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『呪文』

鴻巣友季子●翻訳家

過去と未来と異国からこの国の「いま」を照射

呪文

呪文

星野智幸著

河出書房新社

1500円+税

装丁/鈴木成一デザイン室

日本の「ご近所」というムラ的共同体は高度成長期を境にだんだん消失していったが、そこでムラの役割を担ったのは「会社」だった。『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(集英社インターナショナル)で、著者のひとり清水克行はそう発言している。同書は、現代のソマリランドと日本の室町時代の社会機構や慣習を論じ合わせる異色の対談集だ。都市部で起きたソマリアの内戦と応仁の乱において、ノマドと足軽の存在から共通項を見いだし、日本語の「アト」「サキ」(どちらも過去と未来を意味しうる)と、ソマリ語の「ホレ」(先を意味する)という言葉から、同様の時間・空間認識、つまり「後ろ向きに未来に突っ込んでいく感覚」があると考察する。

さて、現代日本では会社のムラ的機能も薄れているというが、カイシャに取って代わったのはネットではないか。そんなことを思わせるのが、〝町おこしディストピア小説〟『呪文』だ。ムラには相互監視というセキュリティ機能があったが、ここに現代のブログやSNSやスマホ通信などが絡むと、社会構造はムラのまま一気に高速化、情報化し、サイバー武装した室町時代みたいになってしまうことが、同作からわかる。中世の口伝てによる「話」は、秒速で拡散され、瞬く間に世間の制裁が始まる。『呪文』の舞台は、昔ながらの商店が次々と閉業し、よそ者が流入して試行錯誤の商店街。新旧交代の動乱の場にありがちなことだが、ここに洗脳力の強いカリスマが現れ、狂信的な自警団「未来系」が形成される。今風の妙なポジティブ・シンキングと日本特有の武士的な切腹倫理を結びつけたところに、本書の鋭利な批評精神を感じる。人々は「前向きに」割腹自殺に向かい、その美学に陶酔する。再び『~ハードボイルド室町時代』を参照するに、日本はこうした「自死をもってけじめとする」という前近代的な呪縛を乗り越えられずにいるのではないか。

この国の「いま」を、過去と未来と遠くて近い異国から照射する二冊だ。

(週刊ポスト2016年1.1/8号より)

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