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髙橋秀実著『人生はマナーでできている』が説く日本のマナー論。著者にインタビュー!

マナーの真髄に迫る一冊。ノンフィクション作家による、マナーをテーマにしたおもしろおかしい日本のマナー論。取材する中で感じたことなど、創作の背景を著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

ノンフィクション作家による

マナーをテーマにした

日本人論であり人生論

『人生はマナーでできている』

人生はマナーでできている

集英社 1500円+税

装丁/アルビレオ 装画/上路ナオ子

髙橋秀実

※著者_高橋秀実

●たかはし・ひでみね 1961年横浜生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒。テレビ番組制作会社を経てノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞。他に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『トラウマの国ニッポン』『結論はまた来週』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』等。180㌢、85㌔、O型。

本来マナーとは人が人の間で幸せに

生きるための知恵や生き方なんです

〈マナー〉と〈ルール〉と〈マニュアル〉と。改めてその違いを問われてみると、意外と説明できないものだ。

 髙橋秀実著『人生はマナーでできている』を読むと、ルールとマナーの混同及び、全てひっくるめたマニュアル化が、マナー=堅苦しい、または高尚で上品といった、日本人の少々歪んだマナー観の元凶にも思えてくる。

 そこで髙橋氏は、頼朝の礼法師範だった初代以来、850年続く小笠原流宗家にまずは〈おじぎ〉を学び、満員電車のお約束や行列の美学まで、日本人とマナーの歴史的な関係を、まさに体を張って確かめに行った。

『からくり民主主義』『はい、泳げません』『男は邪魔!』等々、〈何をやってもブレる〉と自負する自らを一種の自虐装置として用い、一見とぼけた顔をして紛れもない「この国のカタチ」を探り当ててしまう著者の目に、1億総品格流行りの平成ニッポンはどう映る?

その日、髙橋氏はなぜか北陸富山にいた。本書にも古来、京から伝播した古語が山々に阻まれて吹き溜まる富山は〈ことばの正倉院〉とも呼ばれるとあり、次回作の取材か何かだろうか。

「いえいえ。単に妻の実家に男手として駆り出されただけです(笑い)。ただ富山にいると富山の話はどうしても多くなるし、私は物書きである前に日々生きているので、探さず、検索もせず、『なんだ、ここにもマナーはあるじゃないか』と気づくのが、私なりの〈やり方〉なんです」

マナーとは一言で言えば、「やり方」のこと。序章に電車の中で泣き喚く子供の例があるが、「公衆の場では静かに」と叱るのではなく、〈「Put a smile on your face」〉と具体的なやり方を示した米国人女性客の態度にこそ、氏は〈これがマナーか〉と感じ入るのである。

欧米では子供を叱る時に〈「Watch your manners」〉=自分のやり方を見なさいと言い、〈ルールを破った時、あるいは破りそうな時にどう振る舞うか〉、マナーは人それぞれにあるらしい。

「きっかけは同窓会でした。昔は仕事や結婚相手の話で十分盛り上がれたんですが、50歳にもなるとそんなこと、どうでもよくなるんですよ。人間、歳を取るほど何をしたかよりどうやるかだなあって、俄然やり方のことが気になり始めたんですね。

もう1つは南米から来た人たちのサッカーチームを取材した時に、『日本人にはマーニャ(マナー)がない』と言われたのも大きかった。日本人は正々堂々と戦ってルールは守るけれど、最も肝心な試合に勝つやり方がなく、手段と目的が逆転していると言うんですね。

確かに我々はマナー違反に関してのみマナーと言う気がする。でもそれってルール違反の間違いじゃないのか、だったらマナーはどこにあるのかと調べてみたところ、そんなもの、どこにもなかったんです……」

3章「挨拶で口封じ」に興味深い一文がある。富山で言葉の豊かさに圧倒され、〈「田舎者はお前のほうだ」と返り討ちにあった〉氏は、元々関東は〈無敬語地帯〉だった事実に触れている。敬語の乱れにしても、〈もともとなかったのでいまだ模索中なのである。私も何やらすべて物真似で話しているような気がして、真似している粗野な自分が次第に恥ずかしくなってきた〉と。

そしてこの「全て物真似」という事態はマナー全般にも通じ、小笠原流でも武家文化に憧れる町方に向けた江戸期の〈しきたり本〉があらぬ誤解を生んだという。本来の礼法は門外不出で、本で身につく代物ではないが、事細かに説明した方が庶民は喜び、本も売れるので、そのマニュアルの方が定着してしまうのだ。

「日本人は昔も今もルールやマニュアルが大好きらしい。ましてマナーは欧米の香りがしますからね。本来の使い方とは多少違っても〈そういうものなんだ〉でお茶を濁す気持ちは、私もよくわかります(笑い)」

非難の道具だけに

使われるのは不幸

〈電車通勤士〉なる資格の創設者で、〈マナーをつくると、『マナー違反』が生まれます。この『マナー違反』ということに苛立つ人が多いんです〉と語る田中一郎氏には車内トラブルから身を守る涙ぐましい技術を学び、熱烈なラーメン二郎ファン、通称〈ジロリアン〉からは注文や行列の作法を学んだ。さらには婚活の最新事情や、騎士道とレディ・ファーストの意外な関係。議論より〈体裁〉を重んじる日本の会議や、アルゼンチンタンゴにおける情熱の効用など、取材や習い事を重ねるほどかえって頭を抱えてしまう氏の姿は、滑稽ですらある。

だがそれもポーズの一つなのだろう。終章「吉凶を笑う」で〈笑いヨガ〉教室に通い、〈おかしいから笑うのではなく、笑うからおかしい〉という極意に触れた著者は、〈腹黒いからマナーが必要なのであり、マナーを磨けばますます黒光りする〉と達観にも近い境地に至る。吉田兼好が〈吉凶は人によりて、日によらず〉と書くように、人は行為や振る舞い、すなわちマナーによって運命からも自由になれ、腹黒さやを美点に変えることすらできるのだ。

「マナーというと『状況に合った行為』と思われがちですが、行為が先にある。行為が状況を生み出すってことなんですね。

婚活パーティを取材した時も、皆さんああでもないこうでもないと考えすぎて、一番肝心な結婚という行為から遠ざかるように見えた。考えは結婚してから深めればいいわけで、マナーのためのマナーに振り回されるよりは行為に踏み出す方が、ずっと簡単で賢明です」

肝心なのは〈適宜に生きる〉こと。社会のルールやしきたりを真に受けすぎても馬鹿にしてもいけないと説く『徒然草』こそ、実は〈元祖マナー本〉ではないかと氏は書き、マナーなき日本人はひとまず「程々」の難しさ、正解のなさに、立ち返るしかなさそうだ。

「例えば『行列では横入りをしてはいけない』なんて法律はどこにもないわけで、そんないルールに依存して、お互いギスギスしても仕方ないと思うんですね。

特に今は人に迷惑をかけるなという圧力が強まっている気もするし、マナーが非難の道具だけに使われるなんて不幸すぎる。本来は人が人の間で幸せに生きるための知恵や生き方をマナーと呼ぶわけですから」

マナーとは振る舞い方、生き方のことだと、本当は福澤諭吉か誰かが訳していればよかったのだ。ならば今からでもと代役を買って出るような、実は大真面目な日本人のためのマナー本である。

●構成/橋本紀子

●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016 年6.24号より)

 

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