吉野孝雄著『外骨戦中日記』が明らかにする、空白の戦中の様子。
宮武外骨といえば、明治から昭和にかけて活躍した、反骨のジャーナリストとして有名です。戦時中は完全に沈黙を守っていましたが、知られざる戦中日記から見えてくる真実に満ちた時代背景とは?
【サライブックレビュー 読む】
反骨のジャーナリストの空白の戦中の様子が明らかに─外骨戦中日記
吉野孝雄著
河出書房新社
(☎03・3404・1201)2000円
宮武外骨は、明治から昭和にかけて活躍した反骨のジャーナリストである。腐敗した政治権力やマスコミ、それに同調する庶民を揶揄し、入獄4回、罰金や発禁は29回にわたった。しかし戦中は一転して沈黙を守り、その行動は謎に包まれていた。甥である著者は、外骨没後に日記を発見。戦中のものではあるが、固有名詞や単語、数字が断片的に記されているのみだった。著者はそこから外骨の心情や行動を推察していく。
戦中、外骨は東京・南多摩へと疎開した。日記に度々「愛宕山」とあるのは決まって空襲の時であり、ジャーナリストの本能から近くの愛宕山へ登って都心を眺めたのだろうと綴る。昭和20年の夏は、洒脱に釣り三昧の日々を送った。それは時局へのささやかな抵抗だったと、著者はみる。そして同年8月14日に記されていたのは「終戦」でも「敗戦」でもなく「降伏」の二文字だった。知られざる戦中日記を読み解くことで、自由と平等な社会を希求した外骨の精神性が、一層浮き彫りになる。
(取材・文/鳥海美奈子)
(サライ2016年9月号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【著者インタビュー】町田そのこ『宙ごはん』/食べることは前に進むこと――母娘が食を通じて成・・・
本屋大賞受賞作家が「食」をテーマに一見歪な家族を描いた、とても優しい、救いと再生の物語。作品に込めた想いを著者に訊きました。
-
今日の一冊
康芳夫監修・平井有太著『虚人と巨人』が明らかにする著名人たちの素顔。鈴木洋史が解説!
プロデューサーとして活躍した、康芳夫。そのライターでもある平井有太が、康芳夫と著名人達を追い続けた、関連記事のまとめである一冊。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します。
-
今日の一冊
『繭と絆』
-
今日の一冊
『ネット私刑(リンチ)』
-
今日の一冊
ジェーン・グドール、ダグラス・エイブラムス 著、岩田佳代子 訳『希望の教室』/人間と動物、・・・
88歳の女性動物学者、ジェーン・グドール博士が、コロナ禍のなかでポジティブな言葉を発し続ける、〝正論〟にあふれた一冊。「きれいごとでは世の中は変わらない」――そうつぶやくのに飽きた人はぜひ、本書を開いてみてください。
-
今日の一冊
辻原登著『籠の鸚鵡』は絶品のクライムノベル。鴻巣友季子が解説!
ヤクザ、ホステス、不動産業者、町役場の出納室長……。彼らの目に映った世界とは? 八〇年代半ば、バブル期の和歌山を舞台に、スリルと思索が交錯する緊迫の日々。傑作クライム・ノベル。鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
一族と関係者だけが権力を牛耳っている!?『私物化される国家 支配と服従の日本政治』
安倍政権に焦点をあて、その本質を解き明かします。日本はどこへ向かっていくのか? 「自由が危うくなる前に」という著者の切迫感が、行間から伝わってくる一冊。
-
今日の一冊
柴崎友香『かわうそ堀怪談見習い』は芥川賞作家が紡ぎ出す極上の怪談集。
芥川賞作家・柴崎友香が、日常の中に潜む恐怖をさりげなく描く、「怪」のエッセンスが抽出された一冊。鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
『されどスウィング 相倉久人自選集』
-
今日の一冊
著者・朝倉かすみにインタビュー!『たそがれどきに見つけたもの』 創作の背景とは?
人生の「秋」を迎えた大人達の、ほろ苦い6編の物語。吉川英治文学新人賞作家の珠玉の短編集、その創作の背景について著者にインタビュー!
-
今日の一冊
山田詠美著『珠玉の短編』が放つ、痛快な一撃!鴻巣友季子が解説!
第42回川端康成文学賞受賞作「生鮮てるてる坊主」など11編を収録。“珠玉”に取り憑かれた作家の苦悩を描く、「珠玉の短編」。翻訳家の鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】青山文平『やっと訪れた春に』/男たちの生き様を鮮やかに描く、先の読めな・・・
橋倉藩では岩杉本家と田島岩杉家が交互に藩主を輩出し、両派の均衡を2人の能吏を置くことで保ってきた。だが状況が変わり、〈いまならば、近習目付は一人でもなんとかなる〉と橋倉藩士・長沢圭史が隠居した矢先、事件は起きる――。著者自身も真犯人を「書くまで知らなかった」と語る、先の展開が読めない時代小説についてインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】出久根達郎『漱石センセと私』
夏目漱石の下宿先の孫娘、久保より江の視点から、漱石や子規など、明治時代の名だたる文豪たちの交流を描く長編。人同士を本や言葉が繋いだ時代に、時間旅行をするような1冊です。
-
今日の一冊
宇野重規『民主主義とは何か』/危機に直面する「議会制中心の民主主義」の現状を明らかに
国民の代表として選出された議員が、国会で「疑問に思える行動すべてについて十分な説明」を求められないのは、どこに原因があるのでしょうか。2500年以上にわたる民主主義の歴史と問題点を、鋭く分析する一冊を紹介します。
-
今日の一冊
沖縄を知り、日本を知る『ルポ 沖縄 国家の暴力 現場記者が見た「高江165日」の真実』
沖縄の米軍ヘリパッド建設現場に通い詰めた記者による、渾身の取材記。目を背けるべきでない、日本の真実がそこにあります。
-
今日の一冊
山下澄人『しんせかい』は芥川賞受賞作を収録する傑作集。鴻巣友季子が解説!
19歳のスミトが目指した先は、北の演劇塾。俳優や脚本家志望の若者たちが自給自足の共同生活を営む【谷】にたどり着くが……。傑作短編集を、鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
〝桃源郷〟への思いを描く『魔法にかかった男』
イタリア文学界の奇才・ブッツァーティの短編集。時間の不可逆性と無常には勝てないという著者の強迫観念が生み出した〝桃源郷〟への思いが描かれています。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】彩瀬まる『新しい星』/ごく平凡な日常に訪れる理不尽な変化を描いた快作
娘を生後2か月で亡くし、優しい夫とも離婚した29歳の塾講師の語りからはじまる、4人の人生の物語。理不尽な試練の連続でも、精一杯生き切る姿に心動かされる快作です。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】今村翔吾『幸村を討て』/直木賞受賞第一作! 数々の謎に大胆に迫る、異色・・・
『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した今村翔吾氏の最新作は、戦国最後の戦を通じて真田一族を描くエンターテイメント巨篇! 作品が生まれた背景や作品に込めた想いを著者に訊きました。
-
今日の一冊
『北園克衛モダン小説集 白昼のスカイスクレエパア』