本との偶然の出会いをWEB上でも

【著者インタビュー】大平一枝『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』/台所の話を手がかりに市井の人の人生を辿るノンフィクション

取材した台所は10年間で260軒あまり。「喪失と再生」をテーマに綴った話題の最新作についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「何事もなく生きている人は1人もいない。みんな、痛みや悲しみを抱きしめて生きていく」

『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』

毎日新聞出版 1870円

≪過ぎた日々になんとか折り合いをつけ、心を立て直し、今日もごはんを作るために台所に立つ。その切なくて清々しい人間の強さを、本書で掘り下げたいと思った≫(「はじめに」より)。大平さんが訪ねる台所の主は、年齢も家族構成もバラバラ。調理道具や棚、作る料理、冷蔵庫の中‥‥そんな台所の話を手がかりにその人の人生を辿り、紡いでいく。離婚や死別、さらにはそれによって子どもを1人で育てる心細さなどの中でも、つらい現実を受け止めながら台所に立ち、たくましく生きていこうとする姿に胸が熱くなる傑作ノンフィクション。

大平一枝

(おおだいら・かずえ)文筆家。長野県生まれ。日本福祉大学女子短期大学(1996年廃止)卒業。編集プロダクションを経て1994年にライターとして独立。朝日新聞デジタルマガジン「&w」で「東京の台所2」を連載中。著書に『ジャンク・スタイル』『東京の台所』『男と女の台所』『ただしい暮らし、なんてなかった。』『届かなかった手紙』ほか多数。

著名人ではない、市井の人の話がこんなに奥深いのか、と

 1冊本を書いたら終わりのはずだった。
 大平一枝さんが朝日新聞社のウェブサイト「&w」で手がけている連載「東京の台所」が始まって10年。取材した台所は260軒あまり、大平さんのライフワークと言うべき、息の長い企画になった。
 書籍化も、この『それでも食べて生きてゆく』で3冊目。新刊のテーマは「喪失と再生」で、家族と死別した人や離婚して新しい暮らしを始めた人、自ら肉親との別れを選んだ人などに、いまの思いを聞いている。
「もともとは書籍をつくるところから始まった企画で、都築響一さんの『TOKYO STYLE』が大好きだという編集者から、自分もああいう本がつくりたい、あの台所版をやりませんかというお話をいただいたんです。その後で朝日からウェブ連載の話が来て、『東京の台所』はスタートしました」
 著名人ではない、市井の人の自宅を訪ねて台所の写真を撮影して、食事にまつわる話を聞く。取材対象者は匿名で、顔も出さない。地味と言えば地味な企画なのに、10人いれば10通りの味わい深い人生の物語を大平さんはじっくり聞き出す。「&w」のサイトの「顔」のような人気連載になり、コミック版の『東京の台所』(作画・信吉、小学館クリエイティブ)も出た。
 連載が始まった当初は週1回の更新で、取材相手を見つけるのに苦労したそうだ。月曜更新なのに土曜日になっても取材先を決められず、当時、住んでいたコーポラティブハウスの友だちに頼みこんで取材させてもらったこともあったという。
「相手は取材される経験のない人がほとんどですから、なるべく敷居を低く感じてもらうように、大きな声で『こんにちは!』と元気に入っていきました。駅からの道にある八百屋さんやお豆腐屋さんについてとか、相手が答えやすそうな、その街のことをまず聞いて。得意料理やキッチンの不満をアンケート用紙に書いてもらっている間に機材をセットして台所を撮影し、それから話を聞くようにしていました」
 ずっと1人で取材と撮影をしていたが、長年、重い機材とパソコンを運び続け、取材した翌日は足の痛みで眠れなくなるように。変形性股関節症と診断され、いまは撮影を写真家の本城直季さんが担当している。
 録音用のICレコーダーを使わず、相手と向き合って、じっくり話を聞くのが大平さんのスタイルだ。明るい笑顔に励まされてか、これまで言えなかった思いを口にする人も少なくない。
「それまでも、スポーツ選手とかお医者さんとか、100人以上に話を聞いて、ゴーストライターとして本をつくってきたんですけど、著名人ではない、市井の人の話がこんなに奥深いのか、ということを、『東京の台所』の取材で初めて知りました。正直に言うと、途中でちょっと飽きた時期もあったんですけど、いまは、とんでもない、全然、筆が足りていない、書き切れてなかったわ、と思っています」
 全然書き切れていない、という気持ちは、取材すればするほど強くなるそうだ。
「2時間程度の取材でその人の何がわかるんだろう。人を描くってどういうことなんだろう、って。ウェブの取材では聞き切れなかったことや、あの人のその後はどうなっただろう、といったジレンマを書籍で解消しているところもありますね」

本当に書いちゃっていいの?って何度も聞いたら――

 取材した相手から連絡がくることもある。今回の本で一番初めに出てくる家族は、前に取材した女性から紹介された。元の隣人にあたり、旦那さんが大腸がんの闘病中で、大平さんに取材してほしいとメールに書かれていた。
 取材する日を決めたが、残念ながら旦那さんはその前に亡くなってしまう。最後までよく食べ、よく飲み、家族とともに過ごした人の姿を、妻から聞くことになった。
「喪失と再生」という今回のテーマは、シリーズ2冊目の『男と女の台所』を読んだ人からヒントをもらった。
「あるラジオ番組のビブリオバトル(書評対決)の企画で、『男と女の台所』をプレゼンして勝った人がいたんです。彼は最近、お父さんを亡くしていて、亡くなる前に一度だけ、すき焼きをつくって食べてもらったことを本を読んで思い出した、って。台所は喪失の場所でもあるんだと、それで気づきました」
 連載が続くなかで、サイトでも取材に応じてくれる人を募集するようになり、応募してきた人に話を聞くことも増えた。
「二一歳春。実母と縁を切る」で描かれる女性も、応募してくれた1人。精神疾患を持つ母と、ネグレクトぎみの祖母のもとで育った。
 1人で暮らすようになって初めて料理を覚えた彼女の小さなアパートに、立派な冷蔵庫があった。肉親に頼れない彼女をひそかに支えた市役所の職員が手配したものだった。
「公務員って悪いことをしたときぐらいしか報道されないけど、そうやって、陰で支える人もいるんですよね。彼女の場合は、どこで突き止められるかわからないから、本当に書いちゃっていいの?って何度も聞いたんです。そしたら、『来週引っ越して、メールも携帯番号も全部変えるから書いちゃってください』って。そのぐらいの覚悟で応募してくれたんですね」
 最後の「続・深夜の指定席」には、「東京の台所」の取材第1号だった、大平さんの友人が登場する。当時、事実婚だったパートナーの病気をきっかけに婚姻届を出し、彼の死後、1人で暮らす、同じ部屋の、同じ台所だ。
「私ね、『東京の台所』の取材を始めるまで、世の中には何事もなく生きている人がいると思ってたんですけど、今は、ああ、1人もいないわ、って思うんです。みんな何かしら、痛みや悲しみを抱きしめて生きていくんだ、って。台所を10年取材して、つくづくわかったことですね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 いくつもあって、若松英輔さんの『悲しみの秘儀』(文春文庫)でしょ、長田弘さんの『私の好きな孤独』(潮文庫)には、今回の喪失と再生というテーマに関して影響を受けました。石牟礼道子さんの『苦海浄土』(講談社文庫)も最近読みまして、こんな面白い本だったのかと驚きました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 又吉直樹さん、平野啓一郎さん。でも、亡くなった作家のものを読むほうが多いですね。

Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
 開高健『人とこの世界』(ちくま文庫)。仕事場のすぐ手にとれる場所に置いてます。原稿を書いていて、その締め方は前にもやった、いかんいかんと思うようなときに開きます。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
 アマゾンプライム・ビデオで見た『THIS IS US』。連ドラの『エルピス』にもハマっています。

Q5 最近気になるニュースは?
 いろいろありすぎて。原爆開発のマンハッタン計画に参加した3000人の科学者の中に、日本に原爆を落とさないでくれと署名した人が70人いるんです。その人たちに取材して『届かなかった手紙』という本を書いたので、核関連のニュースは気になります。ハンフォード・サイト(マンハッタン計画でプルトニウムの精製が行われた)の水質汚染による風下住民訴訟の行方も追っています。

Q6 何か運動はしていますか?
 すごいストレートネックなので、朝、ストレッチをしています。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2023年2.2号より)

記事一覧
△ 【著者インタビュー】大平一枝『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』/台所の話を手がかりに市井の人の人生を辿るノンフィクション | P+D MAGAZINE TOPへ