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蛭子能収著『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE, NO LIFE.』に映る素顔とは?

「蛭子流」の生き方は、どんな人生経験から出来上がったのか?実は一本芯が通った、その素顔に注目する一冊。蛭子流ギャンブル人生訓も掲載した注目の作品について、著者にインタビューしました!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

マンガデビュー作も収録

テレビでは見せない素顔と

本音で綴る蛭子流生き方

『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE, NO LIFE.』

ぼくはこうして生きてきた

コスモの本 1300円+税

装丁/永井亜矢子(陽々舎)

蛭子能収

著者_蛭子能収

●えびす・よしかず 1947年10月21日生まれ。長崎県出身。長崎市立長崎商業高校卒業後、地元の看板屋に就職。20歳のときにつげ義春の『ねじ式』に衝撃を受け、漫画家を志す。70年に上京し、様々な職を転々としつつ、73年に『パチンコ』で漫画家としてのキャリアをスタート。その後、劇団東京乾電池のポスターを描いたのをきっかけに役者デビューし、「普通っぽさ」が受け、テレビ業界で引っ張りだこに。171㌢、78㌔、О型

地味な存在だけど、お金はたくさん

持っている。そんな男がカッコいい

テレビ東京系列の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』で再ブレイクした蛭子能収の勢いが止まらない。14年8月に出版した『ひとりぼっちを笑うな』が10万部超えのヒットを記録してからは、立て続けに本を執筆。「視聴率男」にして、「ベストセラー作家」というモテモテ振りだ。

 このたび出版した『僕はこうして生きてきた』では、大好きなギャンブルのこと等を語りつつ人生をも語る。“エビス本”は立派なことなど何一つ書いていないのに、読後、生き方を指南されたような気になってしまうから不思議なのだ。

 大事なことは全部、蛭子さんが教えてくれる。

言いにくいことをサラリと口にする。

「僕はお金がある人が勝者だという考え。ないよりはあった方が幸せになれる」

そこそこお金を持っていて、その上で、こんな発言をして嫌味に聞こえない人はそうはいない。

蛭子が敵を作らないのは、金持ちであることを誇示しないからだ。「高級」と名の付くものには、まったく興味を示さない。なんてことのない国産のクオーツを何十年も使い続け、どんな服装のときも茶色い革のウォーキングシューズを愛用し、車は「ヴィッツで十分」と言う。一時期流行った、ちょっと無理してでもいい物を持とうとする「ちょい悪オヤジ」とは正反対だ。

そんな蛭子にとって、カッコいい男とは―。

「地味な存在で、誰にも見向きもされないんだけど、お金はたくさん持っているというのが好きなんです」

やはり、最後は金。蛭子は、人なら当然持っているだろう金銭欲を否定しない。しかし、そこには生活者として、常にひたむきでありたいという蛭子なりの美学がある。

「生活のために働いている人が好きなんです。ボランティアでもいいから、俺はこれをやりたいんだっていう人は、あんまりカッコいいと思わないですね」

蛭子にとって生きる上で大切なものは、もはや言わずもがなだが、まずはお金で、その次が自由だ。

本業の漫画家としては、イラスト等を含めると月10本の連載を抱え、40、50万円を稼ぐ。そして、本人いわく「アルバイト」だというタレント業で、漫画の半分以下の労働力で漫画の倍以上のお金を稼ぐ。テレビの仕事は、生活のためだと割り切っている。

「そう思えば大抵のことは耐えられる。本当はテレビには出たくないんです。世間に自分の顔をさらすの、好きじゃないんで。でも仕事って本来、辛いもんじゃないですか」

お金を得れば、人生で二番目に大切なものも自ずと手に入る。お金と自由の二つがそろって、初めて可能になるもの。それが蛭子にとってはギャンブルだ。たまの休みには、10枚の万札を裸のままジャケットの内ポケットに突っ込み、平和島競艇場へ出かける。そこには世界一幸福な男の姿がある。

「ギャンブルも、もちろん儲けるためにやるんですよ。負けてもいいなんて思ってない。ギャンブルでも、どんどんお金が減っていく人は負け犬ですね」

―蛭子さんも、ほとんど勝っていないのでは。

「だから、僕は負け犬なんです(笑い)」

舟券は必ず自分で

予想して買うべし

生涯でボートレースにぎ込んだお金は軽く一億円を超えるという。それでいながら「でも、いつかは」と闘志を漲らせている。根っこで堅実な生き方を是としているからこそ、一方で、一攫千金を夢見ずにはいられないのかもしれない。

著書『蛭子能収のゆるゆる人生相談』(15年)では、こんな金言を吐いている。

〈仕事で輝くという人生は変。人は、競艇場で輝くために働くんです〉

蛭子はギャンブル狂だが、決してギャンブル依存症に陥っているわけではない。そこは制御機能が働く。

「借金してまでやろうとは思わないですね。電話やインターネットで舟券を買ったりもしない。試したこともあるんですけど、ぜんぜん楽しくないんですよ」

蛭子がギャンブラーとして「そこだけは譲れない」と強く語るのは、〈自分の生きる道は自分で決める〉のと同様に、必ず自分で予想して購入することだ。

もっとも自由を謳歌できる場で、その自由を自ら放棄するほど馬鹿馬鹿しいことはない。見てくれはふにゃっとしているが、芯は一本通っているのだ。

こんな一面も、そうだ。

〈ビートたけしさんがスタジオにいると、近づいていく人がけっこういるんです。恥ずかしげもなくそばに寄っていくんですね。(中略)僕はこういう人たちが苦手です〉

嫌い、と否定しないところが奥ゆかしい。蛭子は人と群れることも好まない。

「そもそも人としゃべることが好きじゃない。人の話を聞いてても、たいしたことしゃべってないでしょう? 人の悪口だったり、愚痴だったり。だから、打ち上げとか嫌いなんですよ。早く帰りたくなる」

他人の問題には無関心を貫くが、そこは寛容さと表裏一体でもある。

「ベッキーの不倫疑惑も、相手の男性と、その奥さんの三人が話し合えばいいこと。他人があれこれ言うべきじゃない。どうなろうとも、自分には何も関係ないじゃない」

それでいながら、毎月ユニセフに募金をしたりもする。が、その点を突っ込むと「女房がしているから、しているだけで。たいした理由はないです」と予想通り素っ気ない。

人に媚びず、孤独を愛し、愚痴をこぼさない。他人とは極力関わらないようにしているが、最低限の優しさだけは維持しようとしている。蛭子は何かに似ている。そう、ほんのちょっと、ハードボイルド小説の主人公のようなのだ。カッコ悪いのだが、カッコいい。

6月4日、蛭子の初主演映画『任侠野郎』が封切りとなる。気になる役どころは、口数の少ないクレープ屋。しかし、若い頃はある組の若頭として怖れられた元ヤクザという裏の顔を持つ。そのギャップがまた、実際の蛭子とだぶる。蛭子はバカな振りを装い、相手の素を引き出し内心でバカだなとほくそ笑んでいるような性悪な面も持っている。

戦わずして、勝つ―。

孫子の兵法にもあるが、これぞ最強の処世術だ。

「はははは。バカな振りをしているというよりは、本当にバカなんですよ」

騙されてはいけない。

●構成/中村 計

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016年5.27号より)

 

 

 

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