『見果てぬ日本 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦』
平山周吉●雑文家
持たざる国が陥っている泥沼に一条の光
見果てぬ日本 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦
片山杜秀著
新潮社 1800円+税
装丁/新潮社装幀室
原節子が亡くなった年に、その「父親」笠智衆の存在を通して「日本」を考える、示唆に富む名著が出現した。
片山杜秀の『見果てぬ日本』は、といって別に映画の本というわけではない。「持たざる国」日本が陥っている終わりなき泥沼に、一条の光を見つけようという積極果敢な試みである。SFの小松左京、歴史小説の司馬太郎、映画の小津安二郎、この三人を読み解くことで、昭和から平成の日本の困難が徐々に明らかになってゆく。その手際はスリリングにして、構想力にれ、語りはエネルギッシュである。
ハイリスク(核分裂型原発)を引き受けて、万博的未来を創出しようと決断した小松。豊葦原瑞穂国の農民気質を騎馬民族と海人のロマンで挟み撃ちする司馬。そして何よりも、支那事変に召集され、大陸での二年間の軍隊生活から、ぎりぎりのところで現われる「本物の人間だけを描こうとする映画作り」をした小津。その小津にとって、自作の画面に欠かせない人物として浮上したのが笠智衆だった。
貧弱な肉体の日本兵がなぜ世界で一番強いのか。一挙手一投足にも無駄を省き、体力を温存し、いつ来るかわからない決戦に備える。無愛想で、不器用で、ぶっきらぼうで、何かに耐えている。それでいて魅力的な人間が笠智衆だった。「日本という国全体の体力不足」に見合う人物像が小津にはどうしても必要だったのだ。非常時にも、平時にも。
小松と司馬は、希望の出口を未来と過去にそれぞれ求めた。その果敢で壮大な文明論は魅力的であるがゆえに、隘路につきあたる。「出口なし」の大前提を引き受ける小津=笠智衆の「省力法」にこそ、かぼそい突破口がある。著者はそう語っている。
小津だけでなく、司馬も小松も戦争体験を深化させることで、各人の世界を築けた。ちゃらい平和観や戦争論が跋する平成日本で、そうした強な思考を生むのは、それ以上に細い道である。
(週刊ポスト2016年1.1/8号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
桑原茂夫『西瓜とゲートル オノレを失った男とオノレをつらぬいた女』/オトーサンの孤独がジン・・・
繁盛するやおやを経営していたオトーサンが、戦争に召集され、戦後にはまったく別人格の「呆然オトーサン」になってしまった……。軍隊という組織内の暴力に戦争の悲惨さが浮かび上がる、著者渾身の一作。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】寺地はるな『水を縫う』/姉のウエディングドレスを縫う男子高校生とその家・・・
刺繍や縫い物が好きな高校生<清澄>は、姉、母、祖母との四人暮らし。姉の結婚が決まり、ウエディングドレス作りを買って出たものの……。読み終えたとき、あたたかさがあふれ出してくる家族小説!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】中原一歩『マグロの最高峰』/マグロには日本人をのめり込ませる物語性があ・・・
大物がくれば1匹で100万円を超えるが、釣れなければ収入がゼロとなるマグロ漁師。自分の腕一本で勝負するその生き様に惹かれた著者が、海の上から鮨屋まで密着取材してマグロの魅力を余すことなく伝える一冊!
-
今日の一冊
安藤祐介著『不惑のスクラム』創作の背景を著者に訊く!
涙を誘う、青春ラグビー小説がここに誕生!それぞれの事情を抱えながらボールを追う大人たちの姿に感動必至!そんな名作の創作の背景を著者にインタビューします!
-
今日の一冊
一家に一冊!『日英対訳 英語で発信! JAPANガイドブック』
説明が難しい日本の芸術や経済などを、わかりやすい英語と日本語で教えてくれる一冊。訪日外国人が増え、国際交流の機会が多くなった今こそ、ぜひ持っておきたいJAPANガイドブックです。
-
今日の一冊
カトリーヌ・ムリス 著・大西愛子 訳『わたしが「軽さ」を取り戻すまで 〝シャルリ・エブド〟・・・
2015年1月、イスラム過激派による「シャルリ・エブド襲撃」の難を偶然逃れた著者が、経験した精神の崩壊と記憶の喪失。そこからの回復過程を、静かに描いたバンド・デシネ(漫画)です。
-
今日の一冊
坪内祐三著『昭和にサヨウナラ』を作家嵐山光三郎が解説!
忘れられない知己へ送る、東京の街への、レクイエム16章。時代の記録をトツトツと語る文体が心に響きます。坪内祐三の著作を、作家・嵐山光三郎が読み解きます。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】まさきとしか『彼女が最後に見たものは』/24万部を突破中の大人気ミステ・・・
クリスマスイブの夜、頭部を殴られ、着衣の乱れた状態で発見された身元不明の50代女性ホームレスは、最後に何を見て、何を思ったのか――事件の波紋や余波に光を当てた大人気ミステリーシリーズ第二弾!
-
今日の一冊
柿埜真吾『ミルトン・フリードマンの日本経済論』/いま、もう一度学び直すべき経済分析
経済アナリストの森永卓郎が、頭をぶん殴られるくらいの衝撃を受けたという新書。理念や理論先行ではなく、実際のデータを重視してメカニズムを解明するフリードマンの経済書です。
-
今日の一冊
中国を深刻かつユーモラスに観察した対談本『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』
世界中の情報から遮断され、「日本人民、アメリカ人民、世界の人民は、みな毎日食うや食わずの生活をしている」と教えられて中国で育った2人が、存分に語り合った一冊を紹介。
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】與那覇 潤『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代を・・・
辛辣な批評の牙をユーモアで武装し、知をマイルドに溶かし込んだ言葉に換える評論家・與那覇 潤氏が、「見えすぎる」現代社会に警鐘を鳴らす新書。雑文家・平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
髙山文彦著『生き抜け、その日のために 長崎の被差別部落とキリシタン』著者にその執筆の背景を・・・
長崎を舞台とするこの物語の創作の背景を、著者・髙山文彦にインタビュー!差別と闘い続けた3人の男の生涯を鮮烈に描くノンフィクションは読み応えあり!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】森田真生『数学の贈り物』/数学を緒に、いまここ=presentの儚さ、・・・
文系から理系に転じ、そして思索者へと転じた独立研究者の著者が贈る初エッセイ集。数学を軸に、この時代に相応しい新たな知のあり方を模索していきます。
-
今日の一冊
太田久元著『戦間期の日本海軍と統帥権』から学ぶ歴史の教訓。山内昌之が解説!
戦間期における、日本海軍の特質を追究した一冊。軍令部の構造の変化や、海軍部内の構造の変遷などをつぶさに追います。山内昌之が解説!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】テロに時効はない! 未解決の新聞社襲撃事件の謎に挑む/森 詠『総監特命・・・
「次世代に警告を与えられるフィクションをめざしたい」と語る、元々はジャーナリスト志望だったという著者。1987年から1990年にかけて実際に起こった“赤報隊事件”の真相に、虚構を通じて迫った新作についてお話を伺いました。
-
今日の一冊
吉本由美『イン・マイ・ライフ』/独り者の女性の全盛期と老い方をポジティブに伝える一冊
雑誌「アンアン」のフリーランス・スタッフに採用され、「クロワッサン」に移って活躍し、その後書き手としても活躍する吉本由美氏。結婚はせず、故郷に帰って親の介護をすることを選択し、「これでいいのだ」とうなずく生き方を鮮やかに描いたエッセイです。
-
今日の一冊
この本を数時間で読了できない人は…?『1万2000人を見てわかった! お金に困らない人、困・・・
懇親会で料理をガツガツ食べている人と、コミュニケーションに時間を割く人……。どちらがお金に困らない人か、わかりますか? お金に困る人と困らない人の行動パターンを対比し、整理して取りまとめた話題書を紹介!
-
今日の一冊
マゾヒズムじみた自己分裂の性向をとらえた、丁寧な評伝/黒川 創『鶴見俊輔伝』
名門の子息として生まれた思想家・鶴見俊輔をよく知る人物による、本格的な評伝。実は鶴見氏には“ジキル博士とハイド氏”にもつうじる「人格分裂」があり……。
-
今日の一冊
荒木優太『在野研究ビギナーズ―勝手にはじめる研究生活』/大学に職を得なかった研究者たちの生・・・
大学に属さない、民間の研究者たちの研究方法や生活がわかる一冊。さまざまな角度から、大学という制度の外で、どのような学問がなりたつのかを問います。
-
今日の一冊
彩瀬まる『森があふれる』/モラハラで抑圧された妻が、ある日“狂う”
作家の夫によって小説のモデルにされ、隠微なモラルハラスメントを受け続けた妻の身に、ある日「発芽」という変調が……。父性社会で抑圧された女性をさまざまな角度から描く傑作。