三浦展著『東京田園モダン 大正・昭和の郊外を歩く』が語る東京の近代化。鈴木洋史が解説!
ユートピアを夢見た時代の東京郊外を歩き、近代化の過程をたどった東京論。イギリス田園都市の発想は飛鳥山にあった!? など、大正モダニズムの残影をたどる東京案内。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します。
【書闘倶楽部 この本はココが面白い①】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
東京の街作りにユートピア思想があった時代
『東京田園モダン』
三浦展著
洋泉社
本体1600円+税
三浦展(みうら・あつし)
1958年新潟県生まれ。社会デザイン研究者。一橋大学社会学部卒業。『アクロス』編集長、三菱総合研究所勤務を経てカルチャースタディーズ研究所を設立、主宰。本書以外の近著に『毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代』(光文社新書)。
本書は、1932(昭和7)年に旧「東京府東京市」が現在の23区に相当する区域に拡大される前は郊外農村部だった地域を中心に、大正期から戦前昭和期における近代化の過程を辿った東京論。具体的には葛飾、足立、荒川、王子、板橋、杉並、練馬、大森、蒲田などを取り上げている。
地域ごとに特色があるが、象徴的なのは多くの工場が進出し、人口が急増した地域の話だ。
たとえば蒲田に進出したある企業は、職住接近の工場村を建設し、労働者の子弟に理想の教育を施すことを目指した。そのため社宅ばかりか幼稚園、小学校、農園、遊園地なども擁する「吾等が村」を建設した。大小多くの工場が操業を始めた荒川では、東京府によってコミュニティ活動もできるよう配慮された共同住宅が建設され、貧困者を収容し、自立を支援するセツルメントなど数多くの社会事業施設が作られた。また、10ほどの映画館や寄席、料亭付温泉旅館街、2万坪のあら川遊園(現あらかわ遊園)なども開設された。
裕福な人が多い郊外住宅地とは対照的に、工場地帯となった下町には貧しい人が多かった。著者は、それゆえにこそ、その街作りには〈福祉や平和主義や文化への理想〉の実現を目指す〈ユートピア思想〉が貫かれていたと書き、そうした姿勢が戦後の宅地開発、都市開発に欠けていたと指摘する。まさにその通りではないか。
従来の東京論ではあまり注目されてこなかった地域を取り上げただけに、王子の飛鳥山がイギリスの田園都市に影響を与えていたこと、ペリー艦隊が来航すると、板橋にあった加賀藩の下屋敷内で江戸防備のための大砲が作られていたことなど、興味深い話も多い。
(SAPIO 2016年12月号より)

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