『うそつき、うそつき』
ポスト・ブック・レビュー【この人に訊け!】
鴻巣友季子【翻訳家】
うそつき、うそつき
清水杜氏彦著
早川書房
1700円+税
装丁/早川書房デザイン室
装画/片山若子
「テクノロジーによって築かれた秩序ある社会」の恐怖
「犯罪者は死んで当然」―そんなスローガンを唱えた国家があった。その国はやがて、と犯罪のない社会をつくり、システムの合理化を図るため、首輪型の発見器の装着を全国民に義務づけて、完全な管理下におく。今では、表面上は秩序ある社会が築かれているが、テクノロジーによる裁きを重視するあまり、生身の人間の倫理観は薄れてしまった。
今年デビューした新人による近未来ミステリだ。日本に似たこの国が開発した発見首輪の真相に迫り、ひいては、人はなぜをつくのかという究極の問いに向かっていく。
主人公で十八歳の少年「フラノ」は、首輪の「除去」を生業とする闇の仕事人。首輪は年齢や前科などによって五種類の型が製造されており、彼はさまざまな依頼人と出会う。事前の面会で、なぜ首輪を除去したいのかを聞くのだが、占い師や弁護士などがクライアントの人生の暗部、深部を知るように、多様な人間ドラマが立ち現れる。痣のある不思議な少女、詐欺師、不倫妻、自信満々の医者、優しすぎる継母……。首輪は数分内にはずせなければ、国の中枢機関「央宮」に察知され、自動的に首輪が絞まって装着者は殺される。フラノは友人を救うため、誰も攻略法を知らない「レンゾレンゾ」と呼ばれる幻の首輪を探し求める―。
リアリズム小説ではあるが、依頼人たちは名前がないか、「ユリイ」「サクラノ」といったコードネームめいた名であり、背景にある国家組織の得体が知れないため、どこか寓話的な雰囲気もある。「」とはなんだろう。社交辞令や心にもない相はか? す相手がいなければではないか? では、誇大妄想は? プロパガンダは? 本作では、とは「自身に対して、疚しさを感じているかどうか」が判定基準。そう、正義と信じているかぎり、なにを言っても「真実」判定になるのだ! この発見装置に引っかからない政治家や経営者や偽宗教家は、どこの国にもいそうなのが怖い。
(週刊ポスト2015年12/25号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【著者インタビュー】久世番子『よちよち文藝部 世界文學篇』/登場人物のカタカナ名前が覚えら・・・
漫画家の久世番子部長と、その担当編集者が世界の文学について語り合う一冊。世界文学をまったく読んでいなかったという部長が、海抜ゼロメートル地帯から最高峰の世界文学に挑みます!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】伊集院 静『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』(上・下)/日・・・
大石内蔵助良雄と〈四十八番目の志士〉の働きに光を当て、今までにない忠臣蔵を描き切った伊集院静氏にインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】又吉直樹『人間』/喜劇にも悲劇にもなれる“状態”を書く
何者かになろうと、もがき続けた青春の果てに待っていたものは……。自身初となる長編小説『人間』について、又吉直樹氏にインタビュー!
-
今日の一冊
『いちまき ある家老の娘の物語』
-
今日の一冊
光成準治『小早川隆景・秀秋 消え候わんとて、光増すと申す』/関ケ原合戦で史上最大の「裏切り・・・
豊臣秀吉の親族でありながら、関ケ原合戦で徳川家康の軍に寝返った大名――小早川秀秋。そしてその秀秋を養子としていた小早川隆景。謎の多い父子の実像に迫る一冊です。
-
今日の一冊
鷹木恵子著『チュニジア革命と民主化人類学的プロセス・ドキュメンテーションの試み』が届ける生・・・
「アラブの春」が始まった地であり、唯一民主化を成し遂げたチュニジア。しかし現在でも経済や治安面での課題を抱えています。ジャスミン革命から現在までの民主化移行へ向けた歩みを、文化人類学的手法を用いて捉えようとする一冊を、山内昌之が解説します。
-
今日の一冊
髙橋秀実著『人生はマナーでできている』が説く日本のマナー論。著者にインタビュー!
マナーの真髄に迫る一冊。ノンフィクション作家による、マナーをテーマにしたおもしろおかしい日本のマナー論。取材する中で感じたことなど、創作の背景を著者にインタビュー!
-
今日の一冊
戦時下の庶民のナマの声がここにある/平間源之助 著・平間洋一 編『軍艦「鳥海」航海記 平間・・・
日米開戦直前の1941年から丸一年間にわたって書かれた、ノンキャリ海軍軍人による日記。ときには死を覚悟し、留守宅に残した愛する家族に後ろ髪を引かれ……。建て前抜きに書き綴られた文章に、当時の日本男児の生活がかいま見えます。
-
今日の一冊
山田稔『山田稔自選集I』/90歳を迎えるフランス文学者の上質な散文集
言葉や人の生と死などを淡々と語る随筆をあつめた一冊。その文章には、もうじき九十歳になるフランス文学者である著者の、老いの悠然枯淡があります。
-
今日の一冊
小保方晴子氏手記『あの日』が明らかにする「STAP」細胞事件
小保方晴子氏が明らかにした「あの日」。中川淳一郎氏が「あの日」を読み、何を感じたか。小保方氏が体験した事実は周到にしかけられた「罠」が原因だったのか、彼自身の言葉で語って頂きます。
-
今日の一冊
最新の科学分析で証明する『日航123便墜落 遺物は真相を語る』
前作『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』で明らかにした驚くべき事実を、最新の科学分析で証明。墜落の真相に、さらに迫った衝撃のノンフィクションです。
-
今日の一冊
村松友視著『北の富士流』が描く、北の富士との粋な交流。坪内祐三が解説!
北の富士の、人間力満開の痛快な人生は、まさに類い希なるもの。その人生のこなし方とダンディー振りに、作家の村松友視が迫ります。貴重なエピソードが満載で読み応え十分。評論家の坪内祐三が解説!
-
今日の一冊
『中曽根康弘「大統領的首相」の軌跡』
-
今日の一冊
イギリスの紀行作家の旅を辿る『イザベラ・バードを鉄道でゆく 新にっぽん奧地紀行』
明治時代に来日し、日本の奥地を旅したイギリス人探検家・紀行作家のイザベラ・バード。近年人気が高まっている彼女の足取りを辿った、注目のルポルタージュを紹介します。
-
今日の一冊
石原慎太郎×斎藤環「文學界」10月号 対談「死」と睨み合って・大塚英志が解説!
石原慎太郎と斎藤環の対談「死」と睨み合って、をクローズアップ。『太陽の季節』を「強い日本」の象徴と錯誤してきた戦後について、まんが原作者の大塚英志が解説します。
-
今日の一冊
新井紀子『AIに負けない子どもを育てる』/国語教育はどこに向かうべきか
AIが不得意な読解力を、人間が身につけるにはどうすれば良いかを明らかにする一冊。大塚英志は、対AIでなく、官僚文書と「国語」に関わる人々の国語力の戦いが成されるべきだと語ります。
-
今日の一冊
法心理学者による慧眼の書『虚偽自白を読み解く』
やってもいない犯行を自白した冤罪被害者たちの、自白調書や取調室での録音記録を精緻に分析。「無実の人がどのような心理過程を経て虚偽自白に陥る」かを、丁寧に解説した一冊。
-
今日の一冊
吉田修一著『橋を渡る』人気作家が放つ群像ドラマ
『悪人』『怒り』などで人気を博した作家・吉田修一が放つ話題作を、翻訳家の鴻巣友季子が読み解きます。
-
今日の一冊
佐久間文子著『「文藝」戦後文学史』が明らかにする文学の歴史。平山周吉が解説!
1933年に改造社で創刊された「文藝」は、言論統制による改造社解散後の1944年、河出書房に引き継がれました。時代の奔流にのまれながら数奇な運命を辿った出版社と、時代と格闘する作家・編集者たちの姿を鮮やかに描く文学史がここに誕生。平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』著者にインタビュー!
『九十歳。何がめでたい』というタイトルには、著者曰く「ヤケクソが籠っています」。2016年5月まで1年に渡って『女性セブン』に連載された大人気エッセイに、加筆修正を加えたもの。大笑いしたあとに深い余韻が残る、日本最高峰の名エッセイ。