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牧久著『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』には重大証言と新資料が満載!

昭和の後半、国民の一大関心事であった「国鉄再建」。その事実を、重大な証言や新資料でつぶさに検証する一冊。創作の背景を著者にインタビュー。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

重大証言と新資料で日本の政治経済最大の「事件」を再検証!

『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』
昭和解体_書影
講談社
2500円+税
装丁/間村俊一

牧 久
著者_牧久_01
●まき・ひさし 1941年大分県生まれ。早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業後、日本経済新聞社入社。社会部記者、ベトナム特派員、社会部長、労務担当常務等を経て代表取締役副社長。テレビ大阪会長、日経顧問を経て現在は同社客員。著書に『サイゴンの火焰樹―もうひとつのベトナム戦争』『特務機関長 許斐氏利―風淅瀝として流水寒し』『「安南王国」の夢―ベトナム独立を支援した日本人』『満蒙開拓、夢はるかなり』等。163㌢、61㌔、A型。

昭和後半の人間関係には広く人民救済をめざす志のようなものを感じてならない

たった30年前の話なのに、「国鉄」という響き自体、妙に歴史じみて感じられるのは、なぜなのだろう?
1987(昭和62)年3月31日。日本国有鉄道は明治5年に新橋―横浜を繋いだ本邦初の官営鉄道以来、115年の歴史に幕を閉じた。膨大な累積赤字や労使関係の歪み、現場モラルの低下等々、〈病める巨象〉の再建は特に昭和後半、政府及び国民の一大関心事だった。
牧久著『昭和解体』では、JRへの分割民営化に事が動いた20年間に着目。第二次臨時行政調査会(土光どこう敏夫会長)を発足させ、〈国鉄を分割・民営化すれば、一企業一組合の原則の中で、全国一本の各組合も分断され、総評・社会党を支えてきた闘争至上主義の国労を解体に追い込める〉との筋書きを描いた中曽根康弘元首相や、〈三人組〉と呼ばれた若手改革派の暗躍を軸に、たおれるべくして斃れた巨象の実像に迫る。
彼らが解体に突き進んだ20年余は、〈幕藩体制を崩壊に追い込んだあの「明治維新」にも似た昭和の時代の「国鉄維新」であったのかもしれない〉と牧氏は書く。そして、30年後の今だからこそ、見えることもあると。

日経新聞副社長、テレビ大阪会長を経て、09年以降、精力的にノンフィクション作品を発表する著者自身、68年から国鉄記者クラブに常駐。元満鉄理事で国鉄第4代総裁を務めた新幹線の父・十河そごう信二の評伝『不屈の春雷』も手がけるなど、鉄道や昭和史とは縁が深い。
「私は60年安保の年に上京して、日経の社会部に入ったのが東海道新幹線開業で国鉄が単年度赤字に転じた64年。自分の記者生活と国鉄解体への20年がちょうど重なるんですね。
特に累積赤字が表面化し、国鉄が5万人の合理化策を打ち出した67年以降、労使関係はいよいよ迷走する。これは戦後の下山・三鷹・松川各事件に波及した49年の9万5000人に次ぐ一大整理で、それまで二人乗務が原則だった運転士を一人にする〈一人乗務〉で浮いた人員を他にまわす、文字通りの合理化でした。特に運転士の組合である動労は猛反発し、この時、組合側が勝ち取った〈現場協議制度〉が労使の力関係をおかしくし、国鉄崩壊の引き金を引くとは、当時は誰も想像しませんでした」
現場協議制度とは、労使間で問題が起きた時に、それぞれの現場で協議の上、対処するというもの。問題はその決定が制度、、として効力を発揮したために、駅長らは日々部下からつるし上げに遭い、現場は荒れた。
「現場団交、、権を意味するこの文言をねじ込んだのが、国労の諸葛孔明こと細井宗一で、以来、国鉄は組合側に人事権すら握られ、車内での内ゲバやサボタージュが横行するなど、異常事態に突入していきます。
私も執行部と労務を両方経験しましたが、労使交渉は9勝6敗の論理、、、、、、、と言って、会社か組合どちらかが全勝してもダメなんです。特に国労・動労といえば全国50万人の国鉄マンを束ねる一大勢力でした。だからその後磯崎さとし第6代総裁が掲げた〈生産性向上運動〉と事後処理の失敗でさらに混迷を深めた国鉄をめぐっては、組合潰しと分割・民営化が同義語になっていきます」
細井は田中角栄の陸軍での上官にあたり、〈俺は戦争が嫌いだ〉と言って規律を破る角栄を何かと目にかけ、戦後は代議士となった彼にも〈田中君いますか〉の一言で会える間柄だった。
「共に新潟出身で大正7年生まれの彼らが肝胆相照らす仲だったことは国労では周知の事実でした。ところが角栄の元番記者ですら細井との関係は初耳らしい。のちに総評事務局長も務めた国労のドン・富塚三夫にしても、彼は社会党系、細井は共産系で、立場は微妙に違う。その2人が堅い友情で結ばれていたことは、昨年亡くなった富塚からも聞いてます。あの時代の人間関係には右も左もないというか、セクトもイデオロギーも超えて広く人民救済をめざす志のようなものを感じてならないんです」

冷戦時代の歪みを背負った労使関係

本書では、これが最後のインタビューとなった富塚や、98歳を迎えた中曽根元首相に取材を敢行。また組合の内部資料や元首相の個人的日記(!)の全面提供を受け、福知山線の脱線事故後は口を閉ざした三人組の井手正敬氏に関しても、非公開の手記等を元に当時の状況をつぶさに再現するなど、新事実に事欠かない。
ちなみに三人組の呼称は中国文革の四人組に由来し、国鉄キャリアとして分割民営化を内側から支え、運輸族の大物・三塚博議員の下、〈秘密事務局員〉としても暗躍した井手、松田昌士まさたけ、葛西敬之よしゆきの3氏を指す。
「戦後、民主化の名の下に組合活動を奨励しながらも、一方で日本を反共の砦とするべく活動を制限したのもGHQだった。つまり冷戦時代の歪みを一身に背負ったのが国鉄の労使関係と言える。そうなると組合側であれ当局側であれ、1つの立場では全貌は語り得ませんし、政治も含めた全ての動きを中立的に検証してこそ、歴史だろうと思う」
一方で〈「歴史ヒストリー」は、まさに「物語ストーリー」であった〉と書く氏自身、膨大な資料や事実関係を総検証した上で、変節や裏切り、保身や愛憎渦巻く人間ドラマにこそ、魅せられているかに映る。
「労働運動側や革新勢力を内包した国鉄が解体に追い込まれた是非については、歴史の評価を待つしかない。ただその渦中にあって国鉄を変えようとした三人組や、分割に断固反対した〈国体護持派〉も、国鉄を愛すればこそ死に物狂いで戦ったわけで、私にはあの無茶な時代が妙に懐かしくてね。
そういうギラギラとした人間臭さが失われた結果が、今の1億総体制化でありトランプ現象でしょ。良くも悪くも中曽根氏みたいな怖い政治家はいなくなり、戦後70年と言っても昭和と平成は別の時代なんですよ。
半藤一利さんによれば、明治維新から日露戦争までと、その後太平洋戦争の終結まで、そして昭和の終焉までと、歴史の転換点は40年周期で訪れる。だとすれば今後10年間で何が起きてもおかしくない。借金や労使問題で自ら崩れた国鉄を書くことで、あの時、自分も含めて何を失ったかを総括したかったのかもしれません。今後の世代のためにも」
国鉄の終焉は昭和や戦後55年体制の終焉と同時に、あの熱さの終焉をも意味したのだろうか。500頁超に及ぶ渾身の大作は、平成29年を生きる私たちにとって手にも心にも重いのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2017年4.21号より)

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