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加藤秀行著『キャピタル』著者インタビュー!

資本主義の憂鬱をリアルかつスタイリッシュな文体で描き、真実を突き詰める一作。創作の背景を、著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

現役の青年社長が資本主義最前線の「憂鬱」を描く芥川賞候補作

『キャピタル』
キャピタル書影
文藝春秋1300円+税
装丁/野中深雪

加藤秀行

著者_加藤秀行_01

●かとう・ひでゆき 1983年鳥取県生まれ。東京大学経済学部卒業後、堀紘一会長率いる㈱ドリームインキュベータ(DI)に入社。現在はDIマーケティング社長を務め、ベトナム、タイに赴任。「たぶんベトナムに行って自分を対象化できたのが良かった。以前は立ち止まるのが怖くて、実際は何も見えてなかったんです」。15年「サバイブ」で第120回文學界新人賞を受賞しデビュー。翌年の「シェア」と本作は2期連続の芥川賞候補に。177㌢、71㌔。A型。

言語化できない姿を表現できる「純文学」は成長を信じられない時代を生きる僕の憧れ

これは、現代の勝ち組、、、、、、に限った憂鬱なのだろうか?
 大手コンサルファームで勤続7年。その報奨として1年の〈一時休養サバティカル〉を得た〈僕〉は、バンコクの〈他人の愛人が消えた部屋〉を知人に借り、ある雨の朝、女がなぜ逃げたかを想像してみたりする。〈肌寒いバンコク〉〈ほとんど定義矛盾だな、早朝から路地に降る雨を見つめて思う〉〈この部屋で雨に降り込められた女〉〈ある日思い立ち、トランクにすべてをつめて雨の中を抜け出す〉〈水平線の朝日を見ながら、新たなパトロン探しを決意する〉……。
 そんな他愛もない妄想が、のちに語られる彼の心身の疲弊と響き合う時、なぜか陳腐とも思えなくなるから切ない。加藤秀行著『キャピタル』が孕むこの重だるく、先の見えない空気は、俗に言う高度資本主義経済の限界を生き、働く、誰のものでもあるのだから。


 東大卒業後、都内の戦略系ファームに入社した著者自身、現在はバンコク在住。15年に「サバイブ」で文學界新人賞を受賞し、本作は2度目の芥川賞候補作だ。
「東大出でコンサルで、小説まで書くか、余裕だなって世間は思うらしいけど、逆なんです。特に入社して数年間はいつ死ぬかと思うくらい仕事がきつくて、どうせ死ぬなら小説を書いてから死にたかった。社会で経験を積めば自分も小説が書けるかもしれないというのが、僕が10年前に立てた仮説、、だったので」
 タイトルが資本を意味する本書には、〈差分デルタ〉〈非効率ナンセンス〉〈投資検討デユ-デリ〉等々、ルビや略語が多用され、〈世界基準グローバルスタンダード〉時代に生き残りを強いられた人々の日常が痛々しい。
「ただの業界用語もあれば、実際の意味に近い日本語に戻したものもあります。例えば〈枠組み〉〈不自由さ〉、主人公の先輩〈高野〉の〈教え〉を全部〝パラダイム〟としたのは、年間3%の成長率がいまだに持続するとか、持続しない時はどう効率的に利益を出すかとか、僕らがどんな前提に囚われてるかを可視化したかったから。〈機構メカニズムを理解しろ〉〈自分がこれから何のゲームをプレイするのか、理解するんだ〉と高野が言うように」
 前出の部屋で夢想に耽る僕=〈須賀〉は、今年30歳。休養制度自体、生存競争の厳しさを意味し、今後の身の振り方も決めかねる彼は、高野からあるタイ人女性の見舞いを頼まれる。
 その女性〈アリサ〉は、ロンドンで金融工学を学び、実績を積んだ27歳。そんな逸材だが、突然事故に遭ったと高野の会社の内定を蹴ったらしい。そのアリサを説得する仕事は、須賀にしかできないと高野は言う。職場でも海外の要人の世話など、〈戦略的なゴミ捨て、、、、、、、、〉を担う須賀は思う。〈みんな、ゴミを捨てる間もないほど忙しかった〉〈口実を持って美女に会えるのだ。損することなど何一つない〉と。

傷ついた人類の発明が資本主義

 逃げた女と立ち止まる僕。何かを胸に秘めたアリサや、とことん勝ちに拘る高野の、4者4様の態度や揺れが、本作では絶妙に交錯する。
 アリサの実家は不動産業を営み、特に母親が始めた〈データセンター〉事業で上場も果たしていた。が、母親とアリサの双子の姉は後に事故死し、父親も脳梗塞で死亡。残されたアリサも運転中に事故を起こし、幸いふくらはぎの骨折で済んだが、何か他に事情があるらしい。
 彼女は説得に来た須賀を、各国の電子情報が集まり、万全の警備を誇る郊外のデータセンターに誘う。地盤のいい土地に、時代に合った上物を載せるのが彼女の母の〈行動原理プリンシプル〉だった。〈土地は動かない〉〈資本効率だけを考えたら結局自分で何かを始めるのは非効率ナンセンスなのよ〉
 一方、アリサの父が英国資本と開発し、計画半ばに潰えた〈レジャーランド〉の残骸を見て、須賀は〈祭りの翌朝の持つデジタルな不可逆性、、、、、、、、、〉を思う。〈昨日に戻ることなんてできないし、次の祭りを待つなんて長すぎる〉と。
「彼の郷愁は、83年生まれの僕のものでもある。成長や未来を信じられた時代は中学で終わり、次の祭りの予感もない中、懐かしさの残像だけが尾を引いている。その中で一人勝ちを狙うのが高野なら、僕は昔から〈効果エフェクトが分かるけど構造メカニズムが分からないもの〉に憧れるタチで、その最たるものが、言語化できない姿を表現できる純文学だった」
 とはいえ〈理解には差分が必要で、差分には単純化が必要〉等々、高野が多用する非小説的な理論の類は、理に走らなければ生き抜けない彼らの疲弊や事の深刻さを突き付ける。
「資本主義のコアは富の蓄積が複利で回ること。資本は国境もまたぐし、分割も自在なんです。一方、1個の個体として生きるしかない我々人間は、資本を選んで、、、いく。どの資本をどう動かしたら、どれだけの価値が付加されるか、というように。でもそんな技術を駆使し、仮に市場で勝っても幸福感は持続しないと、成功者ほど言うんです。
 今回のデータセンターの話はデジタル=無限という前提を検証するために書いたし、資本主義自体、人生の一回性に傷ついた人類の発明だと言える。ただ何事もやり過ぎれば限界を招きます。僕自身は、厳しいこの世界で、何が起きてもこれは小説にできるというスタンスで、今は何とか戦えてはいますが」
〈終わらない人生も無いよ。企業もね〉と高野が言うように、〈資本だけは残る〉のだろうか。永遠というのもなかなかに孤独だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2017年3.24/31号より)

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