松本秀夫著『熱闘! 介護実況 私とオフクロの7年間』が語る深刻な問題。森永卓郎が解説!
1回表から9回裏まで、野球中継の形式をとって、認知症の母が逝くまでの介護を実況。ラジオの人気アナウンサーが中継する、悪戦苦闘のドキュメント。森永卓郎が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
森永卓郎【経済アナリスト】
野球中継の名物アナが明るく考えさせてくれる深刻な問題
熱闘! 介護実況 私とオフクロの7年間
松本秀夫 著
バジリコ
1300円+税
著者の松本秀夫氏はニッポン放送のスポーツアナウンサーだ。おっちょこちょいで、酒好き、女好き、釣り好きのダメおやじキャラクターなのだが、腕は超一流で、特に野球中継をさせたら、日本一だ。野球中継は、普通のアナウンサーにはできない。普段から選手や監督と接して深い知識を身に付けたうえで、投球の種類や打球の行方などを瞬時に判断して、短い言葉でラジオのリスナーに伝えないといけない。著者の野球中継を聴くと、目の前に一つひとつのプレーが浮かんでくるようなのだ。
今から14年も前になるが、私は半年だけ著者と一緒に仕事をしたことがある。プロ野球のシーズンオフに「ショウアップナイターニュース」という番組をやったのだ。夕方の番組だったのにもかかわらず、エロ話を延々とするなど、やりたい放題だった。そのせいで、私は二度とその番組枠に呼ばれなくなったのだが、番組をやっているときの著者は、まさに天真爛漫そのものだった。
だから本書を読んで、著者が我が家とほぼ同じ時期に、介護問題を抱えていたことにとても驚いた。もちろん違いはある。我が家の介護は私の父親で、著者は著者の母親だった。そして、一番の違いは、介護の担い手が、私の場合は妻だったのに対して、著者の場合は著者自身だったということだ。 要介護の状態は二種類ある。頭がしっかりしている場合とそうでない場合だ。実は、頭がしっかりしている方が、手がかかる。老化の進行とともに、しっかりとわがままになっていくからだ。
著者は、本書のなかで、頭のしっかりした母親にもっと優しく寄り添うべきだったと一貫して述べている。だが、仕事を持つ男性ができることには限界がある。その他、介護施設でのいじめの問題、介護に伴う金銭負担の問題など、誰もが直面する介護問題が、隠すことなく語られている。本書の一番の長所は、野球中継の形式を採ったことだ。「真面目にふざける」著者の名調子で、深刻な問題を明るく考えさせてくれるからだ。
(週刊ポスト2016年9.16/23号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
村山由佳著『ワンダフル・ワールド』が描き出す、忘れ得ぬ5つの物語
恋愛とひとくくりにするのは惜しい、さまざまな想いを、香りとともに綴った喪失と再生の物語、珠玉の全五篇の創作の背景を、著者・村山由佳にインタビュー!
-
今日の一冊
『日本人はどこから来たのか?』
-
今日の一冊
荒木優太『秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由』/偉業達・・・
週刊少年ジャンプで、決してマンネリになることなく、40年にわたって連載された漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。その作者の偉業を支えた仕事術を公開した一冊を紹介します。
-
今日の一冊
月村了衛著『水戸黄門 天下の副編集長』は痛快時代娯楽小説!著者にインタビュー!
あの手この手で楽しませようとする構造で描いた、原稿集めの珍道中。爆笑必至、痛快時代エンターテインメント作品が登場!著者・月村了衛に、創作の背景をインタビューします。
-
今日の一冊
君塚直隆『エリザベス女王 史上最長・最強のイギリス君主』/多くの難問に直面してきたクイーン・・・
1952年に在位して以来、68年ものあいだイギリスの君主であり、またイギリス連邦王国の女王陛下でありつづけるエリザベス女王。多くの難問に直面してきたその人生を、現代史とともにたどります。
-
今日の一冊
安藤祐介著『不惑のスクラム』創作の背景を著者に訊く!
涙を誘う、青春ラグビー小説がここに誕生!それぞれの事情を抱えながらボールを追う大人たちの姿に感動必至!そんな名作の創作の背景を著者にインタビューします!
-
今日の一冊
小泉信一『裏昭和史探検 風俗、未確認生物、UFO…』/ストリップ劇場、ビニール本に愛人バン・・・
昭和を生きた男性なら、きっとどこかで目にしたことがある、いまは消えゆく性風俗産業。性が抑圧されているからこそ、それを求める人がいて、商売にする人がいました。飽くなき欲望を感じさせる昭和の大衆文化を、“ウラ”からのぞき見る一冊です。
-
今日の一冊
末井昭『結婚』が描く、「一番身近な他人」との関係
男と女の、「結婚」をめぐる生き方。それをありのままに、自身の体験をもとに語った一冊。その創作の背景を、著者にインタビューします。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】本橋信宏『出禁の男 テリー伊藤伝』/天才とは一つのことを愚直に考えられ・・・
映像化され世界的なヒットとなった『全裸監督 村西とおる伝』の著者、本橋信宏氏がつぎにスポットを当てたのは、テリー伊藤氏でした。コンプライアンスが厳しくなかった時代にも出入り禁止をくらいながら、テレビの世界を変えていった天才ディレクターの半生をつづった評伝。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】相場英雄『アンダークラス』/日本そのものの下層階級化に光を当てた警察小・・・
秋田県の介護施設に入居する85歳の女性が、ベトナム人職員に車椅子ごと川に突き落とされて即死した。職員は、末期がんだった女性に頼まれて自殺を助けたと供述するが……。日本の暗部を照らす、人気シリーズの最新刊!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】吉田修一『続 横道世之介』/映画化でも話題になった青春小説の金字塔に、・・・
人間の温かい感情を描いてベストセラーとなり、2013年には高良健吾主演で映画化もされた青春小説『横道世之介』。その待望の続編について、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】広野真嗣『消された信仰 「最後のかくれキリシタン」―長崎・生月島の人々・・・
長崎県の西端、生月島は、かくれキリシタンが先祖代々の信仰を守り暮らす奇跡の島。しかし、長崎県のパンフレットからは、なぜかその島の名前が消されていた――。謎の解明に挑む渾身のノンフィクション。
-
今日の一冊
黄未来『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』/ミドル以上の世代が知るべき“いまど・・・
「機械にすすめられたものしか見ない」「個人情報は明け渡す」等々……。これまでの日本社会ではネガティブにとらえられるようなことが、ハイテク化の常識とされている中国の「いま」がわかる一冊!
-
今日の一冊
芳賀日出男『写真民俗学 東西の神々』は不思議な眼福を与えてくれる本
旅する写真家が撮り続けた、いつまでも飽きがこない「人類の記憶のパノラマ」。厳選されたカットにつまった一冊を、平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
アンガス・マクラレン著『性的不能の文化史〝男らしさ〟を求めた男たちの悲喜劇』に見る悲喜こも・・・
「性的不能」とは“歴史的なタブー”だったといいます。男たちは、必死に“男らしさ”を競い続け、追い求めた--知られざる男性の受難と苦闘の歴史を語った本著。楽しく読める一冊となっています。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説。
-
今日の一冊
高橋秀実『一生勝負 マスターズ・オブ・ライフ』/人生経験が基礎体力! 27人の長寿アスリー・・・
走り幅跳びで優勝メダルを300個以上獲得した77歳の主婦、マスターズで4つの世界記録を樹立した80歳のウエイトリフター……70歳を過ぎても現役の、27人の長寿アスリートたちの物語!
-
今日の一冊
キーワードは「未完成」。西岡文彦著の『謎解きモナ・リザ 見方の極意 名画の理由』を池内紀が・・・
未完の名画「モナ・リザ」の鑑賞方法を、その謎解きを交えながら解説する一冊。ドイツ文学者でエッセイストの池内紀が読み解きます。
-
今日の一冊
角幡唯介著『漂流』が描く沖縄漁師の死生観。鈴木洋史が解説!
沖縄の漁師の生き様を追った長編ノンフィクション。37日間におよぶ漂流から「奇跡の生還」を果たした漁師の男。彼は8年後、再び漁に出ます。その特異な死生観とは?ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】高殿円『コスメの王様』/明治大正期の神戸花隈を舞台に、東洋の化粧品王を・・・
明治大正期の神戸花隈を舞台に、東洋の化粧品王と呼ばれるまでになった男の成功譚と、牛より安い値段で売られてきた少女の運命が交錯する――さまざまなジャンルで話題作を連発するエンタメ作家がおくる大河小説!
-
今日の一冊
『中原圭介の経済はこう動く[2016年版]』