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小川糸著『ツバキ文具店』で描かれる、心温まる鎌倉の日常。著者にインタビュー!

ベストセラー『食堂かたつむり』の著者、小川糸が描く、鎌倉を舞台にした心温まる物語。そのストーリーと創作の背景を、著者にインタビュー!

     

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

鎌倉を舞台にベストセラー作家が描く心温まる物語

『ツバキ文具店』

ツバキ文具店

幻冬舎

1400円+税

装丁/名久井直子 装画/しゅんしゅん

小川糸

※著者_小川 糸

●おがわ・いと 1973年山形市生まれ。08年『食堂かたつむり』を上梓。映画化や翻訳もされ、伊バンカレッラ賞、仏ウジェニー・ブラジエ小説賞受賞。他に『つるかめ助産院』『にじいろガーデン』『サーカスの夜に』、エッセイ『ペンギンと暮らす』『これだけで、幸せ』等。夏はベルリンで暮らし、モンゴルでは遊牧生活も経験。「少なく豊かに暮らすのが理想です」

 

手紙の全く効率的ではない手間や届くまでの曖昧な時間が物語を生むんです

 暮らす、食べる、出会う。

08年の話題作『食堂かたつむり』を始め、小川糸作品では自身愛してやまない生活が、物語を生む土壌になってきた印象がある。

 彼女自身が日々を愛しみ、丁寧に暮らす。だから作品もまた豊かでと凜とした好ましい空気を纏うのである。

 最新作『ツバキ文具店』の舞台は、海と山々に囲まれた古都鎌倉。実は自身も自宅を改装する際に同地に仮住まいした経験を持ち、住人にしかわからない四季の移ろいや人々の在り方、本当に美味しいものはどこにあるかまで、極上の鎌倉ガイドとしても機能する。

 主人公の〈雨宮鳩子〉は今では珍しい〈代書屋〉を最近継いだ11代目。彼女が〈先代〉と呼ぶ祖母の死後、休業状態にあった店を細々と営む20代の独身女性だ。年賀状の宛名書きに恋文や絶縁状、亡き夫の〈天国からの手紙〉まで依頼は幅広く、文面や字体まで当人になりきって代筆したりする、憑依に近い激務である。

 一方当の鳩子はというと、厳しかった先代に未だ確執を抱え、過去の傷と今とを彼女はどう切り結ぶのか?

鶴岡八幡宮の鳩に因んで命名され、近所で〈ポッポちゃん〉と呼ばれる鳩子の朝の日課がまずいい。毎朝夜明けと共に起きてヤカンで湯を沸かし、その間に店先を掃き清めて家中の床を丹念に磨く。番茶で一服し、裏庭の〈文塚〉に水を供えたら、まもなく開店である。

ツバキ文具店は八幡様の脇を入った鎌倉宮の程近くにあり、大きな藪椿の木が目印だ。小学校にも近く、文房具は一通り扱うものの、先代は子供には鉛筆が一番と譲らず、シャーペンなど言語道断。よって大奥の右筆ゆうひつが初代とされる代書屋が、家出同然に出た町に久々に戻った鳩子の主な仕事だ。

「私も鎌倉にいた4か月は鳩子同様の日課をこなし、今もそう。朝早くに起きてお茶を淹れ、新聞を読み、それから仕事にとりかかる繰り返しで、毎日をきちんと暮らすことで、より心地よく仕事ができるんです」

いつも身ぎれいで明るく、男友達にもモテモテの隣人〈バーバラ婦人〉や、嵐の中、店先のポストに投函した手紙を回収したいと駆け込んできたスタイル抜群の小学校教師〈楠帆子〉こと通称〈パンティー〉。友人の借金を断わる謝絶状の依頼主で着物姿が粋な〈男爵〉や鳩子の最年少の友人〈QPちゃん〉など、登場人物の多くは渾名で呼ばれる。

「ちなみに帆子はハンコ+ティーチャーでハンティー、それがパン作りも得意なのでパンティーに転じたのが、一応の由来です(笑い)。

実際、鎌倉では皆さん、渾名の付け方がとても上手で、年齢も職業も関係なく、鎌倉市民というだけで繋がりあえる、つかず離れずの関係が素敵でした。鳩子とお隣のバーバラ婦人も会わない時は何日も会わないのに、『今日は陽気もいいから朝食を食べに行かない?』と誘いあったり、ご近所さん同士の潔さや間のよさを、家族小説とは違う形で書いてみたかったんです」

誰かに思いを尽くせたら十分

亡き夫からの手紙を心待ちにする認知症の母親を安心させたいという息子の依頼には、季節の花々を押し花にした愛らしい手紙を。手術を前に初恋の人に〈僕が生きているってことを、伝えたいだけなんです〉との依頼には、便箋にベルギー製のクリームレイドペーパー、インクはセピア色を選び、ガラスペンで優しさと生きる意志を表現する鳩子の丹念な仕事に、心を込めるとはこういうことかと改めて思う。さらに本書ではそれらの手紙を字書き・萱谷恵子氏が全て手書きし、肉筆の魅力を再発見できる。

「萱谷さんは映画のお仕事もされていて、ヘタな字も巧いんです。鳩子が〈汚文字〉に悩む美女〈カレンさん〉と出会って気づくように、心の綺麗な人が綺麗な字を書くとは限りませんが、おかげで手紙の持つ身体性がより際立った気がします。

今は用件だけならメールで済む時代ですが、手紙は封を切ると、その人の周りに漂う空気や匂いまで届く時がある。私も手紙は書くのも頂くのも好きで、効率的では全くないその手間や届くまでの曖昧な時間が、たぶん物語を生むんです」

頼朝を祀る八幡様と護良もりなが親王を祀る鎌倉宮の両方にお参りする鳩子は、代書屋を営む一方で裏庭の文塚を守る。そういう裏面も必ず描くのが小川作品のよさだ。そもそも代書屋は人の生死や愛憎全般を扱い、鳩子は匿名の〈元・姉〉の絶縁状に心身を消耗する一方、彼女の愛情にも思いを馳せた。

「手紙は良くも悪くも形に残るし、自分では言いにくいことを代弁してくれたり、白黒つかない微妙な手紙の方が需要はありそうですね。心温まるだけでも毒々しいだけでもない、読者宛ての長い長い手紙を書いている私も同じかもしれません」

その点、祖母とは築けなかった関係を町の人と築く鳩子の造形は、著者からの最大のメッセージだろう。

「鳩子が自分を責めるのはわかる。でも無闇に苦しむより、その分、他の誰かに思いを尽くせたら私は十分だと思うんですね。家族に対して素直になれないなら、血縁とは関係ない人を思えばよく、たとえ不器用でもいろんな人の思いがめぐりめぐっていくことが、一番大事な感じが私はします」

きっと彼らはこれからも、お花見や結婚式やお葬式や、いくつもの祝儀や不祝儀を重ねていくのだろう。そのたびに町の人々から必要とされ、自分にできることを丁寧に粛々とやって生きる鳩子の未来をも読みながらに確信できる、静かでいて背筋の美しい良著である。

●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016年6.17号より)

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