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吉田修一著『犯罪小説集』が描く人々の業と哀しみ。著者にインタビュー!

なぜ人は、罪を犯すのだろうか?罪を犯してしまった人間と、それを取り巻く人々の業と哀しみを描ききった珠玉の5篇を収録した一冊。2007年『悪人』、14年『怒り』、を経て、著者最高傑作とも言える作品です。創作の背景を著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

犯罪者とそれを取り巻く人々の業と哀しみを描ききった5つの物語

『犯罪小説集』
犯罪小説集_書影
KADOKAWA
1500円+税
装丁/國枝達也

吉田修一
著者_吉田修一_01

●よしだ・しゅういち 1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒。97年『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞しデビュー。02年には『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞をジャンルを超えて受賞した他、07年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞。著書は他に『さよなら渓谷』『太陽は動かない』『路(ルウ)』『怒り』『森は知っている』『橋を渡る』等。映画化作品も多数。174㌢、68㌔、O型。

どんな犯罪でも動機が何かと問われれば、そこに人がいるからとしか言いようがない

現在映画も大ヒット中の『怒り』で、吉田修一氏は身近な人間すら信じきれず、怒りも憎しみも内に秘めた人々の不信を巡る光景、、、、、、、を、東京・千葉・沖縄の3地点に並行して活写してみせた。
最新刊『犯罪小説集』の冒頭の1作、「青田Y字路あおたのわいじろ」にも、こんなシーンがある。〈怒号が飛び交うなか、五郎はこの熱狂に呑み込まれていいものかどうか迷った〉〈お前は当事者なのだから、もっと怒れ! もっと憎め! と、この群衆に担ぎ上げられそうだった〉
10年前、当時7歳だった孫の〈愛華〉は下校途中に姿を消し、未だ行方不明のまま。そして今、再び同じY字路で幼女が消えた。
アジア系の母親と骨董市で偽ブランド品を売る物静かな青年〈豪士〉が怪しいと殺気立つ人々の群れに、五郎はまさかと思いつつも呑みこまれていく……。
なぜ人は人を疑い、なぜ犯罪は起きるのか。そんな究極の問いに、名手が挑む。

 近年は市橋達也・現受刑者の逃亡劇(『怒り』)や、相次ぐ育児放棄事件(『太陽は動かない』)に着想を得るなど、現実の犯罪シーンと果敢に切り結んできた印象のある吉田氏。本書でも、場末のスナックを舞台にした保険金殺人(第2話「曼珠姫午睡まんじゅひめのごすい」)や、カジノに嵌った大企業の4代目(「百家楽餓鬼ばからがき」)など、それぞれあの事件、、、、が重ならなくもない。
「もちろんそのままじゃなく、あくまでベースです。
最近は長編が続いたこともあって、長編で犯罪を扱った時に見えるものと、短編を5つ並べた時に見えるものは、また違うんじゃないかと思ったのが元々の着想です。実は『怒り』でも、逃亡中の殺人犯に似た男が日本全国に出没する風景を、十数か所書く予定だった。今回はその続きというか、一種の犯罪列島地図、、、、、、を通じて日本の今、、、、みたいなものが見えてくればいいなあと。
今作では第1話以外、編集者が用意したリストから気になった事件を書いた。自分で探して傾向が偏るのは避けたかったんです。今の日本で同時多発的に起きている現象を描くなら、極端な話、『恋愛小説集』でもいいわけですし、今後もシリーズ化というと大げさですけど、何かしらの地図、、は書き続けていくつもりです」
まずは第1話「青田Y字路」から。愛華が消えて10年。五郎や息子夫婦も表向きは日常を取り戻し、愛華の姿を最後に見た同級生〈紡〉も、今では高校生だ。しかし彼女はあのY字路を通る度、誰かが自分を咎めている気がしてならない。
〈どうしてあのとき、「これから愛華のうちに遊びにおいでよ」という愛華の誘いを断ったんだ?〉〈おまえだけ幸せになっていいのか?〉
愛華がいなくなって以来、住人はみな疑心暗鬼に陥り、疑われたのは豪士だけではなかった。〈男たちの誰もが、愛華を連れ去ったかもしれない容疑者だった〉〈そしてその感覚は、徐々に薄れつつあるとはいえ、十年経った今でも、この土地に染み入るように残っている〉
そんな矢先、第2の失踪事件が起き、人々の怒りは7歳で来日し、男運のない母親以外に肉親も友人もいない孤独な青年を、一気に追いつめていくのである。
〈ふと、こいつが犯人なら全部終わるのだ、と五郎は思う〉〈誰かが区切りをつけないことには、このままみんなが駄目になる〉―。
「実際に少女が姿を消したY字路へ行くと、今も目撃情報を募る看板があって、それがもうボロボロに錆びてるんです。その朽ち方を見た時に、この時間、、を書こう、遺族や町の人が引きずってきた10年を書けばいいんだと思えた。
僕の関心は事件そのものより、その周辺、、にあって、例えば相次ぐスナック殺人で僕が知りたかったのは、逮捕された犯人と同じ場所で同時代を過ごした同級生が何を思うかだったりした。そして知りたいから書く、わからないから本人に入り込んでみる、、、、、、、というのが僕の最近の書き方で、朝起きると同級生が人を殺した主婦になっていたり、カジノの借金が百億を超えていたり。それでも人間は、生きていかなきゃいけないんです」

誰しも大したことなんて考えてない

地味で冴えなかった中学の同級生〈石井ゆう子〉が、60代の夫に保険をかけて、若い情夫に殺させた事件に衝撃を受ける「曼珠姫午睡」の〈英里子〉は、弁護士の夫と大学生の息子と暮らす48歳の主婦。ネットで情報を漁るだけでは飽き足らず、ゆう子がスナックを営んでいたM市の歓楽街を訪れた彼女は、店の奥で誰とでも関係を持ったというゆう子を軽蔑する一方、久々に欲望を刺激されてもいた。
中でも思い出すのが彼女とテニスをした時のことだ。何をやってもドン臭いゆう子は〈ドタドタドタ、ブン。ドタドタドタ、ブン〉と、英里子の打球に必死で食らいつき、しかも打つたびに〈「アンッ」とか、「ウンッ」〉と漏らす声が不気味だった。あの時、ゆう子を冷やかす男子は彼女に欲情していたようにも思え、そんな一見滑稽でおぞましいシーンを、さらっと書く作家こそ怖い。
「ここは僕自身、虚構に過ぎない英里子たちが確実に存在すると初めて実感できたシーンで、そうなると人を殺す時は殺すし、思い留まる時は留まる。作者の出る幕はないんです。
5文字に仮名をあてた各話の章題は歌舞伎の演目を意識しました。とかく小難しく考えがちな歌舞伎も、元々はごくありふれた情念や軋轢を物語化していて、たった数万円のために強盗殺人犯に転落した『白球白蛇伝はっきゅうはくじゃでん』の元プロ野球選手だって、全然特別じゃないと僕は思います」
限界集落で孤立した男が村人6人を惨殺した第4話『万屋善次郎よろずやぜんじろう』の悲劇も、元は町の長老〈伊作〉との諍いが原因だった。それも村興しを巡る些細な衝突や勘違いが〈言葉にしてみると〉かえって固定してしまうことが亀裂を決定的にし、幾重にも重なったY字路の悪戯に、つい〈なんで?〉と、思わずにはいられない。
「本当にそう思います。僕だって一つ間違えばそっち側に堕ちていてもおかしくなかったし、人間誰しも大したことなんて考えてないんですよ。その特に考えもない言動が事態を右へも左へも転がすし、どんな犯罪も動機は何かと問われれば、そこに人がいるから、、、、、、、、、としか言いようがないんです」
つまり人間が人間である限り、犯罪はどこにも起きうる。そして犬も猫も犯さない罪を人間だけが犯すからこそ、吉田氏はこの日本地図、、、、を書き続けるのだろう。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016年12.1号より)

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