、〈親父は俺に、ごめん、と謝ってくれて、ありがとう、と言ってくれて、俺はそれに何も答えなかった〉と、誠はそのことを悔やみ、恋人と別れ、店を継ぐことを決意する。幸い父のレシピのおかげで客足も戻り、昼時は行列ができるほどだが、〈いつも何かが足りなくて、いつも何かを探している〉あの気持ちを、誠は今でも拭えずにいた。

怖くても子を転ばせるのが親の責任

「最初の着想ではカオルが元アイドルで誠が追っかけ的な構図だったんですけど、それだと共感が得にくいかもと思って、カオルは地元の人気者くらいの設定にしました。
 親の考えを子供に押し付ける過干渉の問題やDV、不妊など、いろんな問題をぶち込んだのも多くの人に共感してほしかったからですが、盛り沢山すぎた気がしないでもない(笑)。
 ただ、親に謝れないまま死なれてしまったのは誠だけじゃなく私もそうだし、過干渉も周りのママ友とかを見ていると、問題だなって思うんですよ。虐待は犯罪だけど過干渉は違う。だからこそ歯止めが利かなくて、挫折や逆境に弱い人間を生みかねない。子供が転ばないように誘導する親も多いけど、怖くても転ばせるのが親の責任で、挫折や失敗を経験させない方がむしろ無責任だというのが、私の信念なんです」
 私と俺が各々の今に縛られ、動けずにいた地点から、ある半月の夜、、、、までの距離はほんの1歩。自分のことを誰のせいにもせず、自分で決めることにした2人は、実はある過去の景色を心の支えとして共有しており、本書は意外にも謎や仕掛けが入念に巡らされた、企み深い小説だったりもする。
「よかった~、そう言ってもらえると嬉しいです。
 とにかく私はこの2人に今すぐにでも走ってほしかった。その時の頼りになる景色が、たぶん私の中にも無意識のうちにあるんでしょうね。長屋の4畳半2間に3世代が住み、貧乏でも明るかった昭和な感じとか。
 老いは暗く、マイナスでしかない。でもだからこそ正視して、何とかプラスにする方法を考えようよって。その方が老いは素晴らしいなんてウソをつくより、ずっといいと思うんです」
 事実は事実と認めた上で、「でも、だからこそ」と、その先に挑む姿勢が、小説的牽引力にも繋がった感のある本書。きっとこの物語は老若や性別をも超え、誰かの背中を確実に押す。満月だろうと半月だろうと、人は走りたい時に走っていいのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年10.28号より)

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