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【著者インタビュー】山内マリコ『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』/荒井由実が自分だけの音楽をつかみとった瞬間を紡ぐ

デビュー50周年を迎えたユーミンの軌跡を、事実や証言に基づき、想像力で一から紡ぎあげた長編小説。執筆の背景を、著者にインタビューしました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

今年デビュー50周年を迎えた女性ポップシンガーの原点と名曲が生まれるまでの軌跡を人気作家が描き出す長編小説

すべてのことはメッセージ 小説ユーミン

マガジンハウス 1980円
装丁/大島依提亜 装画/羽鳥好美

山内マリコ

●やまうち・まりこ 1980年富山市生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。京都でのライター活動を経て上京し、2008年に「十六歳はセックスの齢」で第7回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。12年の初単行本『ここは退屈迎えに来て』が話題に。著書は他に『アズミ・ハルコは行方不明』『かわいい結婚』『あのこは貴族』『メガネと放蕩娘』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』等、映像化作品も多数。また映画や美術系レビューにも定評。158㌢、B型。

郷愁や東京を外から見る視線が欠けたらここまでの国民性は得られなかったかも

 山内マリコ著『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』から、まずはこんなとっておきの場面を紹介しよう。〈前奏のハモンドオルガンの音色が聴こえた瞬間、濡れた髪をバスタオルで拭く手が止まった〉〈“感傷”というものが、不純物をすべて取り除かれ結晶化し〉〈あるべきところにあるべき音がきた、とてもきれいなメロディ〉―。
 当時、立教女学院中学校2年生だった主人公・荒井由実が、立川基地で買ったプロコル・ハルム『青い影』とバッハの共通点に気づき、〈そっか、コードなんだ!〉と構造を見出す重要な場面。つまり今年デビュー50周年を迎えたユーミンこと松任谷由実氏の中で、〈だったら、わたしにも作れるんじゃない?〉と〈回路〉が拓かれた、歴史的な瞬間である。
 第一章〈八王子の由実ちゃん〉から最終章〈ハロー、キャラメル・ママ〉まで、主にユーミンがユーミンとなる前夜を描いた全10章は、〈立教女学院とパイプオルガン〉〈マギーと立川基地〉等々、章題が1つ欠けても成立しない。それほど奇蹟的な巡り合わせの上に、伝説は生まれるものらしい。

 あのユーミンを荒井由実時代限定で小説に書く―。そんな50周年企画が持ち込まれた時、山内氏も最初は戸惑ったという。
「え、私? まだ中堅ですけど、いいの? って(笑)。
 でも書き方は一切お任せしますというお話でしたし、たぶん本書でいう八王子の由実ちゃんの都心への憧れや距離感も、私が今までに書いてきた地方の何者かになりたい女の子とそんなに変わらないなと輪郭が掴めた瞬間、『確かにこれは私の仕事だ』と思えたんです」
 自身のユーミンに関する原体験は小学3年生の時。
「初めてお友達と観に行ったのが『魔女の宅急便』で、特に印象的だったのがユーミンの歌う主題歌『やさしさに包まれたなら』でした。
 私は自分でポップスを聴き始める入口にユーミンがいましたが、たぶん上の世代の音楽好きほど、彼女の音楽に度肝を抜かれた鮮烈な体験があると思います」
 物語は昭和29年1月19日、八王子・荒井呉服店の次女に生まれた由実が、山形・左沢あてらざわ出身の女中〈秀ちゃん〉の里帰りに無理やり付いていく、3歳の夏から始まる。
 芸事好きな母親の方針で6歳からピアノを、さらに粋人な祖父の影響で清元きよもとも習い、横浜港と絹の道で結ばれた桑都そうとで、由実は幅広い文化に触れて育つ。
「大正元年創業の大店の娘という環境に嫉妬するファンもいるらしいですけど、私はむしろこれほど文化資本が彼女に集中した背景に、個人の嫉妬とかいう次元にない、一国の繁栄や成熟の歴史を感じるんです。
 明治の開国以来、日本の近代化と外貨獲得を担ったのが生糸で、呉服店は戦後、基地の奥様用に流行の洋服も仕立てた。ユーミンが生まれた1954年から初アルバム『ひこうき雲』が出た73年までは高度成長期とも重なります。その終焉と文化的成熟と共にキャリアが始まる、象徴的な人生に思えてならないんです」

才能を曲げずに世に出られた奇蹟

 お気に入りの葡萄色ボルドーのランドセル〉で学校に通い、誰かの真似は〈大っ嫌い〉。また流行の音楽にも敏感で、ジャズ、ロカビリー、マンボ等々、由実はそれらの音に〈色が見えた〉〈比喩ではなく、本当に見えるのだ〉
「ゴッホが画家になろうとしてピアノを始めたとか、共感覚の逸話は多々あって、ユーミンも音楽的な才能を自覚しつつ、音大ではなく多摩美の日本画科に進む。 絵画的な感性を磨くことが音楽に直結すると、直感されていたんだと思います」
 友達と基地内のレコード店に通っては新譜を買い、その価値を唯一わかってくれたかまやつひろし氏や、キャンティの川添夫妻など、中学の時からキャンティに出入りした由実の周りには、感性豊かな大人が大勢いた。
「中でもタンタンこと川添梶子さんは早くから彼女の才能を認め、それが今でも支えになっていると、本人もおっしゃっていました。
 ユーミンは自ら八王子のご実家も案内してくれて、朝帰りに使った螺旋階段も本当にあった。確かにこの外階段を使えば六本木から始発で帰っても秀ちゃんが起こしに来る前にベッドに入れると、納得でした(笑)」
 やがてアルファレコード設立直後の村井邦彦氏や、立教高在学中からその名を知られた細野晴臣氏など、綺羅星の如き精鋭が集結し、アルバム『ひこうき雲』は世に放たれた。当初は本人すら歌うつもりのなかった、ユーミンのボーカルで。
「女性作詞家はいても作曲家はほぼいない男社会で、10代の女の子が才能を曲げずに世に出られたこと自体、奇蹟だと思うんです。新しい音楽には新しい声が必要だと見抜いた村井さん達の炯眼や、世に出るタイミングが1つ違っても、こうはなっていないと思います」
 都心までは浅川と多摩川を越え、電車で1時間弱。友人とは一定の距離を置き、それでも一目置かれる人気者は、大好きな音楽のためならどこへでも出かけた。
「群れず、囚われず自由な彼女も、川を渡れば八王子の由実ちゃんに戻る。ユーミン自身、『やさしさに包まれたなら』や『守ってあげたい』のベースにある秀ちゃんとの関係を『凄くフォーキーなもの』と言っていて、郷愁や東京を少し外から見る視線が欠けても、ここまでの国民性は得られなかったかもしれません」
 そんな彼女が自分だけの音楽をつかみとった瞬間を、著者は事実や証言に基づきつつ、想像力で一から紡ぎあげる。その実際に福音が鳴り響くような空間の神々しさこそ、この小説、、の白眉だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年11.18/25号より)

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