『検証 日本の「失われた20年」日本はなぜ停滞から抜け出せなかったのか』
関川夏央●作家
「景気上昇」よりはるかに重要な課題
検証 日本の「失われた20年」日本はなぜ停滞から抜け出せなかったのか
船橋洋一 編著
東洋経済新報社
2800円+税 装丁/吉住郷司
2015年はバブル崩壊と冷戦終了から25年、阪神大震災とオウムのサリン・テロからなら20年、「アベノミクス」にもかかわらず景気拡大の印象はなかった。
だが安くておいしい食べ物屋は満員、お昼から飲める居酒屋には高齢者のグループがたまる。ときにその高齢者たちが切れて暴力をふるったり、商店街で自転車に轢かれたりするけれど、総じて平和といえる。
日本人は国家的・社会的危機を平気で生きている。
この四半世紀「先送り」しつづけてきた最大の危機は「人口減少」とそれにともなう「社会活力の著しい減退」なのだと『検証 日本の「失われた20年」』を読めば実感できる。そのうえ高齢化は進み、65歳以上が人口の27%、3300万人という人類史上未曾有の様相を呈しているのだが、それは皮肉なことに昭和戦後の「大成功」の結果なのである。
「平和」なのに女性は生涯に1・4人程度しか子供を生まない。一方、若い夫婦は子供2・4人が望ましいと考えている。この差の中に日本の本質的な危機がひそんでいる。
一方、社会保障費と日本の公的債務は膨らみつづける。高齢者たちは、投票圧力によって、ツケを次世代以降にまわす「シルバー民主主義」を実現してしまうだろう。現状で公的債務の対GDP比220%という日本が破綻を避けるには、いずれ消費税を33%まで引き上げなくては済まない。
日本は戦争をしない、そう決意するのは当然のことだ。しかし、膨張のための低強度紛争なら辞さない隣国があることを認識しなければ「安全保障」は保てない。「一国平和主義」もまた「日本が東アジアの主人公」と信じた昭和戦後の負の遺産であろう。
ツケを次世代以降にまわすことなく、日本社会を健全に存続させる。それこそが「景気上昇」よりはるかに重要な課題なのだ、と読後に実感させるような「リアルな憂国」もまた、たしかに「文学」の仕事なのである。
(週刊ポスト2016年1.1/8号より)

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