渡辺英綱著『新宿ゴールデン街物語』が語る、街の歴史と現状。鈴木洋史が解説!
時代とともに、多少の変化はあるにせよ、新宿ゴールデン街は人々を惹きつけ続けます。この街を内側から眺め続けた、酒場「ナベサン」店主・渡辺英綱によるルポを、鈴木洋史が解説します。
【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】 評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
店主と常連が作る独特の飲み屋文化は守れるか
『新宿ゴールデン街物語』
渡辺英綱著
講談社+α文庫
本体860円+税
渡辺英綱(わたなべ・ひでつな)
1947年福島県生まれ。「週刊読書人」を経て、71年に作家長谷川四郎氏、紀伊國屋書店社長田辺茂一氏らの支援を受けて新宿ゴールデン街に「ナベサン」を開店。マスターを続けながら作家論、映画論などを執筆。2003年逝去。
新宿ゴールデン街が文化人やマスコミ関係者の集まる飲み屋街として世間に名が知られたのは、常連客だった佐木隆三氏が直木賞を受賞した1976年以降だという。本書の中で、著者が街で出会った文化人のリストが挙げられているが(86年時点)、一冊の名鑑ができるほど実に多くの人の名がある。
本書は全盛期のゴールデン街のそんな情景と、そこに至るまでの新宿の歴史を書いた作品で、著者はゴールデン街でよく知られた店を経営していた人物。
元禄11年(1698年)に甲州街道の宿駅として開設されたのが新宿の始まりで、当初から幕府非公認の売春婦がいる遊郭街として栄え、戦前には日本有数の歓楽街にまで発展。そして1949年、東口の露店と2丁目の青線(非合法の売春地帯)が越してきてゴールデン街が誕生したそれがざっとの歴史だが、著者は、街の性格は江戸以来変わっていないと書く。底辺の人間が蠢いていること、風紀上の問題を抱えて「お上」に目をつけられることなどだ。
本書は86年に単行本として出版され、03年に新書版となり、今回文庫本として復刻された。最初の単行本の冒頭で著者はバブルに向けて地上げが進む街の危機に触れ、今回の復刻版では03年に逝去した著者から店を引き継いだ夫人が解説文の中で新たな危機感を表明している。よく報道されるように、近年のゴールデン街には若い日本人や外国人の観光客が目立つ。だが、〈店主と常連が作る飲み屋文化、それしかゴールデン街には無い〉のに、〈通りすがりの観光客が七割を占めるバーを経営できるだろうか、否、したいだろうか〉と自問するのだ。観光地化によって商業的に成功しても、文化は守れない。
(SAPIO 2017年3月号より)

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