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【著者インタビュー】なぎら健壱『アロハで酒場へ なぎら式70歳から始める「年不相応」生活のススメ』/現在の心境や50年に亘る来し方を綴る最新エッセイ集

街歩きや写真、自転車や絵画等々、今なお趣味には事欠かない著者が、70歳という年齢に縛られることのない生活を記した、知的で奥深いエッセイ!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

今年、古稀を迎えたフォーク・シンガーが年齢に縛られない生き方を綴る軽妙洒脱な人生指南エッセイ

アロハで酒場へ なぎら式70歳から始める「年不相応」生活のススメ

双葉社 1815円
装丁/吉田有希 装画/前田なんとか

なぎら健壱

●なぎら・けんいち 1952年東京生まれ。父は宝飾関係の職人で、京橋小3年で葛飾へ転居。都立本所工業高校在学中の70年、全日本フォークジャンボリーに『怪盗ゴールデンバットの唄』で飛び入り参加。同曲はライブ盤にも収録され、72年『万年床』でアルバムデビュー。翌年の2ndアルバムに収録された『悲惨な戦い』は大反響を呼ぶ一方、放送禁止歌に。その後も文筆家、俳優等で幅広く活躍する一方、毎月末の吉祥寺マンダラ2などライブ活動も続行中。170㌢、75㌔、O型。

70歳になったからといって自分の考えを人に押し付けるのは偉そうで嫌なんです

 一人称は「あたし」か「俺」。東京は東銀座、旧木挽町に生まれ、小学3年生の時に葛飾区金町へ。少年探偵団ごっこに化学実験に漫画にと、昔から凝り性だった少年は、中学2年で初めてギターを買い、70年、高3の夏に、岐阜県中津川フォークジャンボリーに飛び入り参加。それがプロへの道に繋がるなど、趣味がことごとく仕事になる人だ。
 なぎら健壱著『アロハで酒場へ』は、街歩きや写真、自転車や絵画等々、今なお趣味には事欠かない著者が、70歳を迎えた現在の心境や初アルバム『万年床』から数えて50年に亘る来し方を、〈普段着で、しかも酒場で〉〈ただウダウダしゃべっているような文章〉で綴ってみたという最新エッセイ集。とにかく〈手は抜かず肩の力を抜く〉のが業界屈指の趣味人の仕事の流儀らしい。

『町の忘れもの』『東京酒場漂流記』等の下町探訪物や『高田渡に会いに行く』のような評伝まで、実は文筆業でも定評のあるなぎら氏。
「ただしあたしの本はマニアックな部分もあるからか、活字を読みつけない人には、少々硬すぎるらしい。
 まあでもそれが時代ならいいや、と思っててね。あえて今回は雑談調の軽い文体に挑戦してみたんですけど、真面目な話ほど茶化してみたり、逆にふざけたことを神妙に語ったり、元々そういうのが、好み、、ではあります」
 いつからか、〈飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ〉というモンゴルのことわざを真に受け、酒場に通う〈根が素直なあたし〉は、本書でも酒や趣味や仕事や人生について各1章を割き、徒然なる本音を自由に綴る。
「本来なら70歳ってことで、その手の本を出しそうなもんだけど、嫌なんですよ、偉そうなのが。それはその人の考えで、人に押し付けるもんじゃないからね」
 なぜ自分は酒を飲むにも酒場を好み、何を楽しみ、何をタブーとするか。また〈酔人と粋人〉の決定的な違いや、手本としたい人々。近頃の蕎麦屋は〈天抜き〉も通じないと呆れた本人が、自ら〈失態なんて茶飯事〉と恥を晒したりと、確かにエラそうな本では全くない。
 例えば都内の某酒場では、カウンターに座り、生ビールを頼んだ途端、〈なんだ、言わねぇのか〉と隣の客がポツリ。そこでピンと来たなぎら氏は、〈言わないんだというのは、チンカチンカのひゃっこいルービー?〉〈言うわきゃねぇよ、そんなこと〉と諫めつつ、次の1杯では律儀に期待に応え、〈やっぱり言うんだ!〉と、その場が楽しくなることを何より優先するのである。
「だって楽しく飲みたくて酒場へ行くわけでしょう?それはものまね芸人の古賀シュウの芸で、自分のじゃないってことは伝えた上で、周囲の思いや空気に乗っかるのも大事。
 前にダメな店や嫌な店の〈逆ミシュラン〉を作ったこともあるあたしの理想は、順当な値段で味も居心地もいい店。逆に星自慢みたいな店は口コミやら値段やらが加味されて、まずいと言えない空気を作っちゃうんです。実際に行った高級店は少なくともあたしの口には合わなかったし、そもそも万人に合う店なんて滅多にない以上、〈自分の口を信じましょうよ〉と」
 また第2章「日常を忘れる」では、趣味に〈年相応〉などありえないと全否定し、自身の過去に遡る趣味遍歴を披露。〈「趣味はかくあるべし」と思い込むと人生損します〉を地で行く著者の場合、その趣味が仕事になる度にまた次の趣味を探すことの連続だったという。
「例えば町歩きが好きだと言うと、すぐに散歩の○○みたいな仕事が来るんです。なぜかは知りませんけど。そのうちに写真や自転車や、下町で消えつつあるものの記録も連載や番組になって、日常を忘れ、自分を活性化できる時間が、そうじゃなくなってくるんですね。
 それでまた他を探すもんだから、趣味が雪だるま式に増えるんですよ(笑)。それでも今は多少減らしていて、納豆の包装を集めてたんですが、やめましたね。だって、公演先でもスーパーを何軒も廻ったりして、大変なんですよ。他のことが何も出来なくて(笑)」

「昔はよかった」とは言ってない

 本作の概ね軽快な筆致が、自身の音楽的原点やプロ意識に及んだ瞬間、厳しさをにわかに帯びるのが印象的だ。例えばモテるために音楽を始めた人は当時少なくなく、あなたもそうかと問われた著者は、〈そんなよこしまな考えでフォーク・シンガーになったわけじゃありません〉ときっぱり。〈あたしは、デモにも参加できないし、投石して機動隊ともめる根性もなかったんですけど、歌で種を播くことはできると真剣に思っていた〉〈だからこそ、反戦歌みたいなものを歌って〉〈あの時代の問題に切り込んでいたんです〉と。
「まあそれも先輩の模倣で、大したことじゃないんです。確かに今より若者は大人でしたよ。よく酒場で映画や演劇を熱く語ってる連中が反戦や差別についても深く考えていたり、考えずにはいられない時代でしたから。
 でもテレビに出る、出ないは先輩の方針に従うだけだったり、彼らが黒と言えば白い物も黒になった。それでもその先輩達の形があまりにも美しかったから、その土壌の上に自分も種を播けないか、そしたら聴き手も反応してくれると信じられたから、『悲惨な戦い』が放送禁止になっても歌ってこれたんだと思います」
 また町の光景や少年期の逸話など、細部までが鮮明な記憶にとにかく舌を巻く。
「まあ木挽町時代のことは、転校したから憶えてるんで、そのまま住んでたら忘れてますよ。人間関係も含めて途中で遮断されたから、かえって忘れられなくなった。
 あとは昔の景色なんかも、何もしなきゃ忘れますよね。あたしは写真を撮り、講演の度に薀蓄うんちくも仕入れるから忘れないし、たぶんそれが好きで、憶えていたいと思うから、忘れないんです。
 特に都会は変化が激しく、元々そこに何があったか、みんなも忘れちゃうだけに、東京の庶民の生活はこうだったってことを残したいだけ。『昔はよかった』とは言ってないんです。例えば汁の上の具が本当におかめの顔に見えるおかめ蕎麦を出す蕎麦屋をあたしは1軒しか知りませんけど、写真を見せると大抵の人は『こういう意味か』と驚く。自分が面白がってることを誰かにも面白がってほしい、ただそれだけなんです」
 何事も〈年不相応〉〈自分相応〉でと説く著者の中に、例えば郷愁がどう保存され、歌や文章にどう出力されるのか。そのプロならではのカラクリにますます興味が駆られる、実は見た目以上に(?)知的で奥深い1冊だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/内海裕之

(週刊ポスト 2022年12.2号より)

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