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【著者インタビュー】柚月裕子『教誨』/理不尽な事件に対して抱く戸惑いや「どうして?」を小説に描く

あのときなぜ罪を犯し、何を約束したのか――自分の愛娘を含む幼女2人を殺害した女性死刑囚の心に迫る、長編犯罪小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

幼女2人を殺した女性死刑囚が最期に遺した言葉の意味とは――慟哭の本格的長編犯罪小説

教誨

小学館 1760円
装丁/岡本歌織(next door design) 装画/高井雅子

柚月裕子

●ゆづき・ゆうこ 1968年岩手県生まれ。21歳で結婚、子育てが落ち着いた頃から小説教室に通い始め、2007年「待ち人」で山新文学賞入選及び文芸年間賞天賞、08年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。第15回大藪春彦賞受賞作『検事の本懐』を含む佐方貞人シリーズや、第69回日本推理作家協会賞作『孤狼の血』シリーズの他、『パレートの誤算』『慈雨』『盤上の向日葵』『ミカエルの鼓動』など著書多数。158㌢、A型。

生まれ落ちる場所を選べないことから世の中の不条理や不平等は始まっている

〈わからない〉〈人を殺す気持ちが〉〈まして我が子を手にかけるなんて〉―。
 そうした惨く、理不尽な事件に対して抱く戸惑いや「どうして?」を、作家・柚月裕子氏はけっしてそのままにしない。いたずらに怖れ、異物として排除するのでもなく、小説に描くのである。
 ほぼ1年ぶりの新作長編『教誨』の主人公は、互いの祖父が兄弟である〈三原響子〉の身元引受人に、母〈静江〉共々指名された〈吉沢香純〉33歳。香純が幼い頃、青森の本家で会ったきりの響子は、10年前に8歳の娘〈愛理〉と近所に住む〈栞ちゃん〉5歳を殺害した容疑で逮捕され、控訴を拒んだことで死刑が確定。東京拘置所に身柄を送致されていた。
 そして香純が刑の執行後、遺骨を引き取りに行く場面から本作は始まり、以降は青森を訪れ、事件について自ら調べ始めた香純の語りと、執行を粛々と待つ響子自身の回想とが交互に並走。しかしあの時、なぜ愛娘を手にかけたのかは、当人にすらわかり得ないのである。

 舞台は青森県〈相野町〉。まずは岩木山を水源とする〈白比女川〉で橋から落ちたらしい愛理ちゃんの溺死体が、翌月には絞殺された栞ちゃんの遺体が発見され、初動を誤った警察や報道の異様な過熱ぶりは、かつてあった連続児童殺害事件を彷彿とさせる。
「今作では過去に実際に起きた事件の資料もかなり読みましたし、北東北を取材で回る間、死刑判決を下す基準にもなっている殺人犯・永山則夫の実家跡に立ち寄ったりもしました。私はなぜか昔から彼の存在が気になっていて、土地が持つ貧困の歴史であるとか独特の空気感がそうさせる面もあると思うんです。
 私も東北出身でかつ地元を持たない元転校族なので、身内意識が強く、地元の人間ほど守られる半面、言いたいことも言えなかったりする感じは分かる。その点は良し悪しですが、やっぱり人間、生まれ落ちる場所を選べないことから、世の中の不条理や不平等は始まっているんだなという、私自身の作家的問題意識と繋がる感じもあるので」
 仕事にも恋にも特に熱中することなく、次の職場に移るまでの有給消化期間に執行の連絡を受け、今は亡き響子の母〈千枝子〉から後のことを頼まれた母の代理で東京拘置所を訪れた香純は、いわば巻き込まれ型の探偵役。そんな素人探偵を突き動かしたのは、9歳の時、本家の庭で蛙をつつく自分を〈いじめないで〉と諫めた15歳の響子の姿と報道された鬼母像との乖離、そして遺品の日記に毎日記された〈約束は守ります〉という言葉だった。
 刑に立ち会った刑務官によれば、響子の最期の言葉も〈約束は守ったよ、褒めて〉だったといい、彼女はなぜ罪を犯し、何を約束したのか、香純は納骨を拒む本家の説得も兼ねて相野町を訪れ、響子の本当の姿を知ろうとするのだ。
「ここまでフツウの人間を探偵役にしたのは、たぶん初めてだと思います。
 私としては響子の心理を主に描き込みたかったので、探偵役を控えめにしたのと、表面的な情報をただ鵜呑みにしてきた人が彼女を直接知る人間に話を聞き、その過酷な生い立ちに触れた時、何を思うかを書いてみたかったんですね。
 ただ香純には何の権限も経験もないので、現地では津軽日報社の記者〈樋口〉に協力してもらいました」

殺意の有無なんて明確には言えない

 樋口は響子や千枝子が本家や父〈健一〉からどう扱われ、また陰湿なイジメがあった事実も掴んでいた。が、記事にしようとすると誰もが否定し、〈口裏を合わせたわけではありません〉〈住人と気まずくなるのは困る〉〈結果としてそうなったんです〉と樋口は言う。何より響子の母親からきつく口止めされたのだと。
 一方、響子のパートでは〈どうしてお前はなにもできないんだ〉〈馬鹿、低能〉と父親に叱られ続け、そんな自分を母が〈私の育て方が悪いんです〉と庇ってきたこと。その結果、〈馬鹿だったから、愛理を育てられず、栞ちゃんを殺してしまった〉こと。そんな彼女の哀しすぎる告白を、執行の瞬間が刻々と近づく中で読者は読むことになる。
「響子のパートは書くのが本当に辛くて、メンタルをだいぶ削られました。でも動機に関する『なぜ?』は内側からしか書き得ないし、本人もわからないことがあると思う。例えば娘といる時に母親が携帯を延々弄っていたという話が、育児放棄にも愛娘を撮るための操作にも、見方1つで反転したりする。まして殺意の有無なんて明確な物言いは何一つできないというのが私の実感なんです。つまり殺意や悪意はなくても誰もが響子と似た立場に十分なり得ると。なんだかやりきれないですよね」
 愛理の父親だった男が働かなくなり、響子が一時的に勤めたスナックのママの証言がいい。
〈なにが悪いわけでもないのに、うまくいかない人っているのよ〉〈殺したのは響ちゃんだけど、そう仕向けたのは身内とここの住人たちだよ〉
 しかし、そのママですら〈こんなこと誰かの耳に入ったら、商売あがったりだ〉とこぼし、狭すぎる社会や世間の目が真実をみるみる歪めていくのである。
「響子も千枝子も〈幸せになりたかっただけ〉なのに、なぜそうならなかったのか。私自身、転校する度に『なんでそんなこと言うの?』『どうして?』と考えてきただけに、なぜこんな酷い事件や災害が起きるのか、答えはなくともやはり考えずにいられないんです」
 その問いの続きと約束の意味について考えることは、読者1人1人に託された。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2022年12.9号より)

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