『されどスウィング 相倉久人自選集』
坪内祐三●評論家
風通しの良かった音楽評論家が逝った日
されどスウィング 相倉久人自選集
相倉久人著
青土社
2200円+税
装丁/菊地信義
専門家は保守的だ、という詩の一節があったと記憶するが、文学、演劇、映画、どのジャンルにおいてもそれを専門とする評論家たちの保守性はますますひどいことになっている。
音楽の世界でもそれは同様だ。
つまり、専門と称して扱うジャンルが狭いのだ。そのジャンルに対しては確かに異常に詳しい。しかし狭い。
たぶん一九八〇年代に入った頃からその傾向がひどくなっていったと思う。
逆に言えば、それ以前の評論家たちは、専門があってもジャンルを横断していた。文章の風通しが良かった。
相倉久人もその一人だ。
相倉久人はジャズ評論家として知られていたが、私が雑誌で出会った時はロックの人そして日本音楽(ロックやフォークや歌謡曲)の人だった。
雑誌と言うのは例えば『ニューミュージック・マガジン』で、「ニューミュージック」というのはのちのそれではなくロックのことだ。一九七〇年代初めの頃。
その相倉久人の「自選集」『されどスウィング』(青土社)が刊行された。
「一九七〇年代初め」と書いたが相倉氏自身が「七〇年代の初めに、僕はそれまで十年近くつづけてきたジャズの現場での活動をきっぱり止めて、一年半ほど完全に死んでいた。よみがえったのは七二年の初め頃で」と述べている。
ジャズ、ロック、歌謡曲を論ずる相倉氏の根底には洋楽体験があったが、かつて(一九八〇年ぐらいまで)、アメリカは日本にとって特別の国だった。
昭和六(一九三一)年生まれの相倉氏は、ちょうど十歳の誕生日の朝、日米開戦を伝えるラジオのニュースを聞き、陸軍幼年学校に入校した年の八月にその戦争が終わった。
この本の奥付を見ると「二〇一五年七月十日 第一刷印刷」とあり、奇しくもそれは相倉氏の訃報を新聞(朝刊)で目にした日だった。
(週刊ポスト年1.1/8号より)

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