太田順一著『遺された家─家族の記憶』が映し出す家族の温もり。
社会問題化しているとも言われる、全国で増え続ける空き家。そこには、懐かしい家族の記憶が。人物は写っていないのに、写真の向こうには家族の温もりが感じられます。鈴木洋史が解説。
【書闘倶楽部 この本はココが面白い】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
家族の温もりが宿る「空き家」の写真集
『遺された家─家族の記憶』
太田順一著
海風社
本体3000円+税
太田順一(おおた・じゅんいち) 1950年奈良県生まれ。写真家。大阪写真専門学校卒業。写真集に『無常の菅原商店街』、『父の日記』、著書に『写真家 井上青龍の時代』(いずれもブレーンセンター)など。写真の会賞、日本写真協会賞作家賞、伊奈信男賞受賞。
平成25年時点で全国にある空き家の数は実に820万軒で(総務省の調査)、その後も増え続けている。倒壊の危険、治安や衛生の悪化、防災の不安などが懸念され、大きな社会問題になる一方、一部では商業施設や福祉施設などへの活用も見られるようになっている。
だが、そこで忘れられがちなのは、空き家にもかつては人が住んでいたという眼差しだ。本書は、〈空き家は「遺品」〉と考え、〈家という遺品が秘めている遠い日の記憶を写しとりたい〉と願った写真家が、全国の9軒の空き家を、それこそ引き出しや押し入れまで開けて撮った写真集である。空き家になってから数年から最長20年の、地方の一軒家が中心だ。
最後は老女が独り暮らしをしていたという家の、ある引き出しの中にはチラシの裏に記した手書きのレシピが何枚も入っている。当たり前の暮らしを日々繰り返し、一生を全うしたのだろうか。警察官の夫に先立たれた老女の家には、夫の長年の勤続を讃える賞状や昭和天皇からの叙勲の賞状が残されている。夫は真面目な警察官だったのだろうか。その家のある部屋の天井には手書きで「雲」と書かれた紙が貼られている。何の意味があるのか謎だ。田舎の家によく見られる光景だが、広間の長押に、おそらくは明治以降の先祖代々の写真が額縁に入れられ、飾られている……。
生身の人間が写った写真は一枚もないのに、ついさっきまでそこに人がいたかのような温もりが伝わってくる。そして、そこに住んでいた人の、家族の、一族の、さらに言えば戦後日本や近代日本の歴史が透けて見えてくる。
多くのことを想像させてくれる示唆に富んだ写真集だ。
(SAPIO 2017年3月号より)

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