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【著者インタビュー】伊東 潤『一睡の夢 家康と淀殿』/どこにでもいるような平均的な人物として家康を描きたかった

凡庸だからこそ、徳川家康は天下がとれた――史料と定説、さらに新説をじっくり吟味した上で、慎重に自らの解釈を導き出して書かれた濃密な歴史小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

本年度大河ドラマ主人公のまったく新しい像を描き出す親と子の「継承」の物語

一睡の夢 家康と淀殿

幻冬舎 2090円
装丁/芦沢泰偉 装画/チカツタケオ

伊東 潤

●いとう・じゅん 1960年横浜市生まれ。早稲田大学卒。ビジネスマン生活を経て、2007年『武田家滅亡』でデビュー。11年『黒南風の海』で本屋が選ぶ時代小説大賞、13年『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、同年『義烈千秋 天狗党西へ』で歴史時代作家クラブ賞作品賞、同年『巨鯨の海』で山田風太郎賞と高校生直木賞、14年『峠越え』で中山義秀文学賞を受賞。初めて見た大河ドラマは72年の『新・平家物語』。「この大河を見て歴史好きになりました」。173㌢、96㌔、B型。

史実と定説、さらに新説まで吟味した上で独自の解釈を導き出していくのが歴史小説

 伊東潤著『一睡の夢』の主人公は、言わずと知れた〈家康と淀殿〉。この2人に関ヶ原後の約15年を交互に語らせ、濃密でリーダビリティ溢れる1冊に仕立ててみせた著者は、晴れて昨年、作家生活15周年を迎えた。
「版元は違いますが、前作『天下大乱』で関ヶ原を、本作で大坂の陣を描き、作家としての折り返し点にしようと。僕も今年63ですし、昨今のめざましい研究成果を反映した関ヶ原の戦いと大坂の陣の実像を、最も筆勢のある今書いておきたかったんです」
 物語は関ヶ原の勝利から6年後の慶長11年、日比谷入江の埋め立てを無事終え、費用は諸大名に課したので、〈当家の腹は痛みません〉などと、前年、征夷大将軍の座に就いた嫡子秀忠から、家康が江戸城普請に関して報告を受ける場面で始まる。
〈わしの立場で、そこまで知る必要があるのかを考えてみよ〉と律儀に過ぎる息子に父は苛立ち、そして思う。〈わしのような立場の者が、大坂にもう一人おったな〉と。
 秀吉の側室にして現当主秀頼の〈お袋様〉、淀である。
 が、共に子孫繁栄を願い、〈天下静謐〉を夢見ながら利害が一致するはずもなく、結局は命運を分かつ彼らの、これは「継承、、をめぐる物語」でもあると伊東氏は言う。

 折しも本年大河ドラマは古沢良太作、松本潤主演の『どうする家康』に決定。
「僕の作品はしばしば大河ドラマと題材が被るので、便乗と思われがちなんですが、歴史小説の場合、題材に限りがあるので、バッティングなんて日常茶飯事なんです。昨年も鎌倉時代初期を描いた『修羅の都』と『夜叉の都』が『鎌倉殿の13人』と当たりましたが、作品数が多いのも、その原因ですね。でもいちいち気にしていたらきりがありません」
 伊東氏は書き手としての強みを、ストーリーテリング力と歴史解釈力に置いているが、本作では、特に後者に比重を置いたという。
「歴史小説というのは、一次史料に残る史実と歴史学の先生方が積み上げてきた定説を重視します。この二つを吟味した上で、独自の歴史解釈を物語にしていくのが歴史小説になるわけです。本作の場合も、史料と定説、さらに新説を吟味した上で、慎重に自らの解釈を導き出していきました。そうしたきめ細かい作業を怠らないからこそ、家康や淀殿をはじめとした登場人物たちが、リアリティを持って生き生きと現われてくるのではないかと思います」
 齢65を過ぎ、政権安定を焦る家康は、同じ妾腹でも兄・結城秀康ではなく秀忠を次期将軍に自ら選びながら、その従順さが歯痒くてならない。〈だがもはや乱世ではないのだ。乱世が続くのなら、秀康は徳川家の当主に最適だったろう。―徳川家が幕府を開いた今、必要なのは「守成の人」なのだ〉
 一方、大坂城の淀殿も、小谷城が落城し、〈誇りこそ人の最後の寄る辺〉と父・浅井長政や母・市から身をもって教わった日のことや、城を出た後も、母や2人の妹共々、戦乱の世に翻弄されてきた日々を折に触れて回想。今度こそ家を守り、秀頼を将軍とするにも、〈時を稼ぐことが、今は大切なのか〉と、家康と秀頼の年齢差に唯一の勝機を見出していく。

凡庸だからこそ天下が取れた

「過去の諸作品では、感情的な女性として描かれがちだった淀殿ですが、実際は豊臣家の存続と誇りを守ることを天秤にかけつつ、最適と思われる選択肢を、慎重に選んでいった賢い女性だったと思います。僕は、そんな淀殿の実像を知ってほしかったのです。
 読者の中には、自分のイメージとは違うと思う方もいるかもしれませんが、この物語の淀殿は、史料や定説をじっくりと吟味した上で描いたので、安心してお読みいただきたいと思っています」
 また家康と秀忠の関係には、一男一女を持つ自身の思いも反映されたとか。
「親というのは愚かなもので、常に自分の子供が至らないと思ってしまいます。僕も同じで、いくつになってもゲーム三昧の息子が心配でなりませんでした。しかしある時、しっかりした一面を知ることになり、息子に対する見方が変わりました。家康も後継者に選んだ秀忠に気を揉んでいました。しかし徐々に秀忠が後継者に適していると気づくことになります。一方、淀殿も秀頼の凛々しい一面を知り、何とか豊臣家を存続させたいと願います。しかし運命は、それを許してはくれません。本作では、そんな親子の継承の物語を書きたかったのです」
 それでいて家康が類まれな政治家ではなく、あくまで一人の人間である点も面白いと言う。
「狸親父的な家康像が一般化したのは司馬遼太郎さんの『関ヶ原』以降で、大河ドラマでいうと『葵 徳川三代』(00年)の津川雅彦さん辺りからです。その前は、律義者というイメージが先行していました。
 そうした従来のイメージを尊重しつつ、新たな家康像を構築しようとしたのが本作の狙いです。何でもすべて知っている謀略家の家康ではなく、次々と立ちはだかる問題を苦労しながら解決していく、どこにでもいるような平均的な人物として、家康を描きたかったのです。まさに家康は、凡庸という言葉が最もしっくりくる人物であり、凡庸だからこそ、天下が取れたということを、読者に知ってほしかったのです」
 家康という人間を深く洞察し、その実像に迫った本作を読んでから見る大河ドラマは、また一味違ったものになるだろう。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2023年1.13/20号より)

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